おもしれーオンナ 6
どうせ元鞘に収まるなら、男女のままでいた方が良かったんじゃないか。
中にはそう言う人も、そう思う人もいるだろう。
「───コロちゃーん!見てぇー!」
「お、ワンピース?」
「そー!素敵でしょ!
でもわたしが着るにはお丈が足りないの……。」
「体のほうね。
他にサイズなかったの?」
「残ってるのこれだけだって。」
「つまり?」
「わたしの代わりに着てくれませんか。」
「言うと思った。」
「わたしが着たい服って大体わたし似合わないからさぁ。
せめて眼福をプリーズミーギブミー。」
「いいよ。
私のリクエストにも応えてくれるなら。」
「いいよ!なに着ればいい?」
「たまには赤のTバックとかどう?」
「お、お手柔らかにシャス。」
確かに、男女であれば何かと都合は良かっただろう。
結婚をして、家庭を持って、子宝に恵まれる、なんてこともあったかもしれない。
同性では、その全部が難しい。
仮初めの家庭は持てても、正式に結婚はできない。
子宝を望むなら、まず血縁を諦めなければならない。
男同士でも女同士でも駄目。
精神性だけで語っても駄目。
生物学上で男女でなければ、わたし達は番であると認められない。
どんなに愛し合っていて、誰に迷惑を掛けていなくても、わたし達の生きる国は、わたし達を自由に生きさせてはくれない。
「───トロちゃんトロちゃん。」
「なんだいコロちゃま。」
「次のデートさ、やっぱりこっち変更でもいい?」
「なに?」
「これ、新しくできたフルーツパーラー。
オープンセールやってて、丁度この日がレディースデーなんだって。」
「はぇ~、フルーツパーラー。
またハイカラな店ができたもんだねぇ。」
「気乗りしない?」
「そんなことないよ。
こないだ牛丼付き合ってもらったし、次はコロちゃんの行きたいとこ行こ。」
「やったー!
───あ、洗濯終わった。」
「わたし取り込むから、なくなったシャンプー詰め替えといてくれる?」
「ラジャー。」
それでもわたし達は、今のわたし達を後悔していない。
きっと今が一番苦しくて、一番幸せだから。
紆余曲折の末にこそ、生まれたものがあって、得たものがあるから。
たとえ世間一般に外れているとしても、わたし達がわたし達でいられることが、一番大切なことだから。
「───今の人達ってさ、」
「多分そう。」
「やっぱそうか。
本当にお仲間って分かるようになるんだぁ。」
「彼らも、こっち気付いてたと思うよ。」
「いやいや、わたし達はお仲間どころかバレバレでしょ。この手をご覧よ。」
「そりゃそうだ。」
「……コロちゃんもさ、」
「うん?」
「前は、男の人と付き合ってたんだもんね。」
「ちょっとだけね。嫉妬した?」
「わたしが男だったら、男女のカップルになれたのに。」
「………。」
「ごめん。変なこと言った。」
「ううん。」
「今が一番幸せだからね。」
「うん。私も。」
昔の私と今の私、貴方はどっちが好きですか?
昔の貴方と今の貴方、私はどっちが好きでしょう?
互いへの問いかけに、わたし達は揃って、両者だと答える。
昔と今、どっちの自分のほうが、胸を張れますか?
主語を変えたそれには、やはり揃って、後者だと答える。
「───パレードのやつ見た?」
「見た。行こう。」
「当日どうする?
なんかレインボーカラーの持ってたっけ。」
「アレある。前に誕生日でもらったアレ。
七色に光るサングラスみたいなの。」
「いいね。それ装備してこう。」
五郎は葉月になった。
そのことにも、わたし達は後悔していない。
「───コロちゃーん。」
「お、甘えたさん、いらっしゃい。」
「今日さぁ。」
「なんかあった?」
「痴漢された。」
「………。」
「前と同じとこ、同じ触り方だったから、たぶん同じ犯人。
出勤時間ずらさないと駄目かなぁ。」
「どこ触られたの?」
「うぇー、いろいろー。」
「詳しく。」
「……む、むねとか、しりとか。」
「後は?」
「ふーって、耳に息吹きかけられたり。」
「どれ、消毒してあげよう。」
「ヒャー!」
確かに、男性でいれば何かと都合は良かっただろう。
人目を気にしなくて済むし、素性を勘繰られなくて済むし、真っ当な努力は正当に評価してもらえただろう。
女性になった途端に、全部が煩わしくなった。
時に白眼に晒されて、時に素性を暴かれて、正当な主張も真っ当に受理してもらえなくなった。
「───なーに、じっと見て。鼻クソついてる?」
「ついてない。
けど、元気ない。なんか隠してる。」
「うわぁ、目敏いなぁ。」
「こないだの人たち?」
「……決着はついたはずなんだけどね。
ちょっとタイミングあると、未だに因縁つけてきて。」
「今から一緒に?」
「殴りに行こうか?ってコラコラ。」
「わたしアスカやるから。」
「えー、私チャゲ?」
「チャゲかっこいいやん。」
「名前がやだ。アスカのが可愛い。」
「あんたばかぁ?」
「そっちのアスカじゃない。」
それでもコロちゃんは、葉月となった今の自分こそが最高なんだと言う。
どんなに手術が怖くて、術後が辛くて、維持が大変でも。
わたしと手を繋いで歩くたび、レズビアンだと囁かれても。
葉月を葉月たらしめる痛みならば、愛おしいと。
レズビアンだと囁かれるたび、喜びが痛みに勝るからと。
「───はやく会いたいなぁ、タクミくん。」
「毎日写真見てるね。」
「だぁってスーパーキュートじゃん。
髪の毛パヤパヤでさぁ、とうきびのヒゲみたい。」
「例えがそれ?」
「どっちかって言うと山口の顔だよね。
コロちゃんにも、ちょい似てるし。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
「………。」
「………。」
「こども、かわいいよね。」
「そうだね。」
わたしも、今のわたしが最高だ。
もうピチピチと言えるほど若くなくて、色んな適齢期が迫ってくるけれど。
今のわたしが最高で、明日のわたしはもっと最高だ。
コロちゃんのトロちゃんでいられるわたしが、大好きだ。
「───ふー、やっと一息つけるわ。」
「おつかれ。」
「これでタクミが朝までぐっすりだったら、言うこと無しなんだけどな。」
「もし起きても俺があやすから大丈夫だよ。」
「ありがとー。いい旦那さんを持ったー。」
「どういたしまして、いい奥さん。いい一日でした。」
「……そう思う?」
「うん?」
「今更だけど、これで良かったのかなって、急に思えてきて。」
「良かったでしょ。二人とも喜んでくれたし。」
「でもなんか、見せびらかしてるみたいっていうか。
向こうから是非にってことならまだしも、こっちから"赤ちゃん見にくる?"っていうのは、やっぱり、ちょっと……。」
「うーん。
俺も考えたけど、それとこれとは別でしょ、結論。
人のためにって配慮ばっかりしてたら、こっちが参っちゃうよ。」
「うん……。」
「結婚にせよ子供にせよ、俺たちは二人の夢を応援するだけ。
で、いいんじゃないか?少なくとも今は。」
「……そうね。
せめて今は、まず二人が幸せでいてほしいわ。」
「そこは心配ないだろ。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
恋人であり、親友であり、家族であり。
世界にたった一人しかいない、パートナー。
男女のままでも、最初から女同士でも、決して成り立たなかった関係。
いつかそこに"夫婦"という言葉が付け足されても、付け足されなくても、変わらずあなたを愛しています。
「あんなに幸せそうに笑い合うカップル、他に知らないよ。」
五郎くんに餞を。
葉月ちゃんに愛と幸を。
わたし達に、せめてもの祝福を。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。




