神=運営に祈ろう。
大会一日前にも関わらず、私達は今、教会にて神に祈りを捧げている。
時は3時間前に遡る。
ギルドクエストの掲示板にはいつも通り人が溢れかえっている。
いや、いつも以上に、だろう。
さすが大会一日前だけあって、プレイヤーの数が多いのなんの。
私も討伐系のクエストいっぱい受けて、明日に備えようかな。
そんな中、新しいクエストが貼られた。
私はそのクエストを見た瞬間、光の速さで紙を奪い、受付に持っていった。
クエストの内容はこうだ。
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熱心な信徒を募集しています。教会内の掃除、神への祈りを共に捧げましょう。
報酬…【生活魔法】の書。
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報酬が美味い。
美味過ぎる。
以前アリシアさんが言ってた、クエストで貰える魔法だろう。
受注を済ませてさっさと行こうではないかっ。
雑務クエストだし、早く終わるだろ。
んで、残りの時間はLv上げに専念すればいい。
「るしー。鎧のままでいいのー?」
「あ、そだね。2人のもアイテムボックスにしまうからちょうだい!」
「おう。ほらよ。」
2人の装備と私の防具をアイテムボックスにしまい、教会へ行く。
場所はだいたい分かる。
ダンテスさんのお店の近くで見たような気がするからだ。
コンコン
教会の扉をノックすると、
「はーい。」
修道服を来た女の人が出て来た。
「あの、クエストを受けてきたのですが。」
「あら!かっこいいお兄さんと可愛い2人の子供さん?ですね。今回はクエストを受けていただき誠にありがとうございます。早速ご案内いたしますので、私についてきて下さい。」
「分かりました。」
教会内は想像と全然違っていた。
あの神聖な気配を感じるような空間ではなく、蜘蛛の巣や、埃に塗れた場所だった。
壁にムカデが這っているのを見て、帰りたいという気待ちが芽吹いてくるが、それをグッと押し込む。
あのムカデの足…ヤバイよね。
うん、ヤバいって。
「あの、なんでこんなにも汚れてしまっているんですか?」
修道女さんは足を止めて、
「それはですね、ここで働いているのはもう私しかおらず、そんな私はお掃除が苦手中の苦手なんです。ふふ。」
「…そうなんですか。」
いや、ふふ、じゃないでしょっ。
ここまでした犯人は貴方でしたかっ!
ちょうど十字架の真下まで来たところで、
「ここで少しお待ちください。地下から掃除道具を持ってまいりますね。」
と言って、奥の方に歩いていった。
天井を見上げると、小さな黒い物体が電気に纏わり付くように、うにょうにょ動いているのが見える。
「うぅ…。」
「るしー。元気だして?僕が炎であの虫焼く?」
「いや、それだと跡が残るだろ。ここは俺の出番だな。」
ウォッカは覚えたての魔法を発動させる…のだが、手のひらに現れただけですぐに散開してしまう。
「あれ?おかしいな。」
「お待たせしました。皆様、不思議な顔をしてどうされたのですか?」
私達は今起こった出来事を修道女さんに伝えた。
「あぁ、なるほど。教会内では、地下に設置してあるサークルのお陰で、魔法が使えないようになっているんですよ。確か理由は、神聖な場所を魔法で崩されないように、だったと思います。」
崩されないように…ってことは、崩そうとする輩がいるってことなのかな?
「では皆様、お掃除お願いします。私は外であそ…お買い物をしてきますので。」
そう言って修道女さんはそさくさと外にお出かけに行った。
今絶対遊びに行くって言おうとしたよねっ!?
まぁ、依頼を受けたのは私達だし、ちゃちゃっとやりますか。
掃除道具を握る。
学校にあるような普通のTの字箒だ。
これでどうやって天井を掃除しろと?
最初にすべきは天井のゴミを床に落とすことなんだけど。
教会だから、天井が高く、三角型のようになっている。
あんなに高いとこに手が届くはずがない。
ということで、地下に行って、サークルを消しに行こうと思う。
「2人とも、地下に行ってサークル消したら魔法使って綺麗にできるよ!」
「おー。簡単だねー。」
「消したらまた書き直せばいいだけだもんな。るしは頭がいいなっ。」
2人の許可もとったことだし、早速地下に下りよう。
修道女さんは地下から持ってくると言って、奥の方から掃除道具を持ってきた。
ということは、地下は奥の方から行けるということだ。
奥の方に進むと扉があり、それを開くと、地下に向けての階段があった。
壁沿いには松明がかかっており、パチパチッと音をたてている。
「怖っ。2人とも、先行かない?」
「「無理。」」
「ですよねー。」
こうして、私が先頭に立ち、恐る恐る階段を下りて行った。
松明は、隙間風に煽られて、不気味に揺れている。
しばらくすると、大きな鉄で出来た扉が見えてきた。
その扉にはライオンの顔の様な3Dの大きい装飾がついており、それが妙に威圧感を放っていた。
「(ゴクリ)ねぇ、これも私が開けないとダメなやつ?」
「「うん。」」
「…り、了解です。」
その扉には鍵穴がなく、ちょっと力を込めて押すと自然と開いた。
暗い部屋に足を踏み入れた瞬間、
ボッ
ボッ
ボッ
と部屋中の松明が自動的についていった。
徐々に明るくなるにつれて、部屋中央にいる何かに気づく。
何かは松明がついていくのを確認した後、ゆっくりと私たちがいる方に頭をもたげた。
全ての松明がついた。
中央にいるのは縛られた黒く美しいライオンだった。
だが、その目は冷たく、今にも私達を射殺さんとする目だった。
身が竦んでしまう。
何故、このライオンの様なものが教会の地下に縛られているのか。
わからない。
わからないから聞きたくなってしまう。
好奇心は抑えられず、思わず口から漏れてしまった。
「あ…貴方は誰ですか?」
言葉が通じるかはわからない。
反応が返ってこない。
声をかけたことが間違いだったのかもしれない。
竦んだ脚を動かして、帰ろう。
そう思った時。
「汝は、我が恐くないのか?」
深い声が聞こえた。
直後に息が詰まりそうなほどの重圧がかかる。
これは殺意。
首の後ろがピリピリする。
このまま黙っていると、殺されるかもしれない。
「恐いです。正直言って、私は貴方のことがわからなくて恐いです。その…貴方は何者なのですか?」
殺意が萎んだ気がした。
そのライオンはこちらをジッと見つめる。
永遠とも感じられる静寂が降ってくる。
ジンとウォッカは直立不動でフリーズしている。
「ジン!?ウォッカ!?ど…どうしたの?」
2人から返事は返ってこない。
代わりに、ライオンから返ってきた。
「そこの2人の鬼は元はゴブリンだろう?…ゴブリンは醜くても妖精。この部屋は妖精と悪魔、天使を封じる場所だ。力の弱い者はこの部屋に入ると動けなくなってしまうのだ。だが、この部屋を出ればまた動けるようになる。」
なるほど。
部屋を出ればって…2人が石のようにピクリとも動かない。
まるで足にボンドを塗ってあるようだ。
「あの…動かないんですけど…。」
返事は返ってこない。
本当にこれはクエストの1部なのだろうか。
「そこの汝。お前の名は何だ?まず、人の名を聞く前に自分の名を名乗ったらどうだ。」
貴方は人じゃないじゃんっ、て言いそうになるのをグッと堪える。
「私の名はるしです。」
ライオンは再びジッとこちらを見てくる。
「我が名は『ヴィネ』。ソロモン72柱の1柱。序列第45位で王の役職を賜っている。故あってここに閉じ込められているわけなのだが、我を救けてはくれないだろうか?」
心臓が早鐘を打つ。
目の前にいるのは、大悪魔だ。
救けてくれと言われても、簡単に救けることは出来ない。
ソロモン72柱と言えば、『レメゲトン』などが有名である。
確か、ソロモン王は神や天使の名を使って重要な地位にあった72体の悪魔を自由に使役し、最終的にはそれらを真鍮容器に封印した。
悪魔たちを封印した容器はバビロニアのある湖に沈められたが、のちに何も知らない者が引き上げて蓋を開けてしまい、悪魔たちは世界中に散ったと言われていたはずだ。
彼らは「ソロモン王の72悪魔」「ソロモンの72柱」と呼称されていた。
ちなみに72という数字は占星術における全ての領域である12宮を更に六分割した合計数でもあった…という感じだ。
72柱の悪魔と言っても、全ての悪魔が凶暴だという訳では無い。
寧ろ、凶暴な悪魔の方が少ないとも言える。
私が知っている知識はここら辺までだ。
だからこの目の前にいる悪魔が凶暴かどうか知る由もない。
だから、ここは条件を出す。
「ヴィネ…を救けるのに、交換条件があるけど、いいですか?」
「ふむ。呼び捨てとはな、面白いやつよ。で、条件というのは?」
ヴィネの目が私を射る。
心臓がバクバクする。
ここは、言うしかない。
もし、ここをうまく切り抜けられても、上は地獄だ。
腹を括るんだ!私!
「上の教会の汚れを全て取り払ってほしいのです。なにぶん、天井に手が届かないもので。」
ヴィネは下を向いて肩を震わせる。
何かまずいことでも言っちゃったかな…。
謝らな…
「クハハハハッ。汝、本当に面白いやつよ。我を救けるのと引き換えに教会の汚れを落とせ、それだけだと?クククッ。」
怒ってないようでした。
爆笑してます。
まぁ、これはこれでいいかな。
「あの、どうやって助ければ良いのでしょうか?」
ここからが本題だ。
「うむ。本来は、ここを守る守護者を倒し、我に外から触れるということなのだが、今はその守護者は何処かに行ってしまってるようで、気配を感じぬ。汝は運がいい。アレは相当強くてな…。我でも骨が折れる。アレがいないのは好機だ。我を救けようと我に触れようとするだけでアレは汝に襲いかかってくるようなやつだからな。今までに何人もの人間が殺されていったよ…。汝は我に触れるだけで、我は解放される。」
おぉう…。
修道女さん、恐ろしや。
帰ってくる前にパパパッとやっちゃいましょう。
「じゃあ、触れますよ?」
「頼む。」
恐る恐るヴィネを縛っている赤い鎖を避けながら、その身体に触る。
パンッ
鎖が千切れ、金色の粉に変わりゆく。
1部、消えない鎖があったので、アイテムボックスに、仕舞っておく。
ヴィネは縛られていたため、身体を地面に縫い付けられていたが、今は4本の足で立っている。
大きい。
3、4mはあるのではないのだろうか。
「よくやってくれた。堕天使よ。我は汝との契約を守り、今、教会を神聖な場所に戻してやろう。」
ヴィネは前足でトン、と地面を押す。
すると、光が地面から溢れ、その光は階段をかけ登って言った。
「汝が上に戻った時には、掃除が終わっているだろう。埃残さず…な?」
「ありがとうございます!!」
感謝だっ!
あの汚い場所を掃除してくれるなんて。
ありがたや。
「我は汝を気に入った。汝のような奴ならば、我が同胞も救けられるのかもしれぬな。」
ヴィネはそう言って、何も無いところから一冊の本を取り出した。
「これは◈ソロモン王の鍵。別名、ソロモン王の大きな鍵とも言われる魔術書だ。これを汝に与える。この本は、解放した悪魔を召喚出来るものだ。言っただろ?我は汝を気に入ったと。この本があれば、我は何時でも汝が呼べば駆けつけることが出来る。だが、使い方を間違えるな?これがあれば、世界をも混沌に落とすことが出来る。この意味は分かるな?」
何それ、危なっ。
ヴィネが本気の顔をしてるから頷いておく。
「うむ。分かってくれたなら、いい。ではそろそろ我は征く。汝も教会には気をつけろよ?」
「はい。」
教会…危ないところなのかな。
今度、ググって見る必要があるようだ。
「ではな、『るし』。また会えることを祈ろう。」
そう言ってヴィネは幻だったかのように静かに消えていった。
これは夢ではない。
そう、私の腕の中にある魔術書が語っていた。
「あら、随分と教会が綺麗になりましたね。ありがとうございます。」
修道女さんが買い物から帰ってきたようだ。
「いえいえ、これが私達の仕事なので。」
「ふふふ。では最後に神へのお祈りを捧げましょう。」
「はい。」
私達は、ステンドグラスから差し込む光を浴びながら、神への祈りを捧げた。
どうして、私が魔術書なんていう危ないものを貰ってしまったのですかっ!!
まだ、序盤ですよっ!?
運営っ。
神よっ!
どうしてこんなことに。
と、神(運営)に問うたりした。
私が帰って、数時間後、教会から女のまるで獣のような荒れ狂う咆哮が聞こえたという。




