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17/30

おもしれーオンナ1

*あらすじ

門戸六花には自慢の彼氏がいる。

優しくて、格好良くて、そこらの男とは一味違う特別な人。

そんな彼と何度とないデートの折、待ち合わせ場所に現れたのは、美しい女性だった。

女性の正体は女装をした彼で、困惑する六花に彼は言った。

自分は、女になりたいのだと。


彼氏と久しぶりの街ブラデート。

目一杯おめかしして駅前で待ち合わせていたら、少し遅れると謝罪の連絡があった。


いつも15分前には先回りしている彼なのに、珍しいこともあるもんだな。

もしかして体調を崩して、でも久しぶりのデートだからって、中止を言い出せないのかな。


心配しながら引き続き待っていたら、約束のきっかり10分後に彼は現れた。

現れた瞬間に、どうして今日に限って遅刻をしたのか、理由が分かった。




「お待たせ。」




女装をしている。彼が、女の格好をしている。

それも、文化祭のノリとかでやっちゃうような、なんちゃって(・・・・・・)のレベルじゃない。


たぶん下ろしたてのワンピースを着て、たぶん流行りを勉強したウィッグを被って、たぶん今日が初めてではないメイクを施している。


なにより仕種が、完全に女性のそれだ。

歩き方も、語尾の抜け方も、瞬きや息遣いのひとつを取っても。


女装じゃない。単なる装いなんかじゃない。

全身全霊で女になりたいと意識しなければ表せない、女性性のそれだった。




「ごめん。びっくりしたよね。」




ドッキリとかサプライズとか、可能性はいくつか浮かんだ。

いくつか浮かんで、いつもの彼と照らし合わせて、ぜんぶ違う気がした。




「とりあえず、二人になれるとこ、行こっか。」




二人きりになりたい。

とっさに口を衝いたのは、下心丸出しのおじさんみたいな台詞だけ。


せめて平静なフリを。

とっさに判断できたのは、自分の動揺を悟られてはいけないということだけだった。




**


予定にあったウインドウショッピングは、急きょ取り止め。

二人きりになれる場所として、わたし達は最寄りのカラオケ店へと移動した。




「なんか歌う?」


「いい。」


「そう。」




個室に入ってからも、わたしはなかなか本題を切り出せなかった。


暗めに設定したライトや、端っこが破けたソファーや、モニターの中でなんか喋ってる知らないバンドマンたち。

カラオケならではの空間を前に、あの日あの時は楽しかったの思い出ばかりが、走馬灯のように流れて消えていった。




「そっちから聞きにくいだろうから、僕から言うね。」




そこは普通になんだな。

意を決してというよりは、どこか観念した様子で、彼は話し始めた。




「なんで急にこんな、女の人の格好をしてるのか。」


「うん。」


「君にとっては急かもしれないけど、僕にとっては実は、急じゃあないんだ。」




この先の展開が読めない。

違う。読める。読みたくない。

この先に彼が何を言うのか、わたしには分かる。

この先の私達がどうなっていくのか、わたしには分かる。




「本当は僕は、僕じゃないんだ。」




読めないんじゃないの。読みたくないの。

読んだ先のビジョンが、現実になってほしくないの。




「生まれついた性別は男のものだけど、それは生物学上ってだけで、僕自身の気持ちは違うんだ。」


「うん。」


「僕は、本当は、」


「うん。」


「女性に、なりたいんだ。」




なりたかった(・・・・・・)と、過去形ではなく。

なりたい(・・・・)と、現在進行形なのは、つまり。

つまり、そういうことなんだ。




「いつからなのか、聞いていい?」


「いつから……。」


「わたしと付き合う前から?

もっとずっと、子供の頃から?」


「子供の頃、から、違和感みたいなのはあったけど。

はっきりと自覚をしたのは、割と最近かな。」


「わたしのせいとか───」


「それはない。せい(・・)とかは有り得ない。

君が悪いとかは、そういうのでは絶対にないから。」




きっと彼は、一生分の勇気を振り絞って今、ここにいる。

他にも色々、ずる賢い手段をとろうと思えば出来たはずなのに、わたしに正直でいることを選んでくれている。




「酷なことを言うようだけど。

君にはむしろ、感謝してるんだ。」


「感謝?」


「僕に、本当はどんな自分になりたいかって、気付かせてくれたこと。」


「今の、その姿の自分が、なりたかった自分?」


「……本当の本当は、体もぜんぶ、」


「体もぜんぶ、女になりたい?」


「そう。」




だから、泣くな。

彼が必死に、涙を堪えて、話してくれているんだから。

ただの私が、ただ泣くな。




「じゃあ、女として、男の人と付き合ってみたい?」


「……なくは、ない。」




当たっちゃった。

外れてほしかったビジョンが、現実になっちゃった。




「信じてほしいんだけど、君を好きな気持ちは嘘じゃないよ。

ずっと、本心で、君を好きだよ。」


「うん。」


「でも、君が好きになってくれたのは、の方ので。

どうしたって、今までどおりの関係じゃいられないってことも、分かってる。」


「うん。」


「そういうのも全部ひっくるめて、覚悟の上で、話した。」


「うん。」




本当はもっと、たくさん、言いたいことも聞きたいこともあった。

後生だからドッキリであってくれと、何度も願った。


でも、何を言っても何を聞いても、何度願ったとしても。

もう、かつてのコロちゃん(・・・・・)は居ないし、かつてのトロちゃん(・・・・・)には戻れない。

もう、あの日あの時の楽しかった思い出は、思い出にしかならないんだ。




「今日はもう、バイバイした方がいい?」


「ごめん。」


「先出る?後がいい?」


「あと。」


「わかった。

お金、ここ置いとくね。」




二人分の料金をテーブルに置いた彼が、席を立つ。

ふわりと香ったのは、女物の、フローラル系の香水だった。




「コロちゃん、」


「うん?」


「話してくれて、ありがとう。」


「……うん。

聞いてくれて、ありがとう。」




彼が個室を出ていく。

モニターの中のバンドマンが、新曲のおすすめポイントを教えてくれている。




「牛丼でも食べて帰るかぁ。」




受付をした時に店員さんに渡された、サービス向上のためのアンケート用紙。

"何名様でいらっしゃいましたか"の項目には、女性二人と書いておいた。






***


性別適合手術を受ける計画を立てたこと。

それに伴って、戸籍も変えるつもりでいること。

身も心も女性になった暁には、女性としてのあれこれを、一通りやってみたいこと。


カラオケでのカミングアウトを経た後も、わたし達は話し合いを重ねた。

せめて傷が浅く済むように、互いが飲み込めるギリギリの消去法を探して。




「───さすがに、情報量多い、よね。」


「さすがに。」


「小出しにした方がいい?」


「いい。

どっちにしたって、どうにかなるものじゃないし。」


「そうだね。」




彼は、何かを言うたびに、"ごめんね"と付け足した。

騙していてごめん、裏切ってごめん、山口五郎のままでいてあげられなくて、ごめん。




「大学は?どうするの?」


「卒業までは男で通すよ。」


「まだ一年あるよ?その間ずっと辛抱するの?」


「見通しが立っちゃえば平気。

それに、手術も、戸籍の変更も、一朝一夕でカタつくことじゃないからね。

この一年は、下準備の期間にするつもり。」


「そっか。

しっかり、計画してるんだね。」


「ごめん。」


「謝んなくていいってば。」


「うん。ごめん。」




謝るのは、わたしを切り捨ててでも通さねばならない信念がある証拠。

わたしが情に訴えたところで、左右されるものではないことを意味していた。




「僕は、恋人の関係じゃなくなっても、トロちゃんとは繋がっていたいよ。

一対一の、対等な、人間として。」




最終的な結論は、恋人関係の解消。

これきり会えなくなるわけじゃないけど、キスもエッチももうしない。

手を繋いで歩くこともない。


平たく言うなれば、"お友達に戻りましょう"、というやつだ。




「───最近あんま彼氏といないよね。喧嘩でもした?」


「喧嘩っていうか……。」


「え、もしかして別れの危機?」


「危機っていうか……。」


「うっそなんで!?めっちゃ仲良かったじゃん!」


「公認のカップルだったのに!」


「コラ!傷心の乙女に追い撃ちをかけるな!」


「あんたが一番声でかい!」




当然、悲しかった。

引き止められるものなら、そうしたかった。




「(公認の、カップル)」




反面、カミングアウト自体は、すんなり受け入れられた。

どうしてだろうと考えて、そういえば過去に幾つものヒントが散りばめられていたことを、段々と思い出した。




"───トロちゃんってアダ名はさ、どこから来たもんなの?"


"由来?"


"お寿司のトロが好きとか?"


"違う違う。や、トロは好きだけどね?

中学ん時の友達が付けてくれたやつで、普通に本名もじっただけ。"


"でも本名……?"


"門戸もんと六花ろっかって、ゆっくり言ってみて。"


"もんとろ(・・)……。

───あ、トロ(・・)。"


"そゆこと。"


"なるほど。かわいい響きだよね。

本名の方はなんか、苗字と合わすと四字熟語みたいに聞こえるけど。"


"よく言われるー。"


"でもいいなー、一発で誰か特定できるしさー。

僕もなんか、欲しいなぁ。"


"みんなからは、ぐっさん(・・・・)とかって呼ばれてなかった?"


"んー。まあ、それもアダ名っちゃあアダ名だけどね。

山口姓って大体ぐっさん呼びだから、ぐっさん単体だと、どの山口なのか混乱する時あったりして。"


"あー、大学ウチけっこう山口多いもんね。

この際だし、わたしが新しく付けたげよっか?"


"いいの?"


"センスないけどね。どんなのがいい?"


"そうだなぁ。

せっかくだし、お揃いっぽいのだと嬉しいかな。"


"お揃いかぁ。だったら───。"




"山口五郎"。

いかにも日本男児な名前が好きじゃないって、付き合いたての頃ぼやいてた。

"キャラクター"云々とかって彼は説明してたけど、実際の主語は"ジェンダー"だったわけか。




"───えー!予想外!"


"でしょ?いいリアクションをありがとう。"


"でもなんで急に女装?

去年フツーに吸血鬼てか、カッコイイ系だったじゃん?"


"去年がカッコイイ系だったからだよ。

毎度同じ系統じゃつまんないでしょ?"


"謎な思いきりー!

えっえっ、じゃどうする?本格的にやる?化粧とか。"


"その方が面白そうだよね。"


"わたしやったげる!"


"えー?不安だなぁ。"


"なんでー!"


"だってトロちゃん、自分がまず化粧っ気ないじゃん。"


"そう見えるような化粧なの!ナチュラルメイクはパンダメイクより高等テクニックなの!"


"熱量。"


"ね、ね、絶対うまくやるからやらして!ね!

コロちゃん素材いいから、そこらの女よりバチクソ美人なるよ!"


"そこまで言うなら、お願いしてみようかな?"




交際二年目のハロウィン。

今年はどんな仮装にしようかって、彼が選んだのはナース服だった。

私がポリスだからミニスカ合わせって茶化してたけど、普通に着てみたかったのかもしれない。




"───どした?元気ない。"


"ンムー……。"


"なんだよぉ、なんかあるだろぉ、その顔はぁ。"


"……あのさ。"


"うん。"


"ちょっとウザいこと言ってもいい?"


"いいよ。なに?"


"前にさ、友達の買い物付き合ってあげたって話さ、してたじゃん。"


"うん。"


"それさ、全然いんだけどさ。"


"うん。"


"できれば二人きりはやめて欲しいっていうかさ。"


"うん。"


"コロちゃんが誰と遊ぶかは、コロちゃんの自由にしていいんだけど。

次からはなんていうか、女の子相手の時はせめて、グループ行動とかにして欲しいっていうか。"


"ふふっ。"


"なんでわらうのー!"


"一生懸命、言葉えらんでるなって。"




男友達より女友達のが多かった。

他の女と二人きりで遊ばないでって私がしょげたら、トロちゃんの心配することはしないよって笑った。

弁えるって意味じゃなく、事実いらない心配だったみたいだ。




"ほんと、トロちゃんは可愛いなぁ。"




そっか。

ちょっとずつでも、彼はサインを出してくれていたんだ。

だからわたしは、突然のカミングアウトだったにも拘わらず、突然さを感じなかったんだ。






"僕が女の子だったら、トロちゃんみたいになりたいな。"




嫌、だったのかな。




"───コロちゃんって不思議だよねぇ。"


"唐突だねぇ。"


"いつもたまに思う。"


"どっち?"


"わたし、男の人関連でいい思い出ないからさ。警戒から入っちゃうのがデフォなんだけど。"


"前も言ってたね。"


"コロちゃんからは、男特有のな感じが全くしないっていうかさ。

初めて会った時からなんか、この人は違うって思ったんだよね。自然と。"


"それって僕が男らしさに欠けるってこと?"


"あ、や、悪い意味じゃないよ?

優しいなーとか、知的だなーとか、そういう。"


"わかってるよ。

ちょっと意地悪しただけ。"




手を繋ぐのも、キスするのも。

自慢の彼氏ですって、わたしがみんなに自慢するのも。




"───いつまで触ってるんですかー。お金とりますよー。"


"だって超スベスベなんだもーん。

女のわたしよりピチピチとか許せねー。"


"努力の賜物さ。"


"いつからなんだっけ?大学入ってから?"


"脱毛は大学からだけど、肌の手入れ自体は高校からやってたよ。"


"意識タッケー!"


"そう?今時は普通でしょ。

化粧水くらいだったら、男でも皆やってるし。"


"脱毛までは、まだ少数派だって。"


"ツルスベの男はお嫌いですか?"


"コロちゃんならツルスベでもボーボーでもアリ寄りのアリです!"




エッチだって、心と体の二律背反で、相当しんどかったはず。

わたしのためにって無理して、裏で精力剤飲んでくれてた、とか。




"山口くん。"




ずっと、気付かなかった。

違う。気付いてた。気付かないフリをしていた。


もしかして彼は、女の子になりたいのかもしれない。

彼が出してくれていたサインを、わたしはちゃんと拾っていたくせに。




"五郎くん。"




騙されていたなんて、裏切られたなんて、思うわけない。

こんな形になってしまったのは、わたしのせい。

彼に、わたしの理想とする男性像を演じさせてしまったせい。




"コロちゃん。"




わたしの無意識の言動が、どれほど彼を傷付けてきたか。

かつての思い出の数々は、彼の犠牲の上に成り立っていた。




「───なんだかんだ、あっという間だったね。」


「うん。」




大好きなコロちゃん。

わたしの一等賞だったコロちゃん。

たとえ女性に生まれ変わっても、わたしはあなたを嫌いになったりしない。

嫌いなのは、わたしが、わたしを。




「連絡するから。」


「そう。」




熱が冷めたとか、他に好きな人が出来たとか。

ありきたりな理由ならまだしも、彼氏が女になる未来は、やっぱり受け入れられなかった。




「またね。」


「バイバイ。」




ごめんね。

お友達には、やっぱり戻れない。



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