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おもしれーオンナ 3


コロちゃんとお別れして、はや五年。

このかんにわたしは、三人の男性と交際一歩手前までいって、三人とも駄目になった。


一人目は、雰囲気がちょっとコロちゃんに似た、おっとりタイプの人。

でもコロちゃんと違って、おっとりの仕方が自分勝手というか、単に協調性がない人だった。


二人目は、コロちゃんとはあんまり似てないけど、真面目そうな人。

コロちゃんと違うのはいいとして、自分が真面目にやっているんだから君も貞淑でいてくれと、価値観を押し付けてくる人だった。


三人目は、コロちゃんとは似ても似つかない、半分ケモノみたいなオラオラ系の人。

いっそコロちゃんとは真逆の人のほうが、新しい恋に踏み出せるかと期待したけど、普通にわたしの嫌いな要素をマシマシに盛ったウンコマンだった。


三人が三人とも、別に悪人ではなかった。

最後のウンコマンだって、わたしにとってはウンコマンでも、そういう男性が好みって人には絵に描いた王子様かもしれない。



コロちゃんに似た男性が相手だと、コロちゃんを忘れられなくて駄目だと言い。

コロちゃんに似てない男性が相手だと、コロちゃんを思い出して駄目だと言い。


何人もの男性を値踏みするような、何人もの男性とコロちゃんとを比べてしまう自分を、一番最低だと嫌悪する。




『お久しぶりです。』




そうして気付けば、五年もの歳月が流れていた、今日この頃。

わたしの使い古したスマホ宛てに、当のコロちゃんからメッセージが送られてきた。




『急に連絡してごめん。山口五郎だった者です。

無事に送信できてるってことは、そっちのIDも変わってないんだね。

ブロックもされてないみたいで良かった。』




"お友達に戻りましょう"の体で別れたから、連絡先は残してあった。

ただ、残してあっただけで、実際に連絡し合うことはなかった。


大学卒業のすぐ後から、わたしは電話もメッセージも送らなくなった。

返信が必要な場合にも、最低限の受け答えで済ませていた。


それで多分、察したんだろう。

コロちゃんからも段々と連絡してこなくなり、やがて音信不通となった。




「(なんで、今になって。)」




てっきりコロちゃんは、わたしのことなんか忘れてしまったと思っていたのに。

まさかコロちゃんも、わたしの連絡先を残していて、自分の連絡先も変えずにいたなんて。


知らず知らずと同じ行動を取っていたことに一瞬嬉しくなり、いけないいけないと我に返る。




『本当に久しぶり。元気にしてた?』


『うん。そっちは?』


『なんとかやってるよ。

でも改まってどうしたの?なにか大事な用?』


『実は、会って話せないかなって。』


『それって直接会わないと出来ない話?』


『勝手は重々承知だけど、できれば。

もちろん、気が乗らないなら無理にとは言わない。

時間が必要ってことなら、何日かかっても君のタイミングを待つよ。』




"山口五郎だった者"。

口ぶりからして、少なくとも"五郎"ではなくなったらしいことが窺える。

その上でとなると、五郎でなくなった彼と、彼から彼女になったコロちゃんと、初対面するということになる。


耐えられるだろうか、わたしに。

彼への未練を抱えたままのわたしに、彼女の今を受け止めきれるだろうか。

晴れて女性になったコロちゃんを、心の底から祝福できるだろうか。




『分かった。会おう。』




恐怖があって不安があって、迷いも躊躇いもするけれど。

あの日のカミングアウトと同じで、きっと精一杯の勇気を振り絞って、わたしに会いたいと言ってくれている。


ならば、応えよう。

恋人だった者として、他人になった者として。

最後で最初で最後のお願いに、こちらも精一杯報いよう。


そして、不完全燃焼に終わってしまった"山口五郎との関係"を、今度こそ清算しよう。

これきり、互いを苛む悔悟の念から、解き放たれますように。






「───久しぶり。」




後日。

彼との待ち合わせ場所によく使っていた駅前へ向かうと、一人の女性が話し掛けてきた。




「あの日以来、だね。」




いつも、約束の15分前には先回りしていた彼。

今日も今日とて、まだ10分も余裕があるにも拘わらず、先回りをして待ってくれていた。




「コロちゃん……?」


「うん。」




ライトベージュのセットアップに、

モスグリーンのハンドバッグに、

チャコールグレーのアンクルブーツ。

取り決めていた目印と一致する。


でも、俄に信じられなかった。

照らし合わせてなお、目の前の女性がコロちゃんだとは、信じ難かった。




「ほんとに、コロちゃん?」


「うん。

ふふ、懐かしい響き。」




女性だ。女性なんだ。

完璧な女装を披露してくれたあの日以上に、完璧に普通に綺麗な女性。


慎ましい胸の膨らみと、笛のを思わせる高い声は借り物として、多くは努力の賜物だろう。


モデルさん。または女優さん。

美しく、カッコよく、ある意味で強さをも内包する。

往来の人々が、つい羨望の眼差しを向けてしまうようなんて、まさしく。




「ごめん、さすがに、ちょっと引くよね。」




ああ、もう、わたしの愛した山口五郎は、どこにもいないのか。

分かっていたけど、やっぱり悲しいけど、辛いけど。


ふとした瞬間に出る、かつての面影が、山口五郎は死んだわけではないと教えてくれる。

目の前の彼女と、思い出の中の彼が同一人物であることが、悲しくて辛くて、たまらなく嬉しい。




「綺麗になったね、コロちゃん。」




綺麗になった(・・・)、と。

皮肉にも取られ兼ねない台詞が、とっさに口を衝いた。

とっさの判断もできないほど、心の底から漏れた本音だった。




「ありがとう。」




コロちゃんは、わかってるよって、笑った。




**



"立ち話もなんだから"。

と、コロちゃんに連れられて入ったカフェ。

時間的に混むのは仕方ないとして、見渡す限り、若い女の子でいっぱいだった。




「───さすがに、この時間は混んでるね。」


「前にも来たことあるの?」


「ううん。一番近かったから入っただけ。

気になるなら、別のお店探そうか?」


「わたしは、どこでも、いいけど……。」


「私もいいよ。」




コロちゃんは全く動じなかった。

元から"カフェにもケーキ屋さんにも堂々入れちゃう男子"だったけど、より(・・)堂々としている。


周り女の子ばっかじゃん、と卑屈にならない。

お金払えば誰来たって一緒でしょ、と横柄になるでもない。


誰もコロちゃんを不審な目で見ない。

わたしの目から見ても、コロちゃんと周りの女の子たちに差異はない。




「みんな写真撮ってるね。」


「そう、だね。

SNSに上げるんじゃない?」


「内装イイ感じだもんね。こっちも一枚撮っとく?」


「いいよ。」


「え、私を撮るの?」


「違うの?」


「私()撮ろうか、ってつもりで言ったんだよ。」


「ええー。いいよ、わたしは。

普通の格好だし、あなたと違って───」


「私と違って?」


「……なんでもない。」




なんなら、生まれついての女性であるわたし達以上に、コロちゃんの方が洗練されたお姉さんだ。




「なに飲む?」


「んと……。」


「私はソイラテにしようかな。」


「あ……。

じゃあ、わたしは、カプチーノにしよう、かな。」




ソイラテ、今でも好きなんだな。

前と今とで変わったところがあれば、変わらないところもあって、いちいち混乱してしまう。

同一人物なんだと、認識をアップデートさせたはずなのに、鼬ごっこみたいにバグの発生が繰り返す。




「わ、見てこれ。こんなっきいのに700円だって。」


「安いね。」


「パンケーキって、少ないなら少ないで文句言うくせに、大きかったり多過ぎたりすると、こんなに要らないって思っちゃうよね。」


「そうだね。」




気まずい。

なんでこんなに気まずいのって、そりゃそうか。

彼女・・になった衝撃で、つい忘れそうになるけど、わたし達にはそもそもの前提がある。


五年・・ブランク(・・・・)がある元恋人・・・再会・・

こんな滅多な状況を楽しめる人は、よほど面の皮が厚い。




「昔はなんだかんだって平らげたものだけど、最近はぜんぜん駄目。特にクリーム系は、すぐもたれちゃって。

寄る年波ってやつ。」




会って話がしたかったんでしょう?

したかった話は、パンケーキがどうだ、寄る年波がなんだの世間話じゃないでしょう?

深刻な内容だからこそ、まずは注文したものが届いてから、仕切り直そうとしているの?




「───お待たせしました。ソイラテのお客様?」


「私です。」


「こちらは、カプチーノになります。

熱いのでお気を付けください。」


「ありがとうございます……。」




ほら、注文したもの届いたよ。もう邪魔は入らないよ。

わざわざ会ってしたかった話、していいよ。




「お砂糖いいの?」


「今日はいい。」




コロちゃんも気まずい、のかな。

わたしほどじゃないにせよ、緊張してるのかな。

だったら、コロちゃんの気持ちが整うまで、待ってあげようか。


大丈夫。まだお昼だし。今日一日フリーだし。

気まずいのはお互い様って分かってれば、沈黙も痛くない。




「そのまんまでも飲めるようになったんだ?

甘くしないと美味しくないって、昔は言ってたのにね。」




受け身でいいんだよ。

自分から行動起こして上手くいった試しないんだから、自分がなんとかしなきゃって焦らなくていいんだよ。

自分で貧乏くじ引きにいくとか、馬鹿のすることなんだよ。






「どうして」




そうだった。

わたし、馬鹿なんだった。




「どうして、今になって急に、連絡したの。

会いたいなんて言ったの。」


「………。」


「もう、必要ないはずでしょ。

ただの友達なら、あなたなら、わたし以外にいくらでも、代わりがいるでしょ。」


「トロちゃん、」




そんな顔しないで。

懐かしい名前で呼ばないでよ。




「前までのわたし達とは、違うでしょ。

あなたも、わたしも、前とは違う。前と違うあなたに、わたしが出来ることなんて、もうないでしょ。

だからわたしは、あなたから───」




どうして、わたしは、いつも、ずっと。

なりたい自分に、自分から遠ざかってしまうんだろう。




「……ごめん。こんなこと言いたいんじゃない。」


「うん。」


「いきなり本題入ったら、わたしがビックリするから、空気()っためようとしてくれたんだもんね。」


「うん。」


「ごめん。」


「ううん。

言いたいこと分かる。謝らないで。」




気持ちが整っていなかったのは、わたしだ。

短く深呼吸して、カプチーノを一口飲む。




「私の話したいことと、君の聞きたいこと、どっち先がいい?」


「わたしはどっちでも。」


「なら先に聞いて。」


「いいの?」


「先に君の疑問とか色々ぶつけてもらって、それに答えながら私も話すよ。」


「わかった。

どこまでなら聞いていい?」


「なんでも聞いていいよ。」


「それだとコッ───。

……あなたの気に障ることにも、踏み込んじゃうかもしれないし。」


「いいよ。なんだって、いい。」




万が一にも聞き耳を立てられるのを防ぐため、あの日は個室のあるカラオケ店を選んだ。


対してここは、仕切りがある程度で、流行りのカフェで、混雑する時間帯だ。




「それより今、"コロちゃん"って言おうとした?」


「ごめん。さっきも反射で───」


「いいってば。

ふ。ほんとに、懐かしい。」




なんでも、聞いていいのか。

答えたくない質問は拒否できるとして、質問・・をしていいのか。

万が一聞き耳を立てられたとして、見ず知らずの他人に、個人情報が漏れて構わないのか。




「女性になった、って、一口に言っても。

具体的に、どの範囲がそうなった、っていうか。

なんて、言ったらいいのかな、」


全部・・だよ。」




念のため声を潜めるわたしに、コロちゃんは敢えてハキハキと答えた。




「ぜんぶ……。っていうのは?」


「言葉の通り。

性別適合手術を受けて、戸籍を変えて……。

今は、アフターケアなんかを続けながら、表向きとして生活してる。」


「やれることは全部やった、ってこと?」


「必要最低限ね。」




性別適合ってことは、上も下もか。

下もってことは、男性だった当時に備わっていたものは、跡形もなくなったのか。


パッと浮かんだ想像図があまりに不躾で、邪念を払うためカプチーノをもう一口飲む。




「戸籍変えたんなら当然、名前も変えたんだよね?

なんて名前になったの?」


「"葉月はづき"。

葉っぱのに、お様で、葉月。」


「葉月……。

いい名前だけど、由来とかはあるの?」


「私が生まれる前にね、男だったら五郎、女だったら葉月にしよう、って言ってたんだって。」


「え。ご両親?」


「そう。お互いに、一番好きな俳優さん・女優さんの名前だって。

大した思い入れはないみたいだけど、せっかくならね。生みの親に名付けてもらおうと思って。」


「えっと……。」


「もちろん驚いてたよ。母親に至っては、泣いてた。

でも泣いたっていうのは、受け入れられなくて、じゃなくて。

そこまで真剣に悩んでたのに、気付かなくてごめん、って意味らしい。」


「………。」


「驚いたのもそう。

もともと女の子っぽい部分があったから、もしかしたらこの子はゲイかもしれないって、二人とも覚悟してたって。

で、いざ蓋あけてみたら、女の子っぽい(・・)じゃなくて、なりたい(・・・・)ってことだったから、そっちかーって。」




二度目の名付けも親で、カミングアウトで泣かれて。

かなり要約されているが、コロちゃんにとって怒涛の五年間だったようだ。




「(知らないことばっかりだ。)」




無事に女になれて良かったね。

理解のあるご両親で良かったね。


言えない。わたしには言えない。

コロちゃんにとって、何が良くて幸せなことかは、コロちゃんにしか分からない。




「山口葉月、か。

判明したからには、わたしも"葉月さん"って呼ばないとだね。」


「"コロちゃん"でいいよ。」


「え?」


「さっきも、呼んでくれたの嬉しかった。

君さえ良ければ、変わらずそう呼んでほしい。」


「……わかった。」


「こっちこそ、"門戸さん"って改めた方がいい?」


「………"トロ"でいいよ。」


「わかった。トロちゃん。」




ただひとつ確かなのは、ふと覗く笑みに混じりけがないこと。

幸福より不幸がまさっているわけではなさそうで、そこは安心していいかもしれない。




「他には?聞きたいこと。」


「うーん……。

色々ある、けど。一個ずつ、ってなると……。」


「纏まんない?」


「うん……。

だから、今度はコロちゃんが話して。

ざっくりでいいから。話したくないことは、話さなくていいから。

この五年、どう過ごしてきたのか、聞きたい。」




"そうだね"、と一拍置いてから、今度はコロちゃんが話し始めた。




「在学中は、君も知っての通りだけど。

君にカムした直ぐ後には、もう色々と準備してたんだ。水面下で。」


「手術とか、戸籍のこととか?」


「そう。両親にカムしたのも、その時。

今まで踏ん切りつかなかったのは、やっぱり、君の存在があったからだから。」


「………。」


「まあ、君のこと抜きにしても、あれ以上我慢できるものじゃなかったし……。

逆を言うと、学生の間は男でいようって決めてたから、どっちみちタイミングだったというか……。」


「うん。」


「あ……、ごめん。

君のせいみたいな言い方になっちゃったね。違うからね。」


「うん。」




わたしさえ居なければ、もっと早い段階で、"色々"を進められたんじゃないか。

男として彼氏としての、無駄な時間も労力も、費やさずに済んだんじゃないか。


あくまで自分で決めたことだと、コロちゃんは言うけれど。

一度は考えるのをめた可能性がまた、わたしの胸をじくじくと刺した。




「卒業後は、東京のほう引っ越して……。」


「わお、トーキョー。」


「アルバイトしながら手術受けて、戸籍変えて……。」


「ん?

あれ、ごめん。アルバイトって?」


「実は、在学中には就職しなかったんだ。

男として入社してきたやつが、途中で女になったら混乱させるだろうし。

内定だけ先にもらって、女になるまで待ってくださいも、さすがに都合良すぎるなって思って。

わざわざ東京行ったのも、腕のいいお医者さんがいるって話だったから。」


「なるほど……。

そういや、みんなスーツ着て就職活動してた中で、一人だけフラフラしてたもんね。」


「そうそう。

今更バンドマンにでもなる気かって、みんなから迫られたよ。」


「真面目一徹の優等生が、就職せずに上京ってなったら、わたしでもそう思うかも。」


「だよね。」




みんなからバンドマン呼ばわりされたという、当時のコロちゃん。

わたしは目に浮かぶようで笑い、コロちゃんは記憶が蘇って笑った。


そういえば、今日笑うの、初めてだ。

わたしも、生理的にって意味ではコロちゃんも。




「"色々"がぜんぶ済んだのが、卒業してから一年ちょいの、23の時ね。」


「一年ちょいで完全に女になれたの?」


「まさか。あくまで土台が出来たってだけ。

そこからも、女としての生活に慣れるために、やることいっぱいで、もう一年使って……。

24の時に、アルバイトやめて就職した。」


「東京で?」


「そう。」


「それは最初から女として?」


「そうしたかったけど……。

後からバレて追求されるの嫌だったから、上の人たちには、元男性って伝えたよ。」


「てことは───」


「それ以外の人たちには、普通に女として振る舞ってたかな。」


「おー。」




順風満帆とはいかないまでも、コロちゃん曰く"土台作り"は、本人の計画した通りに進んだようだ。




「そのあとは?順調に今日まで?」


「だったら良かったんだけどね。」


「なにかあったの?」


「東京で就職したはしたんだけど、割とすぐね。色々あって辞めちゃって。」


「えっ。」




計画通りは、あくまで土台作りまで。

会社を辞めた、って結構な大事なのに、申し開きしないのが逆に不穏だ。




「だから、今勤めてる会社は別。

いつかは地元帰ってこれたらなーとも思ってたし、あれかな?怪我の巧名?」


「えっ。」


「ん?」


「会社辞め───、あ?てか地元?」


「そうだよ。」


「うそだ。大学出たっきり、一度も見掛けなかった。」


「そりゃあ見た目ぜんぜん違うからね。」


「わたしが気付かなかっただけで、すれ違ったりしてた……?」


「してたしてた。」




しかも、地元に戻ってたとか。

そんなこと、ご家族以外に誰も知らなかった。

誰か一人でも知ってたら、噂になって、わたしの耳にも入ったはずだ。


すごすぎる。

五郎の未来と、葉月の過去。

両者が一本の線で繋がらないよう、青春時代を共にした学友をさえ、置き去りにするなんて。

何食わぬ顔で、別人を名乗っているなんて。




「(ずっと、ひとりで、)」




すごすぎる。

悲しいほどに、天晴れである。




「ごめんね。

突っ込みどころは満載だろうけど、ここからなんだ。本題。」




確かに突っ込みどころは満載だけど、やめておこう。

まずは、全容を明らかにすることに集中しよう。




「腰折ってごめん。続けて。」




気を取り直して、わたしとコロちゃんは背筋を伸ばした。


すると二つ隣の席のグループが、急に大笑いした。

せっかく取り直した気を乱されたわたし達は、件の笑いが静まるまで、ソイラテとカプチーノをちびちび飲んだ。




「私ね、正式に女になってから、彼氏できたの。」


「お。」


「期間はバラバラだけど、計3人。」


「お、押忍。」




彼氏。

まさか色恋沙汰が本題だったとは。

そっち方面では身構えていなかったせいで、空手家みたいな返事をしてしまった。




「その三人とは、三人とも、私が元男性ってことを打ち明けて、お付き合いを始めたの。」


「うん。」


「男も女もどっちもアリだって人がいれば、男は無理だけど今が女ならアリって人もいた。

どっちのタイプの人も、私が元男性ってことを踏まえた上で、女として接してくれた。」


「うん。」




"だけど"、と区切ったコロちゃんの唇は、いつの間にか白くなっていた。




「私、としては、純粋に、自分は女で、そうなれたし、いられてると、思ってたの。」


「うん。」


「だけど、彼らにはそうじゃなかったみたいで。」


「うん。」


「付き合ってる内に、本物の女だったらもっと、ああでこうでって、できないことを責められたり、やってほしいことを強要されたりするようになって。」


「うん?」


「最終的には、やっぱり本物の女の方がいいとか、だったら男同士の方が良かったとか言われて、結局三人ともにフられちゃった。」


「は?」




なんだそれ。

元は男性だって踏まえた上で付き合ったんじゃないの?

生まれついての女性と比べたら、多少の差異があるくらい承知してたんじゃないの?


なに、本物と違うって。なに本物って。

なんでそんなこと、よりによって本人に言うの。




「ちょっ、ちょと、ちょっと待って。」


「うん。」


「えと、ん?

その三人、とは、ちなみに何処で知り合ったの?」


「最初のバイの人が、そっち界隈のSNSを通じて知り合った人で……。」


「LGBT界隈?」


「そう。

残り二人はナンパされたのと、知り合いの知り合いみたいな、紹介してもらった感じで。」


「コロちゃんからアプローチしたって人は?」


「一応はみんな、向こうから……。」


「元男性っていうのは、アプローチされる前に伝えてあったの?された後に伝えたの?」


「さすがに、ナンパの時は後になっちゃったけど……。

他二人は、前もって伝えてあったよ。」


「なのにフられるの?

それでもいいって向こうから言い寄ってきたくせに思ってたのと違うって?

てか本物ってなに?」




すっかり血がのぼった頭から、次へ次へと疑問が溢れてくる。

後回しにする予定だった突っ込みが、やめられない止まらない。




「そこ。」


「あ?」


「それ。本題の本題。」




コロちゃんのサーモンピンクのネイルが、テーブルの中央を二回叩く。




「やっぱり、性自認はどうあれ、ずっと男で生きてきたわけだから……。

私が思う女性像と、生まれつきの女性が思う女性像とじゃ、ギャップがあるっていうか……。」


「理想と現実?」


「私は、私の思う理想の女性に、自分がなろうとして。でも、それが違うって否定されて。

じゃあ、本物の女ってなんなのって、自分に何が足りないのって、むしろやり過ぎなのかも自分じゃ分かんなくて、ドツボに嵌まっちゃって……。」




本物の女と違う。

元カレ三人衆とやらが放った暴言の真意を、わたしは問うまでもなかった。


論点をすり替えたんだ。

あれをして欲しい、これをしないで欲しいと、自分の要求ばかり主張するのは格好悪いから、コロちゃんの方に問題があるみたいな言い方をしたんだ。


ただでさえ引け目負い目のあるコロちゃんを黙らせるために、コロちゃんにとって一番痛いところを突いたんだ。




「だから、知りたいの。

世の女性は、なにが当たり前で生きてるのか。」




コロちゃんもコロちゃんで、理想の女性像に捕われてしまったんだろう。


女の人っていうのは、髪が長くて、スカートを履いて、足を広げて座ったりしない。

今のコロちゃん自身が、正にそれを体現しているように。


でもね、コロちゃん。

先天的でも後天的でも関係ないよ。

本物らしい(・・・)女なんて、この世のどこにもいないよ。

わたしだって、スカートは履いても、髪は長くないよ。




「わたしに、教えてほしいってこと?」


「虫がいいのは───。

……なにもかも全部、すごく勝手なお願いだってのは、本当に、思うけど。

正直、他に頼れる人がいないの。」


「教えるって言っても、どうやって?」


「できれば、生活を見せてほしい。」


「わたしが普段、どういう風に過ごしてるかを、えっと、密着?したいってこと?」


「そう。」




お母さんがいるじゃん。

お姉さんだっているじゃん。

カミングアウト出来てるなら、身内に頼んだ方が絶対いいじゃん。


喉元まで出かかった反論を、口内に溜まった二酸化炭素に包んで飲み込む。




「(ずっと、ひとりで。)」




真っ先に身内に頼まないのは、頼めない(・・・・)からだ。


いくら理解があるとはいえ、息子が娘になって、弟が妹になって、戸惑わないわけがない。

お母さんとお姉さんの戸惑いを、当事者のコロちゃんが感じなかったわけがない。




「わたしは、女らしい女でも、平均的な女でもないよ。」


「いいよ。」




その点、わたしは初カノにして元カノだ。

三人の彼氏に加えて彼女はいなかったなら、暫定でわたしが唯一の彼女だった女だ。


わたしは、コロちゃんとゆかりある女の中で、最もコロちゃんに詳しいだろう。

女友達の誰よりコロちゃんの弱さを、お母さんよりお姉さんよりコロちゃんの強さを見ただろう。


コロちゃんの戯れ相手に、わたし以上の適役はいないだろう。




「コロちゃんの欲しいものは、わたしには出せないかもしれないよ。」


「いいよ。」




教えるってことは、隠さないってことだ。

好かれたいと装ってきた皮が剥がされ、嫌われたくないと繕ってきた嘘が暴かれるってことだ。


本当はわたしが、すごくしょーもないやつだって、隅々までバレちゃうってことだ。




「知らなきゃ良かったって、後悔して、嫌になっちゃうかもしんないよ。」


「いいよ。」


「本当に?」


「いいよ。」




耐えられるのか、わたしに。

会って話をする約束だけでも、寿命の削れたわたしに。




「わかった。」




かつて愛した人に、恥も外聞も晒すだけの覚悟が、あるか。






「───じゃ、さっそく。ここ出たらご飯食べいこ。」


「うん。なに食べる?」


「牛丼。」


「え?」


「女は黙って牛丼。」




元カレ三人衆に告ぐ。


お前たちが唾を吐いた、

あの山口葉月を、

この門戸六花が、

最高にダサくて、

イカす女にしてみせる。



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