おもしれーオンナ 2
自称するのもなんだけど、わたしはモテるほうだ。
色白で童顔で背が小さくて、ついでにおっぱいがFカップある。
みんなが憧れる女優さんやモデルさんなんかには程遠いけど、男ウケのいい容姿に生まれたことは早くから自覚していた。
たしか、中学生の頃には既に。
「───六花ちゃん大丈夫ー?顔色めちゃ悪いよー?
いよいよしんどくなったら、オレにSOS出すんだよー?」
「───六花ってなんか危なっかしいつかさ、放っとけないんだよな。
また困ったことあったら、いつでも俺を頼んな。」
「───門戸さんって本当、頑張り屋さんだよね。たまに心配になるくらい。
せめて僕の前でくらいは、弱音零したっていいんだよ?」
おかげさまで、なにかと得をさせてもらってきた。
かわいいから、か弱そうだからって理由で、守ってくれる人、諂ってくれる人が常に周りにいた。
言わずもがな、ほとんどが男の人だ。
「───あいつって表じゃ清楚ぶってっけど、裏ではかなーり遊んでんしょ?」
「そうなん?」
「まー、あの顔と体だしな。さぞおモテになるんでしょう。」
「そういや木下の友達、前ヤッたことあるって。」
「それ言うなら、うちのサークルにも何人かいるぜ。食われたってやつ。」
「まじ?」
ただ、得が多いイコール、損が少ないわけではない。
体感で言えばむしろ、得よりも損だと感じる場面の方が、ずっとずっと多かった。
「なんだよ、結局は友達の友達がーって話ばっかじゃん。」
「実体験のやつ居ねーのかよ。」
「じゃ確かめに行けば?」
「どういう。」
「"お前ヤリマンなんしょ?俺も一発お願いしていい?"。」
「まさかの直談判。」
「やばそれ。」
彼らは、わたしに、門戸六花という人間に興味があるんじゃあない。
色白で童顔で背が小さくて、おっぱいがFカップある若い女という器に、性的な価値を見出しているだけ。
「───ったく、どいつもこいつもさー。
マジ碌な奴いねーのな。」
「───あんま気にすんなよ。
しょせん噂だって、分かってくれる人だけ信じればいい。」
「───他の人がどうかは知らないけど。
少なくとも僕は、僕だけは、君の味方だからね。」
最初は守ってあげたい、支えてあげたいって近付いてくる。
勝手に騎士さま気取りで、自分は不逞の輩じゃないですよって誠実アピールしてくる。
「───そうだ。今度ふたりで飲み行こうよ。
たまにはパーッと、嫌なこと忘れてさ。」
「あ……。」
「こういうのって、同性の友達にも相談し辛かったりするでしょ?
おれ口堅いし、愚痴でもなんでも聞いてあげるよ。」
「そ、じゃなくて……。」
「あ、なんなら一日、どっか遊び行こっか?
駅前に新しい店入ったっていうから、そことか───」
「いかない。」
「え。」
「き、気持ちは有り難い、けど。
男のひと、付き合ってない男の人、と、ふたりで出掛けるとかは、しないから。」
「……なに、それ。」
そのくせ、小細工が通じないとなるや、掌を返す。
体しか取り柄がないくせに、お高く留まってんじゃねーよと、唾を吐き捨てる。
「え、なに?もしかして警戒されてる?」
「………。」
「まさかおれが、遊び行ったそのままホテル連れ込むとか思ってんの?」
「そ、ゆ、わけでは……。」
「いや思ってるでしょ。
おれは純粋に、六花ちゃんの力になりたいってだけなのにさ。
なに?ほんとはずっと、そういう目で見てたわけだ?おれのことそういう男って?」
「だからそういうんじゃ───」
「だいいち、変に思わせぶりな態度とるから誤解されんでしょ。
マジで男除けしたいんだったら、もっと化粧薄くするとか、スカートは履かないとか徹底すりゃいいのに。」
「………。」
「しょっちゅう男に絡まれて困ってますーみたいな顔して、実は結構楽しんでるんじゃないの?」
"あわよくばヤれそうな女"。
"エロいのに清純ぶってる女"。
"彼女にしたらステータスになりそうな女"。
"彼女にするには最高だけど、結婚相手には望ましくない女"。
"かわいい"は、あくまで容姿の話。
"か弱そう"は、支配しやすそうの裏返し。
どんなに壁を作っても、耳を塞いでも、心臓を裂くような雑音は、わたしの中に入ってくる。
「火のないところに煙は立たないんだよ。」
好きでこの容姿に生まれたんじゃないのに。
性的な目で見てくれなんて頼んでないのに。
「───六花さ、最近ジム通い始めたんでしょ?」
「へー、珍しい。」
「なにきっかけ?」
「んー、イメチェンしたいなって思って。」
「イメチェン?」
「どんな風に?」
「こう……。マニッシュ系というか、女っぽさとは逆をいくような……。」
「えー、六花がぁ?」
「想像できん。」
「ていうか、なんでまた急に?今の感じで普通に合ってるじゃん。」
「でも、スカート履いてるってだけで、因縁つけられることもあるし……。」
「つまり男どもに狙われないようにするために、本来の自分を捨てると。」
「そんなん尚更ダメだって。
どんな格好しようと、それはそれで集まってくるに決まってる。」
「お、男がどうとかを抜きにしても、"カッコイイ"への憧れは前からあって───」
「いやいや。」
「いやいやいや。」
わたしだって、本当は、なりたい自分になりたかった。
男ウケじゃなくて、同じ女にモテるような、カッコ良くて強い女性になってみたかった。
下手くそなりに、精一杯、努力したつもりだった。
「六花には似合わないって。」
いいや、もう。
どうしたって、わたしがわたしである限り、わたしの望みは叶わない。
わたしは一生カッコ良くも強くもなれないし、わたしを人として好きだと言ってくれる人も現れない。
「───六花ちゃんて可愛いよなー。」
「───門戸さんて可愛いけどさー。」
道を歩けばナンパされて、電車に乗れば痴漢されて。
気持ち悪い人たちや心ない人たちから、タッチの差で好かれたり嫌われたり、憎まれたりして。
「───男ウケの塊みたいでさ。」
「───女ウケは最悪だよね。」
いつか30歳を越えた頃には、ピークが過ぎたって嘲笑われて。
性的な価値がなくなったら、生きてる価値そのものがないって後ろ指をさされて。
「ま、誰も本気で相手にはしないか。」
そんなのが、わたしの人生に違いないんだって。
「───ここが運命の分かれ道。」
諦めた矢先の王子様。
出会うべくもなかった運命の彼を、秋の風が連れて来てくれた。
「いっぺん捕まったら、次の講演会が終わるまで使いっぱしり確定とのこと。」
「ただでさえクソ忙しい時期に、内申も上がらんボランティアなんぞやってられるか。」
「暇だとしてもヤだよー、奴隷契約ー。」
「私もバイトに穴あけたくないでーす。」
「六花は?」
「わたしも単位いっこヤバそうなのあるから、そっち集中したいかも……。」
「やりたくない!めんどくさい!」
「避けたいのはみんな一緒だ!」
「誰が負けても!」
「恨みっこなーし。」
「いくぞ!」
「じゃーんけーん───」
ゼミの教授に頼まれた、資料整理の手伝い。
みんな面倒臭いからやりたくねーって、じゃんけんで負けたわたしが代表させられた。
別枠で参加していた彼は、教授のお役に立てるならと、自ら申し出たのだという。
「───まったく冷たいな~。
結局キミら二人しか集まらないなんてさ~。」
「あー、はは。みんな忙しいみたいで。」
「忙しい忙しいって、親に学校行かせてもらってる身分でナーニを偉そうに。
大人になったらこんなのザラにあるんだから、今のうちから社会奉仕の経験というものを───」
「まあまあ、先生。
僕一人で三人分働けばいいんだし、さっさと始めて、さっさと片しちゃいましょう。」
これが、わたしとコロちゃんの出会い。
今になってみれば、教授はわたしの恋のキューピッドだったのかもしれない。
「えーと、門戸さんだっけ?
今日からしばらく、よろしくね。」
「あ、うん。」
「僕は───」
「山口五郎くん。」
「あれ、話したことあったっけ?」
「ガッツリとはないけど、名前くらいは、一応。」
「そっか。
じゃあ、僕はこっちからやっつけるから、門戸さんはそっちから始めてくれる?」
「わかった。」
山口五郎くん。
知り合う前から、わたしは彼の存在を一方的に知っていた。
学内では割と有名人だったからだ。
「───じゃんけんかぁ。
井内先生、嫌われてるなぁ。」
「だって報酬ないし、拘束時間長いし、おまけに本人があんな調子でしょ?
好きとか嫌いとか以前に、単純にメリットない。」
「はは。そりゃそうだ。」
「よく自分から"やります"なんて言ったね。」
「言ったっていうか、言わされたんだよ。
お前ならオヤジの扱い上手いし、最低一人は生贄いるなら、お前以外に適任ないよってさ。」
「でもそれで引き受けちゃうんでしょ?お人よしが過ぎるよ。」
「じゃんけん負けたくらいで折れてあげるのも、大概だと思うけど?」
突出しないけど整った容姿で、
主張しないけど地頭が良くて、
手本にすべき優等生だと、教授がよく名前を挙げていた。
女の子にモテることでも有名で、時おり見かける彼は、いつも誰かしらの女の子を連れていた。
オシャレなカフェでお茶していたり、有志を集めて勉強会を開いていたり。
複数の女グループに混じって、男は彼一人だけ、なんてシチュエーションも珍しくなかった。
「───ふぅ。けっこう進んだね。」
「明日には終わるかな?」
「んー。」
「お、もしかして名残惜しい?」
「まさか。やっと普通に帰れる。」
「ふふ、そうだね。
僕はちょーっと名残惜しいけど。」
「なんで?」
「門戸さん、印象よりずっと面白い人だったから。
お喋り出来なくなんの残念。」
「………。
わたしも、そこだけは、悪くなかったかも。」
「おおー、初デレだ。」
「茶化すな!」
「茶化しついでに、連絡先交換してもらえると嬉しいな。
また機会あったら、お喋りしたい。」
「……いいけど。」
きっと相当に女慣れをしていて、侍らせている子たちを取っ替え引っ替えしているんだろう。
みんなはそう噂をしていたけど、わたしはそうは思わなかった。
女慣れも取っ替え引っ替えも、形がそう見えるだけの誤解な気がした。
「───こっちもオタワー。」
「おつかれー。
あとは纏めて、井内先生とこ寄ってフィニーッシュ。」
「やっとだぁー。甘いもの食べたぁーい。」
「いいね。
せっかくだから、パフェでも食べて帰る?」
「いいねー。
あとパンケーキと、別にしょっぱいのも何か食べたいな。」
「でた食いしん坊。」
知り合ってみて、予想は確信に変わった。
「───えっ、岩盤浴?」
「うん。門戸さん行ったことある?」
「あるけど……。
岩盤浴って全身の、ありとあらゆる老廃物吹き出して、歩く三角コーナーみたいなんじゃん。」
「言い方。」
「それを彼氏でもない───、っていうか、異性と行けるってのがスゴイね。
相手の子、気にしなかったの?」
「僕、異性と思われてないからね。」
「またまた~。」
「ほんとだよ。
みんな僕のとこに、恋愛相談やら何やらしに来て、最終的に成就させて巣立っていく。
メンバーの入れ替え激しいのはそのせい。」
「……てっきり、山口五郎ファンクラブ的な集まりなのかと。」
「よく言われる。」
山口くんは、良くも悪くも男らしくない人だった。
たくましい筋肉や、俺に付いてこい的な頼もしさに欠ける反面、気配りに長けていて、みんなが美味しい結末に持っていくのが上手い。
なにより、女の子に対して、自然に足並みを揃えられる。
エスコートしてあげようって遜るんじゃなく、女の子特有のコミュニティーを本心から楽しめる。
「───もういい?」
「ああ、うん。待たせちゃってごめんね。」
「やっぱバレてた?」
「僕はね。
あの子は気付いてなかったみたいだけど。」
「………。」
「なんか言いたそうな顔。どうぞ?」
「……しょせん僕は当て馬とか、対象に見られてないとか言ってたくせに。
がっつりモテてるじゃあないですか。」
「そりゃあね。
一人もそういう子いないとは言ってないしね。」
「否定しないんだ?」
「しないよ。肯定もしない。」
「どゆこと?」
「確かに僕はモテるほうだけど、みんなが好きなのは、みんなに優しい僕だもの。」
「なんでそれが肯定しない、になるの?」
「だって、作ってるから。
僕は根っからの善人じゃなく、優しいのもスマートなのも、ぜんぶ作り物だから。
作り物を好きって言われるのはノーカンでしょ。偶像崇拝ってやつ。」
「だからそんな、嬉しそうじゃないの?」
「もちろん、好きって言ってもらえるのは嬉しいよ?
それ以上先には進展しないのが、申し訳なくて、なんだかなってだけ。」
なるほど。
どうりで、彼を慕う女の子が後を絶たないわけだ。
納得すると同時に気付いた。
彼は、わたしと同じ人種なんじゃないか。
わたしと彼とでは人間の出来が月とスッポンだけど、印象と実体が異なるという点では同じ。
男食いを囁かれるわたしが、実は一度も交際経験のない生娘であったように。
ただ彼の場合、女食いの悪評が広まっても平然としていた。
言いたいやつには言わせておけ、ってな風で。
どうしたら、そんなに強く意思を持てるのか。
わたしにも彼の半分、三分の一でも胆力があれば。
観察すればするほど興味深くて、興味はいつしか好意へと昇華していった。
「───本気?」
「本気。」
「僕が本当はどういうヤツか知ってて?」
「知ったから余計に、なんか、うん。」
「………。」
「素の一面、みたいなの見せてくれたのも、わたしのこと純粋に、友達だって思ってくれてるから、ってのも分かってる。
誰とも恋愛する気ないって聞かされた後で、こんなことすんのは野暮だってことも。」
「………。」
「付き合ってほしいとは言わない。
ただ、わたしは山口くんを好きになって、それがすごく嬉しかった。
だから、山口くんの存在ありがとうって言いたかった。」
「日本語ヘタクソかな?」
「うん。おかしいこと言ってごめん。
これが、今のわたしの精一杯。」
「そっか。
ついでに、僕もおかしいこと言っていい?」
「え?」
彼を好きな女の子は、わたしの他にもたくさんいる。
振り向いてもらえなくてもいい。
二度と気安く話せなくなってもいい。
わたしに感銘をくれた感謝だけでも、伝えさせてほしい。
本気で好きになった相手は、自分から告白までした相手は、彼が初めてだった。
正真正銘、初恋だった。
「僕も、君に出会って気付いた。
僕の好きな人って、どうやら君みたい。」
幸せだった。
今まで失敗続きだったのはきっと、彼と結ばれるための修業だったんだって、消化できるくらいに。
「───お昼どうしよっか。」
「わたしお肉!」
「僕お魚。」
「割れたな。」
「割れましたな。」
「今日どうする?こないだはジャンケンだったし。」
「あっち向いてホイにしようか。三回勝負。」
「いいよー。
ホイホイのホイにしてやるわ。」
「なんて?」
「───香水変えた?」
「お、さすがー。オニュースメェル。」
「無駄に発音いいな。
香水のほうもイイ感じ。僕的にも好み。」
「ほんと!
前のも気に入ってたけど、こっちのがコロちゃんと相性いいかなって思ってさ。」
「まさしくだね。
なかなかドンピシャの香りに出会えることってないもんなぁ。」
「いっしょ使う?」
「え?でも……。」
「一個多めにストック買っといたから、まずそれ貸したげるよ。
違和感あったら残りわたし使うし、気に入ったんならそのままあげるし。」
「さすが。」
女なのにって呆れないでくれる。
女のくせにって怒らないでくれる。
彼の好みじゃない服を着たら、センスがいいって褒めてくれる。
彼の好みの服を着たら、気遣いが嬉しいって喜んでくれる。
わたしを構成するそれぞれを分けるんじゃなく、わたしを構成するそれぞれを愛してくれる。
「───トーロちゃん。」
「なーあに。」
「今日も可愛いよ。」
「ムッププゥ~。コロちゃんも可愛いよぉ~。」
こんなひと、他にいないよ。
こんなに優しくて、温ったかくて、こんな人になりたい人を、わたしは他に知らないよ。
「トロちゃんくらいだよ。僕のこと可愛いなんて言うの。」
「ウッソだぁ。エブリデイチヤホヤされてるじゃん。」
「顔の造形の話だよ。
トロちゃんのは、そうじゃないでしょう?」
「うーん。ま、そっかぁ。
全部ひっくるめて可愛い人だぁ、って思ってるよ。」
「うん。わかってる。」
あなたと過ごした毎日は、かけがえのない宝物。
たとえ偽りだったとしても、わたしのためにと偽ってくれたあなたの労りを、わたしは忘れないでしょう。
「あんま男の人に可愛いって言うの良くないって、分かっちゃいるんだけどね。」
「そんなことないよ。」
「そう?」
「僕は、他のどんな称賛より、君からの可愛いが、一番嬉しいよ。」
わたしの力じゃ、あなたを理想の自分にはしてあげられないけれど。
あなたが少しでも満足のいく自分になれるよう、影ながら祈っているよ。




