慣れてるから:答えあわせ
「久しぶり、山田さん」
「久しぶり、佐藤さん」
「クラス違ったのに、覚えてくれてるとは思わなかった」
「クラスは違ったけど、時々話しかけてくれたでしょう」
「会ってくれるとも、思わなかった」
「会いたいなんて言われるとも、思わなかった」
直接会って話をしたい。
記者の身分を偽り、同窓生の仮面を被って、駄目元で面会申請をした。
審査の結果、面会自体は許可してもらえた。
公式に発表がなされるまでは、ここで交わされた全てを、口外しないことを条件に。
「実は、確かめたいことがあって来たの」
「わたしの呪いがどうとか、ってやつかな」
「やっぱり、知ってたんだね」
「さすがに、ここまで噂になればね」
十数年ぶりに会う山田さんは、綺麗になっていた。
整形の痕跡はない。
化粧などの身嗜みを整えた風でもない。
青ざめた肌も、痩せこけた頬も、世間一般で言うところの美しさとはかけ離れている。
なのに綺麗と思ったのは、以前と雰囲気が違ったからだ。
表情や仕種のひとつひとつが優美で、まるで未亡人のような色香すら感じさせる。
田中さんと並んでいた当時の山田さんは、可憐な女の子。
田中さんを喪くした現在の山田さんは、綺麗な女の人。
田中さんの存在ありきで、山田さんとはこうも姿を変えるのか。
まるで未亡人という例えは、あながち間違いではないかもしれない。
「嘘か真か、どっちなの?」
「佐藤さんは、どっちと思うの?」
「非科学的なことは、私は信じない。
ただ、嘘か真かで言うなら、どちらとも言えない気がする」
「じゃあわたしも、それでいいよ。
逆説的に、嘘でもあるし、真でもあるから」
十数年ぶりに話す山田さんは、落ち着いていた。
現状を憂うでも、過去を悔いるでもない。
半ば冷やかしに来た私に、憤る様子もない。
少なくとも山本くんは確実に殺しているはずなのに、野蛮さも卑劣さも感じさせない。
背筋は真っすぐ、こちらに向ける視線も真っすぐ。
淀みない受け答えなんて、まるで我が子に絵本を読み聞かせる母親のごとく。
やるべき事はやったからと、満足しているのか。
最早どうにもならないからと、捨鉢になっているのか。
いずれにせよ、不自然なほどに冷静だ。
貼り付けた笑顔を崩さないのは、天性のポーカーフェースが為せる業かもしれない。
「噂が本当だとして、私も対象だったりするの?」
「佐藤さんは、どうなると思うの?」
「加害者ではないからセーフな気もするし、傍観者ではあったからアウトな気もする」
「その理屈を通すなら、最低でもあと100人は呪わなきゃいけない計算になるね」
山田さんの指が、机を一回トンと叩く。
どうやら私は、山田さんに恨まれてはいないらしい。
呪いの真相について聞き出すには、更に踏み込むべきか、逆に引き下がるべきか。
「質問を変える」
「ご自由に」
「田中さんの自殺について」
「そう来たか」
山田さんがもう一度、机を指でトンと叩く。
あまり追及し過ぎると、面会を打ち切られる恐れがある。
まずは遠い疑問からぶつけてみて、答えてくれる分だけを聞いてみよう。
「山田さんは何か関わっていたりするの?」
「関わってはないかな。
佐藤さんの言葉を借りるなら、加害者ではないけど傍観者ではあったってやつ」
「山田さんは何か知っていたりするの?」
「知ってはいるよ。
佐藤さんが相手でも、わたしの口から明かすことは出来ないけどね」
山田さんがもう一度、机を指でトンと叩く。
物言いこそ含みがあるが、田中さんの自殺に山田さんは関わっていないようだ。
自殺の理由については、まだ掘り下げない方が良さそうだ。
「山田さんと田中さんは、いつまで友達だったの?」
「ちゃんと友達だったのは、高校2年 の時までだよ」
「高校2年の時に、何かあったの?」
「わたしと田中さんの間には、何もなかったよ」
山田さんがもう一度、机を指でトンと叩く。
山田さんと田中さんの友情は、高校2年時までは続いていたらしい。
当人同士の諍いが原因でなかったなら、どこで二人は袂を分けたのだろう。
「私は、全てのはじまりは田中さんだと思ってる」
「田中さんの自殺が、噂の起源だろうって意味?」
「それもあるけど、もっと昔からの、本当のはじまりの話」
「わたしもだけど、佐藤さんも大概、回りくどいね」
核心には、なかなか触れられないけれど。
田中さんの話題を振ってからは、具体的な返答をしてもらえるようになった。
やっぱり、山田さんの中では今も、田中さんが陣取っているのだ。
この調子で聞き出していけば、呪いの真相についても口を滑らせたりして。
「私、昔、見たの。
山田さんと田中さんが、放課後の音楽室で、二人きりで話しているところ。
あの時、二人は何を話していたの?
田中さんが転校してきた本当の理由って、なんなの?」
山田さんがもう一度、机を指で叩こうとして、やめる。
伏せていた顔を上げて、こちらを見る。
「知ってたよ、ずっと。
あの時も、あの時以外も、佐藤さんがわたし達を、わたしを見ていたこと。
ずっと気にしていたのに、敢えて自分は関わろうとしなかったことも」
隠したつもりだったのに、バレていたなんて。
私は自分の頬に、熱が集まってくる感じを覚えた。
「ねえ、佐藤さん」
「なに、山田さん」
「先に、あなたの本音を教えてくれない?」
山田さんの指が、仕切りのアクリル板に触れる。
アクリル板越しに、私の熱い頬を撫でるように、山田さんの指が動く。
「あなたはどうして、ここへ来たのか。どうしてわたし達を、見ていたのか。
先に白状してくれたなら、わたしも本音を教えてあげる。
あなたが知りたいと思っていること、ぜんぶ話してあげる」
バレているのは、密かに見ていたことだけか。
密かに見ていた下心さえもが、既にバレているのだろうか。
『佐藤さんは良い人だから。』
試されているのかもしれない。
最初から白状する気も、まともに対話する気もなくて、私を弄んでいるだけかもしれない。
だとしても、今がきっと、最後のチャンス。
ここで私が誤魔化したら、山田さんは二度と話してくれないし、会ってくれない気がする。
「私、小学校の頃、いじめられてたの。
きっかけは違ったけど、大体は、山田さんが受けていたのと同じ。
だから、誰も知らない中学校に逃げて、やっと解放されたと思ったのに、山田さんがいた。
当時の私と同じような山田さんがいて、私はどうしたらいいか、すごく困った」
引っ込んだ山田さんの手が、机の上で組み直される。
私は震える息を鎮めながら、答えるべきを答えることに終始した。
「そうしたら今度は、田中さんが現れた。
私には出来なかったことを、田中さんはやってのけた。
当時の私は、山田さんのようには救われなかったし、田中さんのようにも救えなかった。
だから、二人ともに、羨ましいような感情が湧いて、気付いたら二人ともを、目で追うようになった」
甦るトラウマ。
封印したはずの記憶。
私を助けてくれる人はいなかったこと。
私は山田さんを助けられなかったこと。
逃げ続けてきた命題から、今度こそ逃げてはならないと、山田さんが無言で強制してくる。
「今は?
今になって、わたしに会いに来た理由は?」
全てを見通すように、山田さんは微笑んだ。
私は硬く拳を握りながら、面会を打ち切られる覚悟で白状した。
「私は、本当は、記者なの。
昔馴染みだからっていうのも、嘘じゃないけど、一番じゃない。
いいネタになりそうだと思って、あなたをフォーカスしようと決めたの」
「それで?」
「でも、本当の本当は、ネタなんてどうでもいいの。
記者の立場を抜きにしても、なんにもならなくても、ただ知りたい。
これは仕事だって自分に言い聞かせて、あなたに会いたい気持ちを肯定したかったの」
「それで?」
「ごめんなさい、山田さん。
私はずっと、あなたを好きだった。
あなたを好きで、そんな自分が怖くて、あなたを避けることしかしなかった。
あなたを助けられなくて後悔して、あなたが人を殺したと聞いて、もっと後悔した」
「それで?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、山田さん。
今さら、何もかも遅いけど、ごめんなさい。
知らんぷりして、嘘ついて、ごめんなさい。
今さらになって、のこのこ会いに来たりして、ごめんなさい」
"それで?"と、山田さんの淡々とした声が繰り返される。
私は熱い涙を堪えながら、仕切りのアクリル板越しに、山田さんの心臓に触れた。
「教えてほしい。
償えるなら償い方を、あなたが望むこれからを。
嘘つきの私に、今さらでも」
「知ってどうするの?」
「分からない。
記事にするなと言うなら記事にしないし、記者をやめろと言うなら記者をやめる。
死ねと言うなら、死んでもいい。
山田さんからのお願い事を、私に叶えさせてほしい」
訪れた沈黙。
無情に迫るタイムリミット。
”よく出来ました”。
しばらくの間を置いてから、山田さんは笑みを深くした。
その顔は、かつて田中さんにだけ向けていた笑顔と、少し似ていた。




