表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

慣れてるから

*あらすじ

山田さんという少女がいた。

誰のどんなお願い事も叶えてみせる山田さんは、いつもどんな時でも、慣れてるからと笑っていた。



あれは私が、中学生だった頃の話だ。

私の在籍した2年A組のお隣、2年B組には、とても変わった人がいた。

彼女の名前は、山田さん。

見た目は普通で、性格も成績も普通で、一見すると特筆すべき点のなさそうな女子だった。


しかしながら、山田さんには隠れた才能があった。

並外れた適応力と精神力。笑顔を絶やさぬ大らかさ。

平たく言えば、イエスマンならぬイエスウーマンといったところだ。



山田さんは、いつもB組の中心にいた。

「山田さん、掃除当番()わってよ。」

「山田さん、給食のデザート譲ってよ。」

「山田さんは良い人だから、どんなに嫌なことでも、断ったりしないよね。」


お願い事とは名ばかりに、みんなが山田さんを顎で使った。

山田さん自身がどう感じていたかは知らないが、山田さんは誰のお願い事も断らなかった。

いつもと同じ笑顔、いつもと変わらない態度で、「慣れてるから」と引き受けた。



お願い事は次第にエスカレートしていき、ついには苛めに発展した。

「山田さん、そこの店で万引きしてきてよ。」

「山田さん、裸になって踊ってみせてよ。」

「山田さんは良い人だから、どんなに嫌なことでも、拒んだりしないよね。」


本当はみんな分かっていたのだ。

自分たちのやっていることは、お願い事の範疇を超えている。

山田さんを利用していい権利は自分たちにないし、自分たちに利用される義務も山田さんにない。


それでも、一度は成立した主従関係。

全てを許し、多くを叶えてくれる便利な存在を、みんなが手放す筈はなく。

「嫌なら嫌と言えばいい」と、むしろ山田さんに責任をなすり付ける人が殆どだった。


山田さんも山田さんで、やっぱり拒みはしなかった。

いい加減に自分の立場も、みんなの悪意にも気付いただろうに。

いつもと同じ笑顔、いつもと変わらない態度で、「慣れてるから」と受け入れ続けた。



ある日のことだった。

3年B組となった山田さんのクラスに、時期外れの転校生がやって来た。

彼女の名前は、田中さん。

見た目も成績も普通だけど、正義感が強く物怖じせず、一匹狼という言葉の似合う女子だった。


転校そうそう苛めの気配を察した田中さんは、すぐにB組のみんなと対立した。

「山田さん、こんな奴らに従う必要ないよ。」

「山田さんは、もっと自分を大事にした方がいいよ。」

「山田さん山田さんって、あんた達はいったい、何様のつもりなの。」


誰かが山田さんを苛める度に、必ず田中さんが割って入った。

おかげで山田さんへの苛めは止まったが、山田さんと田中さんの二人ともが孤立してしまった。


「どうしてそこまで。」

「慣れてるからだよ。」

泣きながら問う山田さんと、優しく答える田中さん。

放課後の音楽室、密かに寄り添う二人を盗み見て、まるで双子か生き写しのようだと、私は思った。



程なくして、山田さんと田中さんは友人になった。

「山田さん、一緒に帰らない?」

「山田さん、ウチに遊びに来ない?」

「ねえ山田、あたしが転校してきた本当の理由、聴いてくれる?」


孤独だった山田さんにとって、田中さんは初めての味方であり、理解者だった。

いつしか山田さんは、田中さんのお願い事だけを聴くようになった。

田中さんのお願い事を聴く時は、いつもよりずっと可愛い笑顔で、山田さんは笑っていた。



田中さんの転校から一年後。

私たちは中学校を卒業し、高校生になった。

山田さんと田中さんは、同じ高校に進学したようだった。


果たして。

二人の高校生活は、上手くいったのか。

二人の友情は、いつまで続いたのか。

進路を違えた私には、当時の彼女たちの行く末など、知る由もなかった。



そして現在。

大学生になった私の元へ、とある人物の訃報が舞い込んできた。

彼女の名前は、田中さん。

あの(・・)、田中さんだった。


私と同じく学生の身で、一人暮らしをしていたという田中さん。

突如として連絡の途絶えた彼女を心配し、ご両親が田中さんのマンションまで訪ねにいったところ、田中さんの首吊り遺体を発見した。

遺体の傍らには、かつての不幸を綴った遺書が残されていたそうだ。



あの田中さんが。

よりにもよって自殺なんて、一体どうして。

田中さんに対して崇高なイメージを持っていた私は、田中さんが自ら死を選んだ事実が信じられなかった。


この日を境に、運命の歯車は狂いだした。

いや、本当はもっと前から狂っていたのかもしれない。

もしかしたら、田中さんと山田さんが出会った時には、既に。



田中さんの自殺から六年後。

社会人になった私の元へ、またしてもゆかりある人物の訃報が舞い込んできた。


一人目の名前は、伊藤さん。

中学時代、率先して山田さんを苛めていた女性で、原因不明の心不全により亡くなったという。


二人目の名前は、鈴木さん。

伊藤さんの相方的な女性で、旅行先で巻き込まれた交通事故により亡くなったという。


三人目の名前は、斎藤さん。

伊藤さん率いるグループに所属していた女性で、職場で起きた労災事故により亡くなったという。


四人目の名前は、渡辺くん。

中学時代、伊藤さんの彼氏だった男性で、単身赴任先で起こした転落事故により亡くなったという。



僅か二年間で、立て続けに四人。

いずれも山田さん苛めの主犯であり、伊藤さんと鈴木さんに至っては、中学卒業後も山田さんに粘着していたとされる人物だった。


B組OBの間では、こんな噂が流れ始めた。

「山田さんを苛めたバチが当たったのではないか。」

「山田さんの青春を奪った報いを受けたのだろう。」

「そういえば山田さんって、今どこで何をしてるんだっけ。」


因果応報。自業自得。

山田さんの根強い怨念が、時を経て甦ったに違いない。

山田さんの存在を抜きにしても、敵の多い奴らではあったと。



私は噂の半分には納得したが、もう半分には疑念を抱いた。

確かに、亡くなった四人には、山田さん苛めの共通点がある。

オカルト的な信憑性はさて置き、彼らの不審死に山田さんが絡んでいる可能性は、ゼロではないかもしれない。


納得いかないのは、田中さんの自殺の方だ。

どちらかというと、山田さんこそ自殺をしそうな性格だし、根拠があった。

でも実際は、田中さんが死に、山田さんが生き残った。


特別な絆で結ばれていた二人のことだ。

田中さんとの友情が山田さんの自殺を防いだならば、逆もまた然りが有り得たはずなのだ。


遺書に綴られた不幸とはなんだったのか。

山田さんとの友情を無下にしてまで、辛い現実から逃げ出したかったのか。

あるいは山田さん自身が、田中さんにとっての辛い現実だったのか。


こんなことなら、私も山田さんと接点を持っておくんだった。



確証のないまま、更に一年が過ぎた頃。

通算五人目となる訃報が、満を持して全国・・に届けられた。


彼の名前は、山本くん。

高校時代、伊藤さんの彼氏だった男性で、刃物でのメッタ刺しにより亡くなったという。


その山本くんを刺し殺した犯人というのが、山田さん。

長らく噂の渦中にあった、あの(・・)山田さんだった。



「やっぱり山田さんだった。」

「とうとう山田さん本人が出てきた。」

「山田さんには他人ひとを呪う力があったのか。」

「山田さんの呪いを受けたやつは他にもいるらしいぞ。」

衝撃的なニュースに、恐れ慄くOBたち。

まことしやかに過ぎなかった噂は、またたく間に真実として伝播されていった。


「山田さん、どうか私のことは呪わないで。」

「山田さん、せめて俺だけでも見逃してくれ。」

「苛めた奴が対象なら、直接は苛めてない私はセーフだよね。」

「我関せずを通したのは悪かったけど、だからって俺まで呪うことないだろう。」

眠れず過ごす間にも、手の平返しを急ぐOBたち。

今や同窓生の全員が、山田さんの手中のようなものだった。



私はというと、むしろ胸躍らせていた。

山田さんの呪いとやらが実在するならば、私とて対岸の火事ではいられない。

逆に実在しないならば、亡くなった五人と山田さんには別の繋がりがある、可能性がある。


私には、それを知る責務がある。

いや、責務などなくとも、ただ知りたい。

知って明らかにする使命こそが、私にはある。


何故なら、私は記者なのだ。

大手出版社のゴシップ誌担当。

スクープに恵まれず、崖っぷちに立たされていた状況で、山田さんの噂は天啓に等しかった。



【こんにちは、山田さん。】

【私の名前は、佐藤です。】

【かつて、貴女と同じ学び舎で過ごしていました。】

【顔見知りの域を出なかった私を、貴女は覚えておいででしょうか。】


思い返せば、私の興味の中心にはいつも、山田さんがいた。

高校で別れるまで、私は常に山田さんを意識し、山田さんと並ぶ田中さんを意識していた。

社会人となった今でも、同窓生の間で二人の話題が出れば、必ず食いついた。


あの日、放課後の音楽室で、なんの話をしていたのか。

噂の真相より、自分の進退より、そちらを先に見て聞きたい。


山田さんと田中さんの紡ぐ物語に、私は何故か、人生を賭けてもいいほどに、惹かれてしまうのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ