16 魔法の正体
フィデルは投げ渡された短剣と目の前の偽物を見比べる。これで彼女の胸を突き刺せば、本物のシェリアとともに現実に戻れるのだろうか。
「私は抵抗しないよ?早くしてくれないと眠くなっちゃう」
偽物は挑発するようにふわぁ、とあくびをしてみせた。自分は装備などなにもなく、防具は愚か武器すらない状態なのに余裕の態度である。まるで自分は絶対に死なないと確信があるような。
そもそも、彼女はフィデルに自分を殺させて何がしたいのだろう。偽物の目的は。
「リアに禁術をかけたのは誰だ」
攻撃もせずにそう問いかけたフィデルにクスクスと偽物は笑った。
「誰だろうね。シェリアはモテるからなぁ」
シェリアを魅了したい人なんて五万といるんじゃない?と言いながら、鳥かごの外からシェリアの髪をもてあそぶが、シェリアに目覚める様子はない。そんな偽物に、あることに気がついたフィデルは短剣を持ったまま近づいた。
「やっと私を殺す気になった?ずいぶん時間がかかった……ん、だね」
嘲笑うように言っていた偽物は一瞬言葉を失った。それは、フィデルが短剣を突き刺したからである。
偽物にではなく、彼女の顔のすぐ隣。
鳥かごの鍵に。
脆い金属でできていたのか、それとも現実じゃないので何でもありなのか、鳥かごの鍵が砕け散る。暗闇の中で光輝いていた金属は、輝きを失った。
「……フィー?」
そう呟いたのは偽物ではなく、鍵が壊れると同時に目を覚ました本物のシェリアである。
「おかしいと思ってた。これだけ騒いでもリアが起きないなんて。でも、この鍵に眠りの魔法がかかってたからっていうなら納得できる」
注意を自分に惹き付けるように、殺せと催促する偽物。暗闇の中でなぜか光る鳥かごの鍵。しかし、それもその鍵に魔法がかかっているとしたら不自然ではない。
きっと今突き刺したのが偽物の胸だったとしても、なんらかの力で殺すことはできなかったのだろう。突然防御魔法が展開したかもしれないし、フィデルが返り討ちにされたかもしれない。
彼女が言ったようにここは現実ではない。ありえないことでも、実現してしまう世界だ。
「あーあ、ここを壊しきるまで寝ててもらおうと思ってたのに」
「私が、もう一人?」
偽物は残念そうに呟いた。シェリアだけが状況を理解できていないのか困惑している。
「でも、いいや。この子を現実に返さなければいいんだもんね」
「え?」
にこりと偽物が笑うと、輝きを失った鳥かごが消え失せる。そして、立ち尽くすシェリアの手をひいて、彼女の喉元にどこからか取り出した剣を突きつけた。
「安心して、殺しはしないから。すぐに死んじゃったら面白くないでしょ?まあ、近づいたら手が滑っちゃうかもしれないけど」
しまった、とフィデルは息をのむ。その反応を楽しむように偽物は嗤った。
「バカだよね、私をかけたやつらも。禁じられた魔法が人を魅了するだけなんて、そんな甘いものだと思った?」
「何が言いたい」
偽物は刃を突きつけられ、戸惑うシェリアを抱き寄せるようにして言った。
「私はね、人を魅了する魔法なんかじゃない。その人の精神を壊して、乗っとる魔法なんだよ」




