エンチェント
ユニオンハウスに着き、進化してゴリゴリになったラムを皆に紹介したら、ベリトとヴィネが耐えきれなくなったかのように笑い出した。それを見たラムはプリプリしながら自室に行ったのは言うまでもない。何せ、ラムは清き乙女心を持つ男なのだから。
そんなラムを慰めつつ今日という日がやってきた。そう、何を隠そうフィールドボス戦の日だ。
昨日、ラムがちょうどいいタイミングでスキル【付与】をゲットしたから幸先がよろしい。
【付与】…自身の持っている属性魔法を武器に付与することが出来る。
このスキルがあれば、ラムが持っている【氷魔法】と【水魔法】を一人一人の武器に付与することが出来るのだ。
ジンの水精霊の双剣ならば、ダブル属性。いけるね。右手は水、左手は氷…カッコイイわ。
皆をリビングに集め、各々の武器を机の上に出してもらう。
「今からラムが武器に氷魔法か水魔法を付与するから、自分の付与してほしい属性を言ってね。因みにジンのは水属性入ってるから、氷属性は入れても入れなくてもいいよ?」
【氷属性】が「デュラハン」や「リビングアーマー」に効くかは分からないが、試しておいても損は無い。
「んーじゃあー氷属性を入れてー」
「分かったよ。ラム、お願い」
「はぁい。分かったわぁ!」
そう言って、ラムはジンの双剣に手を当てた。ブワッと水色の光が双剣を多い、次の瞬間には光が消えていた。
「出来たわよぉ。はい、ジンちゃん」
「ありがとーラムー」
ジンはラムから双剣を受け取り、嬉しそうに双剣を眺めた。片方の剣に霜の柄が入っており、それが薄らと白く輝いている。
それを見たウォッカは、すぐにラムに自身の愛刀を渡した。
「俺は、氷で頼む」
「分かったわぁ!」
ブラッディ・ローズに【氷魔法】を付与すると、黒い刃が青白くなった。
「「おぉ」」
いつも黒かった大鎌の刃が青白くなったため、どこか新鮮な感じがする。ブラッディローズじゃなくて、ライトローズとかそこら辺に改名した方がいいかもしれないね。
次に武器を渡したのはテキーラ。テキーラは、チョークセットと、いつも使っているハンマーをラムに手渡した。
あれ?チョークセットなんてどこで買ったっけ?
「テキーラ、チョークセットどこで買ったの?」
「昨日アルザス様から買いました」
「そっか。でも、なんでチョークセット?」
そう問うと、テキーラは申し訳なさそうな顔で、一言。
「これを使えば、私は闘わな…ゴホッ、皆さんの役に立てるかと思いまして」
戦いたくないんだね。そう言えば一昨日、「デュラハン」を見て、潰されそうだとか言ってたなあ。それに、いつも後方からハンマーを投げて攻撃してたし。
「テキーラ、無理して戦いについてこなくていいんだよ?」
「いえ!!」
テキーラはクワッと目を見開いた。
「私は!!…その、どうしても水が苦手で……えと、皆様の役に立ちたいのですが、その、水が…」
なるほど。テキーラは吸血鬼だからアンデッドに近い種族。故に水が効果抜群という事だね。
水が苦手なのに、それをひた隠しにして頑張ってくれていたんだ。私の配慮が足りなかったみたいだ。
…この仮説が正しければ、テキーラは私の【神域拡張】で浄化されるんじゃ…。いつも苦しみながら私についてきてくれてる…!?
「テキーラ!!身体に異常ない!?」
突然大声を出した私に戸惑いつつも、テキーラは首を横に振る。
「ホントに!?」
「は、はい。異常どころか、寧ろ、るし様の近くにいると心がポカポカします」
それって、浄化されつつあるってことなんじゃぁ!!
「るし、落ち着くのじゃ。お前さんの危惧しておることはテキーラには起こっておらぬ。安心するのじゃ」
「え?な、なんで?」
「恐らくじゃが、浄化はお前さんの心持ち次第で相手に効くようになっておる」
「心持ち?」
「そうじゃ。そこでじゃ、お前さん。妾はなんじゃ?」
バレンシアは何?それは勿論、
「家族」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいのじゃが、そういうことではない。妾の種族のことを言うておる」
種族?バレンシアの種族は「レイス」……あ!
「その顔、分かったようじゃな。妾は、アンデッドに属しておる。まぁ、再生がない可愛そうなアンデッドなのじゃが、その妾がお主に浄化されておらん。その事を不思議に思うたことはあるかの?」
「ない」
私の返答にそうじゃろうな、とバレンシアは溜息をついた。
「妾はそれを不思議に思うて、妾なりに調べてみたんじゃ。そうしたらな…」
「そうしたら?」
ニヤリと口角を上げてバレンシアは私を見つめた。
きっと、世紀の大発見でもしたのだろう。流石はバレンシアだ。
たっぷりと間を持たせ、バレンシアは口を開く。
「何も分からんかったのじゃ」
「分からんかったんかい!!」
ベシッと突っ込みを入れる。
期待した私が馬鹿だったよ!何が世紀の大発見だ!!発見すらしてなかったわ!
「でな、そこで妾は、頼れる我らが父、ヴィネに相談したのじゃ」
「おう」
ヴィネは物知りだからなぁ。…最初からヴィネに聞けば良かった。と言っても、ヴィネは今この場にはいないんだよなぁ。きっと村の方で畑いじりをしているに違いない。
「ヴィネ曰く、それはお前さんの心持ち、つまり、敵か味方かによって浄化が作用するようになっておるらしいのじゃ。じゃから、るしが妾達を敵と思わぬ限りは浄化が効かぬようになっておるのじゃ」
「…おう」
「話は終わったみたいね!じゃあ、バレンシアちゃん、武器を出して!!」
我慢出来なくなったようにラムが話に割って入った。
「ごめんなさいね。私、こういう難しい話が苦手なの!!」
「つまり、脳筋」
「そうなの~!!って、ウォッカちゃん?さり気なく脳筋って言うのはやめなさい!レディに向かって失礼でしょ?」
「…レディ?」
「んもう!バレンシアちゃん、武器にどっちの魔法をかける?」
グイッと顔を近づけたラムにバレンシアは背中を反らせる。イナバウアーだ。
この一連の動き、ボス戦で使ってみよう。
「妾は両方じゃ」
そう言って、ナックルをラムに渡した。
バレンシアは、「レイス」という種族をうまく利用し、接近戦を得意としている。そのため、攻撃力を少しでも上げるために装備したのがナックル。これは、バレンシアが家に来たその日にアルザスから買い上げたものだ。
彼が言うには、属性を付与することによって名前が変わる不思議なナックルだそうだ。
【付与】が終わったナックルを【鑑定】してみる。
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種類 ナックル ☆5
名前 シェイクツウィンズ(右)
ATK 150
VIT 120……必要STR 5
QUA A
アクティブスキル
・水纏…(水属性の魔法を纏う)
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種類 ナックル ☆5
名前 シェイクツウィンズ(左)
ATK 150
VIT 120……必要STR 5
QUA A
アクティブスキル
・氷纏…(氷属性の魔法を纏う)
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確かに名前が変わっている。ついでにレア度も。
買った時は☆3で鉄のナックルだったのに、今はシェイクツウィンズという名前に変わっている。
全属性を込めるとレインボーって名前に変わるかもしれないなぁ。それはそれで面白そうだ。
ベルモットは元より武器はないので眠たげにクッションの上で、ぐたぁっとしている。今からボス戦だというのに緊張感がないのは皆を信頼しきっているからだろう。
「きゅ………すぴぴぴぴ」
あ、寝た。どうやら睡魔には勝てなかったようだ。
「さて、最後はるしちゃんね」
「ラムのは?」
「私のはもうとっくに終わってるわよ?」
と言って、隅に置いてある大剣を指す。これは村の鍛冶士さんから買ったものだ。ラムは、アルザスの工房に置いてあるやつよりも村の工房に置いてあるやつの方がしっくりきたそうな。
あの時アルザスは心底ガックリと肩を落としていた。私の横で、単に自分の技術が足りなかっただけなのだから、もっと頑張ればいいとブツブツ呟き、彼はフラフラと工房に戻っていった…という記憶がある。
そんな過去がある大剣には、黒い刀身に、水の流れるような青い線が入っていた。
「るしちゃん。るしちゃんはどっちにする?」
アンデッドには普通、水属性が効くらしいのだが、生憎「デュラハン」には、【水耐性】が付いている。だから私は、氷属性にしよう。
ボス戦でもしかすると氷属性が役に立つかもしれないし、まず「デュラハン」は【氷耐性】持ってないからね。
「じゃあ、氷属性でお願いします」
「氷ね。分かったわ」
ラムの慣れた動作であっという間に満月に氷属性が追加された。見栄えは変わらないが、降ると、残像に雪が追加されている。刀身に手を近づけると、冷気を感じた。
「もう付与して欲しい武器はないかしら?」
「あ、ラム!もう1個!」
「はいはい!で、るしちゃん、何の武器に付与するの?」
「ちょっと待ってね」
いそいそとアイテムボックスからゲイボルグ君を取り出す。
((なんや?戦闘か?))
違う違う。今から君に属性を付与したいんだけど、いいかな?
((ええけど、何の属性をつけれるんや?))
水か、氷だよ?
((なんやそれ。ワイのオプションが増えるやないか!!これはもう、☆8に進化してもええんとちゃう?))
そうだね。で、どっちがいい?
((ん?どっちとも選ぶっちゅうのはアカンの?))
…どっちとも?
((せや。付与っちゅうのはな、属性を武器に付与出来るスキルやろ?制限ないなら、属性追加し放題やないか。それにやな、主、彼処の坊主見てみ?片方の剣に2つ属性がついとるの見えへんか?))
…そうか!!ジンのは元から属性が入ってたから、それは可能なのか。それに、制限がないなら付け放題!!運営の思わぬ落とし穴だったようだ。ラッキー。ゲイボルグ君、君、頭いいね!
((主、褒め殺しはやめてや?))
「ねぇねぇ、ラム。付与って、一つだけしか武器に属性を付与することが出来ないの?制限がないのなら付け放題なんじゃない?」
私の問に、ラムは固まる。
どうやらその可能性に思い至らなかったようだ。
ラムは顎に手を当て、うーん、と唸る。
「確かに、るしちゃんの言う通りね。…出来るかもしれないわ。けど、一気に二つの属性を入れるなんて真似、まだやったことないし、万が一失敗した場合は武器が破損しちゃうかもしれないわね」
「それなら、私のゲイボルグ君を使い給え!」
((ちょっ!主!!))
だって、言い出しっぺはゲイボルグ君じゃないか。それに、ここで一役買って生き残ったら勇者だよ?
((それはそうやけど…ワイ、壊れるかもしれんのやろ?))
…大丈夫!!君なら出来るよ!イェス、ウィー、キャン!
((んな、無茶なぁ))
「はい、ラム。ひと思いにやっちゃって!」
「わ、分かったわ。後悔しないでね?」
((ストップ、ストォォップ))
ゲイボルグ君の抵抗虚しく、ラムの【付与】が掛かった。
結果として、付与は成功した。が、身体を張ったゲイボルグ君は拗ねた。
((う…うぅ…酷い…主の馬鹿…))
ごめん。そんなに心細かったなんて思わなかったよ。もう無理やりあんなことをすることはないだろうから泣き止んでおくれよ。
((ホンマにか?))
うん。ホンマに。君は最強武器に1歩近づいたんだから、胸を張り給えよ。
((分かった…拗ねるのやめるわ))
チョロいな。
((主、今チョロいと思ったやろ?))
ないです。そんなこと1ミリも思いませんでした。
((ワイの思い違いかもしれへんな))
ズズズと鼻水をすする音が聞こえた。どこに鼻があるのかとても気になる。今度ヴィネに聞こう。
ゲイボルグ君をアイテムボックスに仕舞い、満月を装備する。
「さて、ボス戦に行こうか」




