18 バッドエンド
シェリアは現在、布団の中でじたばたと手足を動かしていた。ありえない。本当にありえない。いくら幼馴染みで気心の知れているフィデルでも、イタズラにしては悪質すぎる。
シェリアが目覚め、なんとか顔の赤みがひいたところで父と叔父から状況────禁術の弊害だということを聞いたわけだが、もちろんシェリアには心当たりがなかった。
考えられる原因としてはシェリアが禁術を使ったか使われたかというわけだが、それに関する資料は王城の図書館、それも王族と許可の下りた者しか入ることができない禁書室にあるというのに、シェリアが使えるわけもない。ならば、誰かに使われたという可能性しか残らないわけだが────。
シェリアは考えるのをやめた。誰が使ったかなどが気にならなかったわけではもちろんない。けれど、ありあまる時間をたっぷり使って考えてもわからなかったのだ。
父たちが血眼になって調査していたので、見つかるのも時間の問題だろう。自分の命が危うかったのに他人事すぎるかもしれないが、これ以上考えてもわかる気がしないし、その過程で親しい人まで疑ってしまいそうで嫌なのだ。
それに、今はそれと同じくらい、というのはさすがに大袈裟かもしれないが大事なことがある。
「フィー、どうして急に……」
シェリアは思い出して再び顔を赤くした。幼馴染み。それだけだったはずだ。面倒見のよい兄のような一面もあって、家族と同じくらい大事な存在。そうだった、はずなのに。
『いつか、あなたの大事なもの全部、もらいにいくからね?』
自分の精神の世界だと説明されたあの真っ暗な世界で、もう一人の自分───シェリアにかけられた禁術だと名乗った彼女の言葉で、失いたくない、と一番に思ったのはフィデルだった。自分のものでもないくせに、そう思ってしまったのだ。
加えて現実世界でのあの事件だ。本当に、フィデルは何を考えているんだろうか。シェリアは悪役令嬢であって、ヒロインではないのに。
そう思った翌朝。
「今日から悪役令嬢禁止」
「へ?」
フィデルにそう言われてシェリアは、ベッドの中から思わず聞き返した。ちなみにまだ体調が万全ではないシェリアは、しばらく学院は欠席である。シェリアを救うため、一緒に三日寝込んでしまったフィデルもそれは同じだ。
ということで、昨日の時点では確かに公爵家に帰っていたはず、なのだが。
なぜかフィデルは今日も朝からルティルミス伯爵家にやって来た。そして開口一番そう言ったのだ。間抜けな声を出してしまうのも、仕方がないというもの。しかし、フィデルはいたって真面目な顔だ。
「リアのいう悪役令嬢は危険すぎる。そのせいで今回も危なかったんだ」
フィデルがそのせい、という意味がわからなかったが、その口調はどこか確信を持った様子だった。確かに悪役令嬢が危険だというのには一理ある。『悪役』というくらいだから、敵を作りやすいのだ。たとえ、その態度がメルディアと接している間だけだったとしても、外聞はよろしくない。
「悪役令嬢をしてたら死ぬかもしれないけど、しなくても死ぬ訳じゃないだろ?」
ずいぶんな極論だ。まあ、正論だが。
「あれ、私フィーにバッドエンドのこと言ったっけ?」
「ばっどえんど?」
死ぬとか死なないとかものすごい極論だったので、てっきり自分が断罪についてこぼしてしまったのだと思ったのだが、違ったらしい。
「ううん、ならなんでもないの」
「前にも何か言ってた気がするが、言えないようなことか?」
言ってしまえば、なぜかシェリアに過保護なフィデルは心配して悪役令嬢をやめるように言ってくるだろうから、言えないようなことである。
けれど、バッドエンドについて触れなくてもフィデルは悪役令嬢をやめるように言っている。そのうえこの鋭い視線を受けながらごまかしきれる自信は、シェリアにはない。
「ええっと、私からみればバッドエンドだけどむしろハッピーエンドっていうか」
謎の言い訳をしてみるが、フィデルの追及の視線は緩まらない。ほら、やっぱりごまかしきれなかった、と誰にでもなくシェリアは心の中でぼやいた。
「ヒロインにとってはハッピーエンドなんだけど」
そう前置きした上でシェリアは話始めた。
乙女ゲームにおけるハッピーエンドとは、もちろん攻略対象とくっつくことである。ということは、そのハッピーエンドにおいて邪魔なのはフィデルルートのシェリアを含めた悪役令嬢たちであり、ヒロイン側には悪役令嬢たちに苛められたという断罪するに足る理由がある。
「つまり?」
何が言いたいのかとフィデルは首をかしげた。
「ゲーム通りのハッピーエンドになれば……」
言葉につまったシェリアにフィデルは不可解そうな表情をする。それでもここまで言ったからには言いきらなければならない。
「私は、いなくなります」
やっと言えたと息をつくシェリアに対し、フィデルは少し遅れて目を見開いた。




