27 ダンスと声
夜会の会場のなかには、老若男女たくさんの貴族が集っていた。学院で見かけたことのある顔から、国王の側近のとして働いているような有名人まで様々だ。人混みに紛れているせいか、彼らはフィデルの登場に気づくことはなかった。
「フィー、すごいね。夜会ってこんなにキラキラしてるんだ」
「そう見えるか?俺にはただの人混みにしか見えないけどな」
フィデルは苦笑しながら言うがそんなことはない。色とりどりで形も様々なドレスに、輝くシャンデリア。そして楽団の音楽。これでキラキラしていないなんて、フィデルは本気で言ってるのだろうか。
「ああ、でも」
フィデルは興奮して早足になるシェリアの腕をつかんで引き留めた。シェリアはくるりと振り返る。
「今日のリアはキラキラしてるかもな」
耳元で囁かれた言葉を理解すると、シェリアはみるみる真っ赤になった。そんなシェリアを面白がるようにフィデルはにやりと笑っている。
「フ、フィー、そういう冗談はいけないんだよ」
「冗談?......まあ、そういうことにしといてやるよ」
鼓動の速さが尋常ではない。いたずらに決まっているのに。冗談に決まっているのに。「それは恋ですよ」というティアの言葉が思い起こされる。違うはずなのに。
不意に音楽が止んだ。どうやら一曲が終わったらしい。
「次は俺たちも踊るか」
「え?」
フィデルがぽつりと呟いた。気のせいじゃなければ『踊る』とかいう言葉が聞こえたし、最後に疑問符がなかった。つまり、決定事項である。
「ちちちょっと待って!私、ダンスなんて」
シェリアはテコでも動かないつもりでぎゅっと踏ん張るが、日頃から鍛練しているらしいフィデルにあっという間にホールの中央へ引っ張られる。
「俺がリードするから大丈夫だ。ほら、もう始まるぞ」
「あ、え」
シェリアがなんとかして抜け出そうとあわあわしていると、フィデルの言葉通り曲が始まってしまった。シェリアは諦めて半泣きになりながらフィデルと踊ることにする。
そもそも、ダンスはあまり得意ではないのだ。シェリアは頬を膨らませてフィデルに抗議の視線を向けたが、フィデルは涼しい顔でシェリアを回らせる。まさしく『踊らされている』感が腹立たしい。
「リアもちゃんと踊れるじゃないか」
フィデルは楽しそうにそう言った。けれど、シェリアには踊りながら話す余裕はない。そして永遠にも感じるほど長かった一曲が終わると、慌ててダンスの輪から飛び出した。
「あっ、リア!」
「フィデル様、私とも踊ってくださいませ」
「私も踊っていただきたいですわ」
シェリアを追いかけようとしたフィデルの行く手を、曲が終わるのを待ち構えていた令嬢たちが遮る。フィデルが彼女たちの対応に追われているのをいいことに、シェリアはそっとその集団から離れた。リア!と叫ぶフィデルの声が聞こえた気がするが、気のせいだ。絶対にそう。
「ふぅ、フィーの人気がここまでとは思わなかったな」
シェリアはぽつりと呟いた。学院の女子生徒たちの態度でフィデルがどれほど人気かはわかっていたつもりだったが、全く足りなかったようだ。シェリアたちが踊り終わった瞬間に詰め寄ってきた令嬢たちの勢いはそれほどまでに壮絶だった。
そんな修羅場から逃げ出したシェリアは、もうしばらくは踊らないことを決意し、ぐったりと壁に寄りかかった。
「お客様、お疲れでしたら、休憩室がございますが」
執事のような男性に声をかけられてシェリアは顔をあげた。いけない、ここは社交界なのだから、だらしない姿を見せないように気を付けないと。
「大丈夫です」
ありがとうございます、と礼を告げてシェリアは歩き出した。ぼうっとしていてはいけないのだ。一応シェリアはルティルミス伯爵家の当主の代理としてここに来ているのだから。
とはいえ、ダンス以外にすることもないのでちびちびとジュースを飲みながらこの光景を眺める。踊る令嬢たちがくるりと回る度にドレスの飾りがきらりと輝く。自分が先程まであの集団の中で踊っていたなんて夢みたいだ。
フィデルと、踊っていたなんて。
「ば、バカなこと考えちゃダメ」
ぺちぺち、とシェリアは頬を叩いた。最近はフィデルのいたずらが酷いので勘違いしてしまいそうになるが、自分は悪役令嬢で、フィデルと結ばれることはないのだ。絶対に。もしもメルディアがフィデル以外のルートを選んでいたら、あり得たかもしれないが、メルディアはフィデルのルートを選んだ。それが全てだ。だからシェリアは、自分のこの想いにも気づかなかった振りをする。
(そんなの、悲しすぎるんじゃない?)
自分の中から声がする。そんなことを言われても、仕方ない。だって自分は悪役令嬢なのだから。
『悪役令嬢は禁止だから』
フィデルの声が蘇る。
(悪役令嬢なんてやめちゃえば楽なのに)
『シェリア』として転生してしまったのだから、やめれる訳がない。なら演じきってしまった方が、少しだけかもしれないけれど、フィデルの隣にいられる。
(ふーん。不器用なんだね。私に主導権を渡してくれたら、もっとうまくやってあげるのに)
ふとシェリアは、考えに沈んでいただけでなく、心の声と会話していたことに気づいた。いや、これは心の声なんかじゃない。確かに自分の声だけど、相手は自分ではなくほんの一週間ほど前に対峙した相手。
(ね、もっと上手にやろうよ)
声しか聞こえないはずなのに、彼女の笑みが見えた気がした────。
微妙なところですが、続きがもう一回分になるくらい長くなってしまったので一度切ります!明日をお楽しみに。




