慣れてるから:答えあわせ 2
「どこから話そうか。
最初に聞かれたのは、呪いがどうのって話だっけ?」
「えっと……」
「結論から言うと、呪いじゃないよ。
そんな魔法みたいな力が使えるなら、是非そうしたところだけどね。
残念ながら、わたしはただの人殺し」
”人殺し”。
流れるように言うものだから、聞き間違いかと思いきや。
立ち会いの警察官も初耳だったようで、驚いた素振りを見せている。
しかし警察官は、山田さんの自白を遮ろうとはせず、面会を打ち切ろうともしなかった。
「ひとごろし、って、聞き間違い、じゃないよね」
「間違いじゃないよ。
OBのみんなが噂してる、呪いの被害者とされてる人達はみんな、わたしが殺した」
「みんなっていうのは、誰?何人?山本くんだけじゃないの?」
「伊藤、鈴木、斎藤、渡辺、山本。
足が付かないようにって殺し方は分けたけど、全員わたしがやった。
なんなら、殺し方も含めて、イチから話そうか?」
”足が付かないように殺し方を分けた”。
つい先程まで、回りくどい問答をしていたはずなのに。
真偽は定かでないにせよ、どうして山田さんは急に、自白を超えて自供を始めたんだ。
動揺を隠せないままに、同じく動揺しきりの警察官の方を、私はちらと一瞥した。
「心配しなくていいよ」
「心配?」
「元からそういう約束なの」
「約束?」
「面会、打ち切られるかもって、そわそわしてるんでしょ?
あんまり際どい話はしちゃいけないって、レギュレーションがあるんだもんね」
「今回限りは、際どい話をしても、大丈夫ってこと?」
「そう。
あなたの身分が記者だってことも、わたしのことを記事にしたがってるんだろうってことも。
こっちは最初から分かってた。分かった上で招いたんだよ」
「うそ、じゃあ、なんで」
「まさか、本当にただの面会とでも思った?
腐っても国家権力だよ?面会希望者の素性を調べるなんて朝飯前だよ?」
”最初から分かってた”。
山田さん個人の推量ならともかく、警察の人達にも筒抜けだったとは。
面会申請がやけに通りやすかったことを、もっと疑ってかかるべきだった。
動悸が激しくなってきた。
すべて山田さんの冗談にしてしまいたいが、状況を鑑みるに、山田さんの発言はブラフじゃない。
「私がそんな、いかがわしい奴だってバレてて、受け入れてもらえたのは何故?」
「わたしが望んだから。
佐藤さんと会わせてくれたら、わたしは全ての罪を自供するって、警察の人にお願いしたの」
「そこまでして、私に会いたいって、望んでくれたのは何故?」
「メッセンジャーが必要だったから。
警察の人が駄目って言うなら仕方ないけど、わたしはぜんぜん記事にしてもらっていいし、佐藤さんからB組のみんなに伝えてほしい」
「その役目を、よりにもよって、私にやらせたいのは何故?」
「それは、ほら。
わたしから説明するまでもない。そうでしょう?」
”メッセンジャーが必要だった”。
隠し通せたかもしれない余罪を明かしてまで、山田さんはB組のみんなを傷付けることを優先した。
生き残った側の彼らにしても、殺されていたのは自分だったかもしれない恐怖と悔悟は、大きな傷となって残るはずだから。
とどのつまり私は、伝書鳩だ。
苛めという有り触れたきっかけから、こんな怪物が生まれてしまうこともあるのだと。
苛めという行為を軽んじる世の中に対して、一石を投じるための。
「わかった。
私で良ければ、みんなに伝える。
あなたの犯した罪と、みんなが受けるべき罰を」
私は、怪物にはならなかった。
山田さんと近い性質を持ちながら、山田さんと同じ末路は辿らずに済んだ。
山田さんに有って私には無かったもの、山田さんに無くて私には有ったものがあるとすれば。
「伊藤さん達を殺したのは、当時の苛めが原因?」
「原因ではあるけど、きっかけは違うかな」
「きっかけはなんだったの?」
「田中さんが自殺したこと。
彼女を喪って、わたしは生きる意味がなくなった。
どうせわたしも死ぬなら、わたしを苦しめた奴らも、みんな死ねばいいと思った」
先程ははぐらかされてしまった、田中さんの自殺について。
田中さんの後を追う前に、自らの過去を清算しようとした、ということなら辻褄は合う。
「田中さんが自殺した理由は、やっぱり聞かない方がいい?」
「聞いてもいいよ。答えないだけ」
山田さんが呪ったとされていた四人は、山田さんが手ずから殺していた。
苛められていた当時ではなく、時を経て犯行に及んだのは、田中さんの自殺が引き金になったからだった。
田中さんが死んでいなければ、山田さんは誰も殺さなかった。
田中さんが生きていれば、山田さんは今でも、田中さんと生きていられたかもしれない。
「勿体ないな。
私だったら、隠せる罪はぜんぶ隠して、何食わぬ顔で人生やり直すのに」
「言ったでしょう。
田中さんのいない世界で、やり直す気なんかないって」
「すごい信念だ。
五人も殺しておいて、死刑になるのが怖くないんだね」
「当たり前でしょう。
田中さんがいなくなるより怖いことなんか、わたしにはないんだから」
束の間の閑談。
同時にぶり返した疑問は、聞きそびれていただけで看過ならない、一番の謎だった。
「そういえば、これも聞いてなかったよね」
「なに?」
「山田さんと山本くんの関係。
同じ高校だったのは聞いたけど、それだけだよね?」
「そうだね」
「伊藤さんと鈴木さん、斎藤さんと渡辺くんは、山田さん苛めの主犯だった。
この中に、山本くんは入っていないよね?」
「入ってないね」
「山本くんのことは、どうして殺したの?
私が知らないだけで、高校でも苛めが起きて、扇動したのが山本くんだったの?」
「いい質問だね」
「それに、最初の四人は、実際に足が付いてなかった。
なのに最後の山本くんだけ、分かりやすい殺し方をして、隠蔽も逃亡もしなかった」
「その通り」
「山田さんにとって、山本くんって一体何者?」
立ち会いの警察官が入れ代わり、若い女性から壮年の男性になる。
山田さんは再び、机を指でトンと叩いた。
「山本は、わたしは特に関係なかった。
でも山本は、山本だけは、絶対に殺すと決めていた。
絶対にわたしが、刺して殺すと決めていた」
「”わたしは”関係なかったってことは、”田中さんとは”関係あったってこと?
さっきの、田中さんと山田さんは高校2年まで友達だったって話と、繋がってたりする?」
私は前のめりに山田さんを問い詰めた。
山田さんは再び、机を指でトンと叩いた。
「不思議だよね。
苛められた過去、引っ込み思案な性格、女しか愛せない体質。
条件は等しかったはずなのに、一人は自殺をして、一人は殺人をして、一人はそれらを暴く人になった。
平穏無事に生きたいなら、わたしは田中さんに出会うべきじゃなかったかもね」
田中さん。
時期外れの転校生。
正義感が強く物怖じせず、一匹狼という言葉の似合う女の子。
たった一人、苛められる山田さんを味方していたこと。
高校2年時まで、山田さんとは友人関係が続いていたこと。
恐らくは山田さん以上に、山本くんとは浅からぬ因縁があっただろうこと。
完全犯罪も不可能じゃなかった山田さんが、絶対に刺して殺すと決めたほど、山本くんを間接的に恨んでいたこと。
『私が転校してきた本当の理由、聞いてくれる?』
バラバラだったピースが嵌っていく。
山田さんは再び、机を指でトンと叩いた。
「田中さんも、前はいじめられっ子だった。
だから中途半端な時期に転校をして、同じいじめられっ子だった山田さんを放っておけなかった。
違う?」
「どうでしょう」
「中学を出て、山田さんと田中さんは同じ高校に入った。
伊藤さんや鈴木さんと別れて、山田さんはやっと苛めから解放されたけど、今度は田中さんを苛める人が現れた。
違う?」
「どうかなぁ」
「山本くんは、かつて田中さんを苛めていた主犯だった。
田中さんに執着心があった山本くんは、高校で再会した田中さんをまた苛めるようになった。
違う?」
「どうだろうね」
山田さんの瞳が翳っていく。
山田さんは再び、机を指でトンと叩いた。
「今度は山田さんが、田中さんを守る番になった。
おかげで一年間はやり過ごせたけど、2年生の時に決定的な事件が起きた。
そのせいで山田さんと田中さんの友情にも亀裂が入って、数年越しに田中さんは自殺をした。
何年経っても癒えることのない深い傷を田中さんは負って、そんな彼女の無念を晴らすために山田さんは、山本くんを刺して殺すことを───」
バン、と山田さんが両手で机を叩いた。
私が驚きに肩を揺らすと、私とは違う意味で、山田さんも肩を揺らして笑いだした。
「記者の肩書きは伊達じゃないね。
少ない情報をちゃんと纏めて、感動的なストーリーに仕上げてくれた」
「どうもありがとう。
違うなら違うと訂正してほしいのだけど」
「違わないよ。おおむね合ってる。
わたしがするのは、訂正じゃなくて補足」
さすがにこれ以上はまずいと判断したのか、私たちの対話に警察官が割って入ろうとする。
山田さんは無言で右手を挙げると、いいところだから邪魔をしないでと、警察官を退かせた。
「補足そのいち。
山本は確かに主犯だったけど、単独じゃなかった」
「伊藤さんや鈴木さんが徒党を組んでいたように、田中さんへの苛めもグループで行われていた?」
「補足そのに。
不良コミュニティーで伊藤と山本は繋がっていた。
伊藤はわたしを嫌っていたのと同じくらい、田中さんのことも嫌っていたから、かつて田中さんを苛めていた山本と意気投合した」
「山本くんと出会ったことで、伊藤さんの捌け口は山田さんから田中さんに移った?」
「補足そのさん。
わたしが山本を殺したのは、田中さんの無念を晴らすためであり、田中さんからのお願いを叶えるためだった」
「………え?」
「補足そのよん。
田中さんからのお願いを確実に叶えるために、わたしは殺人の練習をする必要があった」
「ちょっとまって」
「補足そのご。
丁度いい練習台が、わたしの当てにもあった。
わたしは田中さんのお願いを叶える過程で、自分の望みも叶えることが出来た」
田中さんを喪ったことで、山田さんは捨鉢になったのだと思っていた。
田中さんの後を追う前に、清算のために殺人を行ったのだと思っていた。
”田中さんが死んでいなければ、山田さんは誰も殺さなかったかもしれない”。
根本的な動機こそを、私は履き違えていた。
「山田さんにとっては、山本くんこそが本命で、伊藤さん達はあくまで前座に過ぎなかったってこと?」
「ただの私怨なら、苛められてた当時にやってるよ。
改心でもされてたらどうしようって心配だったけど、クズのままでいてくれて良かった」
「斎藤さんや渡辺くんは、そこまで酷い苛めには加担してなかった。
練習台にするためなら、伊藤さんと、せいぜい鈴木さんの二人だけでも事足りたんじゃないの?」
「次殺されるのは自分かもって、B組の奴ら怖がってたんでしょう?
なら、斎藤も渡辺も殺して正解だった」
先程は退いた警察官が、今度こそ面会打ち切りを宣言する。
山田さんは肩を竦め、両手の指をバラバラと動かしてみせた。
「ざんねん。
答え合わせは、これで終わり」
通常の面会と比べると、時間は延長されたし、内容も融通してもらえた。
呪いの真相を明らかにするという当初の目的も、一応は達成された。
ただ、なにか。
急展開の連続で、思考停止になりそうだけど。
まだ何か、見落としている気がする。
山田さんの伝達力ではなく、私の読解力が及んでいない気がする。
『山本は確かに主犯だったけど、単独じゃなかった。』
『わたしが山本を殺したのは、田中さんの無念を晴らすためであり、田中さんからのお願いを叶えるためだった。』
『田中さんからのお願いを確実に叶えるために、わたしは殺人の練習をする必要があった。』
山田さんの本命は、田中さん苛めの山本くん。
山本くんに至るまでの練習台に丁度よかったから、山田さんは自分を苛めた伊藤さん達を先に殺した。
さほど恨んではいなかった斎藤さんや渡辺くんをも殺したのは、B組OBのみんなに恐怖を植え付けるためだった。
そういえば。
私の拙い推理に対して、山田さんは訂正ではなく、補足という言葉を使っていたっけ。
『丁度いい練習台が、わたしの当てにもあった。』
はっとして、私は思わず立ち上がった。
「慣れてるからって、山田さん言ってたよね」
「………。」
「良い人だからって、みんな言ってたよね」
「………。」
「あなたは、どうして、そこまで」
警察官に促されて、山田さんも席を立つ。
面会室の扉を指でトントンと叩いてみせてから、山田さんは最後にこちらを振り返った。
「ラストヒント。
この49分間で、わたしは何回、机を叩いたでしょう」
明確には思い出せないが、少なくとも5回以上。
ぞっとして、私は思わず膝から崩れ落ちた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
 




