17 悪役令嬢の仕事
今回で禁術との戦い、フィデル視点ともに一区切りです。
「私はね、人を魅了する魔法なんかじゃない。その人の精神を壊して、乗っとる魔法なんだよ」
そう言うと偽物は口角をあげた。フィデルは冗談じゃない、と偽物を睨み付ける。
彼女の言葉が真実なら、このままでもシェリアという人間は死なないのかもしれない。けれど、現実に戻っても自分の大好きな笑顔を向けてくれる『シェリア』はいないのだ。
そんなの、許せるはずがない。
そうは言っても、刃はシェリアの首筋に当てられたままだ。下手にフィデルが動けば、『シェリア』がいなくなるのが早まるだけかもしれない。
フィデルが何もできない自分を歯がゆく思っていると、偽物が嗤った。そのときだった。
一瞬、暗闇に小さな炎が現れた。誰が放ったものかはわからなかったが、火属性の下級魔法と思われるそれは、偽物の手に命中した。不意打ち過ぎて防御もできなかったのか、偽物は思わず剣を取り落とす。
その瞬間、シェリアは偽物の腕から飛び出した。そして、偽物と向き合う。
「わ、私は悪役令嬢だから、守られるのも捕まるのも仕事じゃないの!」
そのわけのわからない一言にフィデルは、ああ、彼女だ。と思った。どこかずれているけどまっすぐで。どうしようもなく惹かれてしまう、彼女だと。
偽物は突然の出来事と彼女の放った一言に驚いたようだった。ぱちぱちと繰り返される瞬きがそれを物語っている。
今なら、とフィデルは思った。帰るための呪文は聞いている。あとはシェリアに触れながらそれを唱えるだけだ。
正直、偽物をそのままにしておくのはと思うが、ここで上級魔法などを使って派手に戦うと、この世界を壊してしまう気がした。それに、この世界の扱い方を熟知しているあちらと何も知らないフィデルたちが戦っても、勝算は少ないだろう。
「逃げるの?まあ、一本取られちゃったわけだしいいよ。今回は見逃してあげる」
シェリアの手をとったフィデルを見て、偽物は面白くなさそうに言った。
「かの者を連れ、我らをもとの世界へ戻せ」
「またね、本物さん。───────?」
詠唱の途中に偽物によって呟かれた言葉に、シェリアは目を見開いた。魔法が発動したことで、辺りに光が広がる。フィデルがシェリアの表情を伺うことは、眩しすぎる光によってかなわなかった。
フィデルははっと起き上がる。部屋の中を見回すと、今しがた慌てたように出ていった侍女以外、誰もいない。きっとフィデルが目覚めたことを伯爵たちに報告しに行ったのだろう。
どうやら自分はシェリアと手をつないだ状態でいなければいけない関係で、椅子に座ったまま寝ていたらしい。体の節々が痛いのは仕方がない。
だいたい状況を把握したフィデルは、まだ眠っているシェリアの顔を覗きこんだ。もしかして、魔法が失敗したのだろうか、と嫌な考えが浮かぶ。それを振り払うために別のことを考えようとすると、ふと昔シェリアが言っていたことを思い出した。
「目覚めないお姫様に王子様がキスをする、だっけ?」
女の子の夢、というやつなのだろうか。やたらキラキラとした瞳でそう語っていたことを思い出す。
本当にそうなったらいいという気持ち半分、イタズラ心半分でフィデルはそっと額に唇を落とした。
自分の鼓動が速くなっているのを感じながら、「そんなわけがないか」と一人笑っていると、驚いたように見開かれた深緑の瞳と目が合う。言わずもがな、彼女の瞳だ。
「っ!?」
声にならない声を発して、シェリアは赤くなった顔を隠すように布団を被る。さすがに片想いなのに口はまずいか、と額にしたけれど、それでもシェリアには刺激が強すぎたらしい。
侍女の知らせを聞き、駆けつけた伯爵とリベルトは、回復したはいいもののなぜか涙目で顔を赤くしているシェリアと、疲れたようにため息をつくフィデルという謎の図と遭遇したのだった。




