13 眠り姫
「リアが目覚めない?」
いつも通りシェリアを迎えに来たフィデルは、困惑してシェリアの侍女に聞き返した。シェリアがなかなか起きないのはいつものことだが、さすがにフィデルが迎えに来る頃には目覚めているからだ。
よほど疲れていたのかと思うが、侍女の顔色は心配を通り越して青い。普通ではない反応に不安になり、フィデルはシェリアの部屋に向かうことにした。
「リア、入るぞ」
寝ているのはわかっているが一応ノックをして部屋に入る。天蓋のついたベッドに近寄ると、小さな寝息が聞こえてきた。
「リア?朝だぞ」
そう言って昨日と同じように頬をつついてみるが、やはり目覚めない。ここまで来ると、まるで眠り姫だなと苦笑しながらフィデルは杖を取り出した。
「かの者を眠りの縁から呼び覚ませ」
目覚めの上級魔法だ。精神干渉系の魔法のひとつだが、眠りの魔法と合わせて医療によく使われるので禁術にはなっていない。
普通ならこの魔法を使った直後に目覚めるのだが、杖から放たれた光はまるで見えない壁にぶつかったかのように消えた。
「弾かれた……?」
フィデルは呆然と呟いた。精神干渉系の魔法が弾かれる条件はいくつかあるが、主な理由は相手の魔力量が術者よりも大きいことだ。
だが、シェリアとフィデルの間ではこれはあてはまらない。が、これらの魔法が弾かれる他の理由は深刻なものばかりだ。フィデルの表情がとたんに険しくなる。
「魔法医は」
「旦那様が今お呼びになっています」
ルティルミス伯爵ももう目覚めの魔法は試したのだろう。それで起きなかったから、侍女は顔を青くしていたのだ。
魔法医とは、その名の通り魔法で治療を行う医師で治癒魔法等はもちろん、探索の魔法で症状の原因を探ったりと専門的な魔法を扱える。
自分の力ではどうしようもないことを悟ったフィデルは、魔法医が来るまでせめてそばにいようと侍女の運んできた椅子に座った。一礼して侍女は退室する。
ほんの数分前までは穏やかに眠っているだけに見えたシェリアの寝顔が、息をしていないように見えて怖い。
思わずフィデルがシェリアの手をとって、脈を確かめようとした時だった。
「フィー!」
「リア?」
シェリアの声が聞こえた気がして思わず聞き返すが、彼女の口は動いていない。気のせいかと思ったとき、また声が聞こえた。
「フィー、暗いの。怖いの。何にもないの」
「リア?どういうことだ?」
目の前のシェリアは眠り続けているのに頭に直接響くような声に混乱して、フィデルは聞き返す。声の主であるシェリアは泣いているのか、時折不安定に声が裏返っていた。
「目が覚めたら真っ暗なところにいて、どれだけ歩いてもなにもないの。もうおかしくなっちゃいそう」
目が覚めたら、とシェリアは言うがもちろん彼女の目は閉じたままだ。シェリアもよくわかっていないのか、彼女の説明は要領を得ない。
どういうことなのか、この声はなんなのかとフィデルが困惑したとき、ノックもなく扉が開いた。
入ってきたのは、中年の男とルティルミス伯爵だ。
「魔法医か?」
フィデルの問いかけに男は静かに頷いた。そして、シェリアの様子を見ると、顔色を変えて探索の魔法を使い始める。
「これは私の弟のリベルトです。こう見えて宮廷魔法医なので腕は間違いありません」
ルティルミス伯爵の説明にフィデルは納得する。そういえばシェリアから魔法医の叔父がいると聞いたことがあった。きっと身内だからこんなに早く駆けつけることができたのだろう。
そう思っている間に探索の魔法は終わったようで、リベルトには険しい表情が浮かんでいた。
「結果は」
「禁術の弊害の可能性がある。正直、かなり危ない状態だ」




