ほろ酔い
夕方に入ったいつもの居酒屋は、空いていた。
馴染みのこともあり、8人掛けのテーブル席を2人で占領したところで、咎める人はいなかった。
シロガネさんは、「ははははは」を笑って、グビグビ、ビールを飲んだ。
私も同じように「ははははは」と笑って、ジョッキを傾けた。ビールはよく冷えていて美味しい。
「だからさー、コロッケにはソースが合うんだって」
シロガネさんは、たわいもないことを話ながら、またビールをグビグビ飲んだ。
名前のとおり、色が白いシロガネさんだが、今日は少し頬が赤い。
すでに酔っているのかもしれないし、今日は日差しが強かったから、日焼けしたのかもしれない。
今日のシロガネさんは、薄い水色のワンピースを着ていた。裾には薄い黄色の花柄がプリントされていて、彼女が足を組みなおす度に、裾の花がふわりと揺れた。きちんと化粧もして、よそゆきのシロガネさんだ。
そんなよそゆきのシロガネさんは、また「ははははは」と笑って、鯵の南蛮漬けを口にほおり込み「美味しい、美味しい」とビールをグビグビやった。
シロガネさんは、恋をしていた。
相手は、取引先の人で、SEだかATMだかそんなことをやっている人だ。
「週末、デートに誘われた」職場の昼休憩の時に、シロガネさんは少し口を尖らせながら、ぼそりと言った。
少し口を尖らせるのは、シロガネさんが喜んでいる時のクセだ。
「そっか、いいじゃない。行ってみれば?」私は、それに気づかないふりをして、返した。
「ふぅーん」シロガネさんは、なんだかよくわからない返事をした。
よそゆきのシロガネさんは、待ち合わせの場所に少し緊張しながら行ったことだろう。
だけど、彼は来なかった。
ただ、それだけのことだ。
「シロガネさん、このタコの唐あげも美味しいよ」
私は、タコの唐あげをムシャムシャ食べて、グビグビをビールを飲み、「はははは」と笑った。
タコの唐あげは何もおかしくないが、私たちは「美味しい、美味しい」と言いながら、「はははは」と笑った。