二頭身
帝国を目指して歩くこと三千里、ってことはないけど、だいぶ歩いた。
「ゾンビ」はそろそろ美味しくなくなって来たため、作業ゲーが続く。
というのも、出る数が少なくなってきた事が不味くなる原因に当たる。
「ゾンビ」は、単体だと美味しくないのだが、集団で襲いかかって来るため、少ない経験値が蓄積されてまとまって入ってくるのだ。
だから、今は美味しくない。
出てきたとしても5体ほどだからだ。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
相変わらずバレンシアは泣き叫んでいるのだが。
昨日、【恐怖耐性】ゲットしたじゃんか。ちゃんとonにしてる?働いてないんじゃない?
「してるんじゃぁぁ!!けどぉ、けどぉぉ!!!」
それでも効果が現れない、と。…ドンマイ。
私にはお手上げだ。
個人的にはバレンシアが喉を潰さないかどうかが心配だよ。だってずっと叫びっぱなしだからさ。
声が枯れそうだなって。
え?幽霊だから関係ないって?
…そうですよね。
その通りです。
出現した「ゾンビ」もあらかた片付き、目を赤くしたバレンシアを奮い立たせて歩き始める。
こんなに「ゾンビ」がいるのなら、格闘技を使ってみても良さげだ。
格闘技って言っても何をやったらいいか分かんないからとりあえず殴っておこう。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「そぉい!」
「ぁぁぁっっ!!」
ボロっと「ゾンビ」の頬が崩れ、体が回転しながら飛んでいった。
そう言えば、アンデッド系って脆いんだった。脆いけど再生力があって、効果のある属性で攻撃しない限りは無限に立ち上がり続けるんだった。
でも、ここは【神域拡張】の範囲内。
再生するまもなくグッバイだ。
うん、これはこれで倒しやすい。
「バレンシア!これ素手なら行けそう!」
「近寄るな!るし、その鎧の右手を見よ。肉片が付いておるではないか!!」
「大丈夫大丈夫ー!もう少しで消えるよー!」
「近づくなと言っておろう?止まるのじゃ!」
ジリジリと近づいてはバレンシアが離れていく。
近づいては離れていく。
「あ!UFO!」
「なに?ゆーふぉーとはなんじゃ!?」
指さした方向を見上げるバレンシア。
その隙に走り出し、間を縮める。
それに気づいたのか、バレンシアも脱兎のごとく駆け出した。
「貴女ぁ、待ってぇ〜!」
「るし、気持ち悪い喋り方をするでない!そして近づくのは止めるのじゃぁ!」
ここが砂浜だったらキャッキャウフフの展開になるはずなんだけどね。
傍から見たら美女を追いかける不審な鎧プレイヤーだ。通報されたら大変だ。
「るしさん、何やってるんですかい」
「浜辺のキャッキャウフフ?」
「…分かんねぇ」
アルザスにはちょっと分からないかもね。心の目で辺りを砂浜に変えればあら不思議。気分は浜辺で追いかけっこしているカップルに。
「きゃぁ!」
必死に逃げるバレンシアが「何か」に躓いて盛大にコケた。
「バレンシアつーかまーえた!」
「うわぁぁぁぁぁん」
とりあえずバレンシアを確保して、と。
「何か」をまじまじと観察する。
普通はなんだ、ただの石かよ程度で済ますところなのだが、これはどう見ても石ではない。
人の頭だ。フサフサな髪の毛がある。
モコモコッと土が盛り上がり、顔が地面から出てきた。…プレイヤーか?
変態なプレイヤーさんなのか?
とにかく引き抜いてあげないと。
「きゅーん」
あ、可愛い。早く地面から引き抜いてあげないと。苦しいだろうに。
頭を掴み、思いっきり引っ張る。
スポッ
「あ」
首が抜けたぁぁぁあ。
え?え?えぇぇぇ?
まさか、PKしちゃった的な?
うわぁ、やらかしたァァァ!!
「きゅーん」
持ち上げた頭からまだ声が聞こえる。…これが最後に聞く彼の声か。ごめんなさい。
「きゅーん」
「るし様、その生き物を貸してくださると幸いです。えと、駄目ですか?」
え、モンスター?
マーカーを見ると確かに赤色だ。
よく見ると首が少し伸びていてその先から足が生えてきている。
…これが俗に言う二頭身か。
本物は初めて見たよ。
とにかく、ここは【鑑定】を使ってみよう。
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種族 アッシー ☆4
Lv14
HP 430/450 MP 320/320
アクティブスキル
・小躍り(ステップを使って相手のMPを吸収する)
・俊敏力上
・蹴り技
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危なくないモンスターなのかな?
テキーラが欲しがっているし、あげよう。
「ありがとうございます。大事にします!」
ホクホクした笑顔で「アッシー」を天に掲げている。
満足したのなら何よりです。
「きゅーんぎょぎゅぇ?! 」
そんなほのぼのとした空気をぶち壊すようにテキーラの腕の中にいる「アッシー」がいきなり奇声を発した。
みるみる口が裂け、目が充血していく。グロイグロイ。さっきまであんなに可愛らしいお顔をしていたのに、今や見る影もない。
テキーラは恐怖を感じたのか、「アッシー」を放り投げた。
「アッシー」は猫のように身軽に着地し、こちらを睨んでくる。
そして、
「あたし、綺麗?」
と一言言った。
「アッシー」は口裂け女でしたかー!
うわぁ、こわいこわい怖い!!
ここは何て答えればいいんだ?
→▲ポマードポマードポマード
▲綺麗です!はい!
▲え、普通じゃね?
▲てか、女の子だったの?
この四択が「アッシー」との戦闘が始まるかどうかを左右する。ど、どれを選べばいいんだ。結局はどれを選んでも同じ気がしてしょうがない。
▲ポマードポマードポマード
▲綺麗です!はい!
▲え、普通じゃね?
→▲てか、女の子だったの?
カーソルを下げるがぶっちゃけどれでもいいんだよね!ここは、第5の選択肢を取るしかないようだ。…ナンパだ。
「お姉さぁん。お姉さんはご飯にかけるものは納豆派?それともオクラ派?ちなみに私は納豆派」
「アタシ、キレイ?」
駄目だぁあ。全っ然通じてねぇ。私の渾身のナンパギャグがぁぁ。
戦闘に持ち込んでしまったらテキーラが悲しみそうだ。だから、そんな真似は出来ない。
考えろぉぉ。考えるんだ、私!
いや、感じろぉぉ。女性が言われて1番嬉しいことを。
告白か?告白なんじゃないのか?
→▲ずっと前から貴方のことが好きでした。
▲一目惚れしました。
▲ごめん、タイプじゃないんだ。
▲私、好きな人がいるんだ。
ど、どれにするべきなんだ。ベタに第一選択肢をとるべきか?
「るしさん、何やってんですか」
「ごめん、ちょっと真剣に悩んでるから静かにして」
どれを取れば戦闘にならずにすむのか。
倒したらテキーラが悲しむだろうし、迂闊なものは選べない。周りには仲間がいるし、目の前の「アッシー」に思ってもいないことを言えば、絶対に後でからかわれるだろう。
それは嫌だ。ということで、私は私の心に従う!
「ごめん、タイプじゃないんだ」
「…きゅぎょぅヴぇ!?」
「アッシー」はその言葉を受け止め、牙を剥き出しにした。…やっぱり、こうなるのか。
私達は結局争い合う運命にあるんだ。
仕方が無いことだ。
「アッシー」が強靭な脚力を使い、私の喉笛を狙って地を蹴った。
だが、その攻撃が私に届く寸前で、ガシリとその短い足をテキーラが掴んだ。
そして、一気に首筋に噛み付く。
「きゅーん…」
美味しそうに「アッシー」の血を吸い、首元をしゃぶっている。
その姿は正に吸血鬼としか言いようがないほどに妖艶だった。
そして遂に、「アッシー」のHPバーが無くなり、金色の粉に変わっていった。
テキーラは名残惜しそうに「アッシー」がいた場所を見つめ、チロリと唇に残った赤い血を舐めた。
ピロリん。
『るしのLvが上がりました』
『“ジン”のLvが上がりました』
『“ウォッカ”のLvが上がりました』
『“バレンシア”のLvが上がりました』
『“ベルモット”のLvが上がりました』
たった一体でLvが上がるとは…。コヤツ、さては膨大な経験値を身のうちに秘めてやがったな?
次からは集中して狙っていこう。
ところでさ、テキーラにとっての「アッシー」は何だったのだろうか。結構嬉しそうに抱えていたから、てっきりペットにでもするのかと思ってた。
「…テキーラ?あのさ、アッシーって大事なものじゃなかったの?」
「はい。大事なものです。飢えを抑えるには重宝する逸材でした。血も美味しかったです!…あ、るし様も食べたかったんですか?すみません、私ドジだから全部食べちゃって…」
「べ、別にいいよ!テキーラが美味しかったならそれでいいんだ」
テキーラにとっての大事なものって携帯食料の事だったんだね。今まで私が悩んでいた時間を返して欲しいよ。
まぁ、過ぎた時間は返ってこないから、心の中で愚痴を零すしかないんだけどね。
「るしー暗くなってきたらあっちの方が明るくなったよー?」
ジンの指した方向に目を凝らすと、確かに明るい。きっと、あそこが帝国なのだろう。目に見える範囲にあるのだからきっともう少しで着くに違いない。
もうひと踏ん張りだけど、今日はもう遅いからユニオンハウスに戻ろう。
私は学校が休みだけど、アルザスには現実での仕事があるからね。無理させちゃ悪い。
てことで、帝国は明日に持ち越しだ。
…「アッシー」に逢えるといいな。




