王室御用達エーアイ
「無精子症、ですと?」
瀟洒な調度品が並ぶ部屋で、燕尾服を着た男が、かけているモノクルを落とさん勢いで驚きの声を上げると、白衣の男は、素知らぬ様子で説明を続ける。
「さようでございます。われわれ御典医一同、全員一致で、王子のご宝具に生殖能力なしと診断いたしました」
「なんてことだ。先王がおかくれになった今、唯一の男系男子にあらせられるというのに……。何かの間違いということは無いのですか?」
縋るような目で燕尾服の男が確かめると、白衣の男は静かに大きく一度だけ首を振り、視線を毛足の長い絨毯に向けながら気まずげに言う。
「そう思いたくなる気持ちは、じゅうじゅう理解できます。しかしながら、期間を置いて再検査いたしましたが、結果は変わりません。これは、科学的根拠に基づく、動かしようの無い事実です」
「……わかりました。あぁ、このことは、くれぐれも他言無用で」
「心得ております。患者さまの情報は、なんびとにも明かさないのが、医師の務めでございますゆえ。それでは、私は失礼します」
白衣の男は一礼すると、呆然と立ち尽くしている燕尾服の男を残し、その場をあとにした。
*
「女系一族から選出するというのは、いかがなものかと。なんとなれば、一般人との婚礼によって王籍を離れたわけですからな」
「かといって、いまさら王政を廃止するというわけにもいかないでしょう。共和政期の悪夢を、忘れたわけではあるまい?」
「衆愚に陥ったのは、天候不順による食糧難によるものだろう。昨年や一昨年の古小麦の備蓄が進んでいる現状を鑑みれば、民衆の不安や不満も少ないと思うがね」
円卓を囲んで、黒いローブをまとった有識者たちが議論を交わしている。
王子が無精子症であると判明してから数ヶ月が経っているが、一向に会議は進展しない。それどころか、堂々巡りしている節さえある。
「さて。これ以上、空腹で話し合うのは避けよう」
「ウム。頭脳を十全に働かせるには、須らく栄養を補わねばなるまい」
「ごもっとも。それでは、続きは、のちほどにしよう」
もったいぶった調子で、有識者たちはおもむろに立ち上がり、部屋の隅に控えていた燕尾服の男が開けたドアを通り抜け、会議の場から姿を消す。
「会議は踊る、されど進まず。そろそろ、再就職先を考えたほうが良いかもしれないな……」
誰もいなくなった会議室で、燕尾服の男がポツリと独り言ちていると、そこへ白衣の男がやってくる。
*
「その『アンドロイド』というのは?」
「おや? ご存じないのですか。人工知能を搭載したヒト型ロボット、ヒューマノイド、あるいはサイボーグとも呼ばれるモノでございます」
計画書の束を持った燕尾服の男の質問に、白衣の男は意外そうに驚きながら答えてから、さらに話を続ける。
「知能情報工学の若きパイオニアに、白羽の矢を立てましてね。外見は、御真影が現存する歴代王族を平均した姿を想定しています。まぁ『ザ・国王陛下』とでも呼べるアンドロイドを製作することで、踊る会議に終止符を打てるのではないかという案でございます。あぁ、もちろん、彼女には王子の病状は伝えていませんので、ご安心を」
「ふむふむ。魅力あるアイデアですが、所詮は機械なのでしょう? 暴走する危険性は無いのですか?」
燕尾服の男は、ひとまず納得したあと、白衣の男に疑問をぶつける。白衣の男は「良い質問だ」とばかりに、スラスラと回答をはじめる。
「人間が作るものですから、リスクはゼロになりません。ただ、懸念があるとすれば、アンドロイド自体の構造や稼働による際のものではなく、ともすれば兵器として軍部に悪用されかねない技術であるという点です。戦争的な性格にプログラミングされれば、国民を惨禍に巻き込むことになりますから」
「道具は使いよう、ということですか」
「さようでございます。いつでも製作に着手できるように、それなりの準備だけはしておきますので、よくよくお考えくださいませ」
そう言うと、紙面に躍る文字や図表とにらめっこしている燕尾服の男を残し、白衣の男は、その場を立ち去った。
後日「王室御用達エーアイ」として、国民の前に一体のアンドロイドがお披露目されることになり、そのことを巡ってひと悶着が起きるのだが、それは、また別の機会に。