私は女の子だと、信じていた
準備も終わったことだし、フィールドボス攻略に出掛けようとした手前、何人かのプレイヤーに捕まった。
「決闘してくれ」
決闘とは、世界ランキングモードでランキングを勝ったものに譲る戦いのことだ。勿論、これは強制ではないから断ってもいい。だから私は、
「断る」
これで一刀両断した、つもりだった。が、彼らは粘り強く、何度断っても受けるまでは離れないの一点張りだった。
今からフィールドボス攻略へ行くぞというところだったのに、白けてきた。非常に面倒臭い。
「なんだ?最強の軍服様は負けるのが怖いのか?」
「てか、金積みすぎじゃね?」
「あんな軍服が卑怯者なら、テイムモンスターも卑怯者だな!」
私のことを悪く言うのはいいってことはぜんぜん無いけど、家族のことを悪く言うのは許せない。だが、ここで下手に逆上でもしたら相手の思う壷だ。受けるべきか受けないべきか。顎を擦りながら思考をまとめる。
「るし、ボス戦は明日に回して目の前の奴を叩きに行けばいいんじゃねぇか?」
「でも、ウォッカ達は暇じゃない?」
「俺らはるしがここで戦ってる間、外でゾンビ狩りをしてレベル上げしてくるよ。それに、このままじゃ、ジンが暴走しかねないからな」
「ジンが?」
ジンは無表情でストーカー達を見つめている。その目は凍てつきそうなほど冷えていた。ジンがこういう目をするのは初めて見た。親と知らないところで子どもは育つもんだなぁ。
「…そっか。皆もそれでいい?」
「「「「おう」」」」
「きゅ!」
「Ga!」
行ってくる、と言って彼らは門の外に出て行った。
出来れば私も皆について行ってLv上げをしたいところなんだけど、ストーカー処理をしなくちゃいけなくてね。残念だよ。ホント残念だ。決闘を早く終わらせてすぐ皆と合流しよう。
【王の威圧】をonにし、ストーカー達に優しく笑いかける。
「さて、諸君。私はとても不機嫌だ。誰から私の経験値になる?」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。それほどに辺りは静まり返っていた。そんな中、手が上がった。
「俺がやる!!」
勇気を出して名乗った男に乗じて、次々と手が上がり始めた。
これが1位の宿命というやつか、挑戦を受けてからというもの徐々に人だかりが出来てきた。
最初に名乗りを上げたプレイヤーから、決闘の申請が届いた。
『プレイヤー名“ああああああ”さんから決闘を申し込まれています。了承しますか?Yes/No.』
ああああああって、リセマラ専用の名前じゃん。よくスマホゲームで見かけたよ。
渋々Yesを押すと、近くにいたプレイヤー達は自動的に離れた場所に転移させられた。間違えて斬ったらPK扱いになるし、1VS1の邪魔になるからだろう。地面が浅く1cm程凹み、半径15×15の舞台が整った。
『決闘を開始して下さい』
アナウンスと同時にああああああが動き出した。
「フラッシュ!!」
眩い閃光に目をやられ、視界が塞がるが、殺気を感じたため、後方にバックステップをとる。直後、地面が抉られる音が聞こえた。ようやく視界が戻ってきたところで、
「フラッシュ!!」
再度同じ攻撃を食らった。
さては、【閃光】で相手の視界を奪いつつジリジリ倒していく作戦ですな?ではこちらも攻撃を開始するとしよう。
【反転】を使い、【神域拡張】を【不浄拡張】に変え、色を紫に設定する。
一瞬で辺が紫に変わり、地面から羽が上に向かってフワフワと浮いていく光景にああああああの動きが止まった。
私の目も回復し、ああああああを見据える。
「ちっ!フラッシュ!!」
「そう何度も同じ技は食らわないのだが、そのへんを分かってやっているか?」
【閃光】を避ける方法はいくらでもある。光源に背を向けたり、陰に隠れたり、一番簡単なのは目を瞑ることだ。決まれば強いこのスキルは、決まらなければ使えない。
相手のハンマーを満月で受け止める。がら空きになった腹に蹴りを入れると、相手はボールのようの数m飛んだ。
「かはっ…」
腹を抑えて立ち上がったのはいいものの、相手プレイヤーはフラフラと何もない空間に向かって歩き出した。【不浄拡張】によって、混乱状態に陥ったのだろう。
「ふむ。もう終いのようだな。貴様の負けだ」
【残月】を放ち、ああああああは金色の粉に変わった。
『決闘に勝利しましたので、ポイントが加算されます』
死んだハズのああああああは、舞台の外で生き返った。この決闘は、死んでも第一の街に戻ることはない。デスペナとしてカウントされる訳ではないのだ。
『プレイヤー名“セマート”から決闘を申し込まれています。了承しますか?Yes/No.』
どうやら他のプレイヤー達は私を逃がしてはくれないようだ。
Yesを押し、満月を構える。
「貴方が軍服のるしか!!お初にお目にかかる!俺はセマートだ!!ふっ、傷が疼くぜ!」
いや、私貴方とは初対面だし、傷つけた覚えはないのですが。…まさか厨二病患者の人ですか?仲良くなれそうな気がします。
「俺の心は今熱く燃えている!!まるで煉獄の炎に焼かれているかようだ!!」
「それは熱すぎて灰になりそうですね」
やだ、何この人、面白い。黒歴史の塊のようだ。この決闘が終わったらフレンド申請を出しておこう。
セマートさんは、自身に【俊敏力上】をかけ、大剣を構えて距離を縮めてきた。
ガギィン
あまりの大剣の重さに手が痺れたが、いま満月を手放すわけにはいかない。押し合いを続け、1度刃を弾いて距離を稼ぐ。
「なかなかやるじゃないか、セマート。手が痺れたよ」
「ははっ、お褒めに預かり光栄だ。ぐっ…右手の封印が解けそうだ…!!」
セマートは自身の右手を覆う包帯を握りしめる。
開始早々何を言い出すかと思えば、右手に魔物でも飼っているのだろうか。
「しっ!」
【残月】を放ち、右手を狙うが、大剣で防がれる。
「るしさん、若いのに生き急ぐなや」
「貴方も若いだろうに」
やはり右手に何かあるようだ。
セマートは時折右手を抑えて回避行動をとっている。
…あれは演技なのかそれとも事実なのかは分からないが、あの右手からは嫌な予感がする。保険で【欠月】を使い、自身の幻影を出しておく。アイテムボックスから投擲用の短剣を取り出し、三連続で投げる。
「ぐっ!」
1本は外れたが、もう2本は右手、右太股に刺さった。摩擦で火花が散ったのか、右手の包帯に火がついた。セマートの右手に炎が広がり、包帯が焼け落ちた。人の手があるはずの場所に機械の腕が姿を現す。その掌には高熱量の光が集まり、次の瞬間、手から極大なレーザービームが発射された。それは幻影の私を貫き、火柱を立てる。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
幻影の私が痛みで叫ぶ。舞台の熱線が通った所は焼け爛れ、バレンシアのブレス並の威力だった。
黒焦げで倒れた私の幻影に、セマートは満足そうに呟いた。
「ふっ、やはりこうなることは見えていたよ。俺の、勝ちだ」
拳を天に突き刺し、そのまま動かなくなった。
罠かもしれないため、もう一度【欠月】を使い、ゆっくりと近づく。
「おーい、セマート?」
セマートの顔は誇らしげで、その表情はピクリとも動かない。彼は白目を剥いていた。
「立ったまま気絶してる…」
流石、黒歴史王。散り際も厨二臭いね。いいね。そういうの好きです。
セマートのこの攻撃は諸刃の剣とも言える攻撃。高威力のレーザービームの代わりに気絶状態に陥るスキル?のようだ。
『決闘に勝利しましたので、ポイントが加算されます』
おし、決闘が終わったからセマートにフレンド申請出しておこう。断られたらショックだけど、その時は潔く諦めよう。
『プレイヤー名“無糖”から決闘を申し込まれています。了承しますか?Yes/No.』
今日は、長くなりそうだ。
周りを囲むギャラリーを見て、盛大な溜息をついた。
夕陽が沈み、見事挑戦者達を捌ききった私は、ベンチに腰掛け白くなっていた。
「るしーただいまー」
「どうした?魂抜けてんぞ?」
「おかえり……私、もうダメかも」
「大丈夫か?妾がお前さんの肩を揉んでやるのじゃ!」
後ろに回り、バレンシアが凝った肩を揉んでくれる。
疲労困憊の私にとってそれは極上の御褒美です。
「るし様、あの、私、存在進化というものができるようになったのですが、どうすれば宜しいでしょうか?」
「え?」
急いでログを見返すと、13時頃に入っていた。さらに遡ると、ラムのも入っていた。
集中し過ぎてて気が付かなかったよ。
一応【鑑定】を入れ、皆のLvがどこまで上がったのか確認する。
ジン 19
ウォッカ 19
ラム 10
バレンシア 18
テキーラ 20
ベルモット 18
進化が来なかったジン達もあと少し、リーチだね。明日のフィールドボス戦でLvが上がると思うから楽しみだ。
『テイムモンスター“テキーラ”の存在進化が可能です。進化しますか?Yes/No.』
勿論、Yesなのだが、進化先が見たいところだ。
『吸血鬼……血を吸い、自らの身体能力を上げることが出来る種族。だが、日に弱くなる。夜型 ☆5
リッチ……闇魔法の使い手。身体は腐っている為、腐敗臭が漂うが、それもまた一興。癖になる人もいる!?魔法のエキスパート。日に弱くなる。☆5』
進化先はどちらとも日に弱くなるんだね。これはどうやら日焼け止めの開発をしなければいけないようだ。
「テキーラはどっちがいい?」
「吸血鬼がいいです。その、駄目でしょうか?」
「いえ!凄くいいです!!安心しました」
吸血鬼の文字をタップすると、テキーラが金色の繭に包まれる。
懐かしいなぁ。ジンやウォッカが進化した時以来に見たよ。考えると、このゲームをやり始めて結構長い時間経っていたんだなぁ。
しみじみと昔を振り返っていると、
『存在進化が完了しました』
アナウンスがなり、現実に引き戻された。
テキーラは、進化したことによって少しお姉さんになっていた。身長は10cmほど伸びただろうか。赤い唇はさらに色づき、血のように真っ赤になった。唇の隙間から覗く白く輝く犬歯はより鋭利になり、ちょっと触れるだけで手が切れそうだ。
「るし様、これで私はもっと役に立てますか?」
「うん。でも、無理しちゃダメだからね。テキーラは、美人さんなんだから」
「そ、そんなっ!私は醜い豚です!!そのようなお言葉、受け取るわけには行きません!!」
頭から湯気が出るほど顔を赤くしたテキーラは、ベンチの後ろに隠れた。
テキーラは、村の人とどこか似てるところがある。褒めると、泣いたり、自分を被虐したりするところだ。
ベンチの後ろでフルフルと震えているテキーラを撫でつつ、お次はラムの進化を見る。
『テイムモンスター“ラム”の存在進化が可能です。進化しますか?Yes/No.』
『小鬼……☆3
オーガ……☆4
フェアリー……妖精の姿を持つことを許されたスピリタス ☆3 』
お、フェアリーですか。これはきっと、ラムの乙女な心が作用してこの進化フラグが出来たんだと思います。私はフェアリーちゃんを押しますが、ラムもフェアリーちゃんを選びますよね?
「Ga!!」
ラムは迷いなく画面をタップする。光の繭がラムを包み込み、ゆっくりとその身体の大きさを変えていく。
『存在進化が完了しました』
『存在進化が完了し、かつ、特殊個体と確認。スキル【水魔法】並びに【付与】を習得しました』
アナウンスに驚かされたのも束の間、目の前に現れたのは巨体。筋骨隆々の男。お腹にくっきりと割れているシックスパック。盛り上がった筋肉によって、着せていたTシャツがパッツンパッツンになっている。そして何より特徴的なのが、赤褐色の肌。頭から生えた歪な1本の角。少し人間よりな顔。
…男?
「ラム?」
「あぁ」
と、取り敢えず目の前に鎮座する人はラムのようだ。まさかオーガを選ぶとは思っていなかったけど、それにしても凄い筋肉だ。胸板が厚い…。
「ら、ラム、その、筋肉を触ってみても宜しいでしょうか?」
「あぁ」
了承を得たので、シックスパックをつつく。
おぉ、硬い。これが、完成した究極の美の身体というやつか。…胸板も厚いですね。中に鉄板でも入れているんじゃないでしょうか。
気になる胸板もつつく。
「きゃーーーーーー!」
「へ?」
ラムは自身の胸を隠すように手を交差させ、ヨロヨロと後ろに後ずさった。
それにしても、きゃあって何?ラムの声?え?
「えと、ラム?」
「んもぅ!るしちゃん!!乙女の胸を触るなんてエッチ!!いきなりなにするのよぅ!」
……はっ…。るし…ちゃん?へ?
私の頭はショートしていた。
「え…えと、ラムは男じゃなくて、女の人だったの?」
「もーレディにそんなこと聞いちゃダ・メ・よ。でも、るしちゃんには特別に教えてあげるわ。私、(心は)女なのよー!うふふふ」
小指を立たせて口元を覆うラム。
実に女の子らしい。
私はガツンと頭に衝撃を食らった。
えっと、つまり、整理すると、ラムは女の子じゃなかった。オカマだった。Understand?私。
「のぅ、るし。やっぱりそ奴は雄だったのじゃ。妾達は分かっておったが、その、なんだ?頑張るのじゃ」
バレンシアの慰めの言葉を聞きながら、私はラムを見つめることだけしかできなかった。
「と、取り敢えず、ここは人がいっぱいいるからユニオンハウスに戻ろう。ラム、話は後で」
「分かったわぁ!積もる話はまた後で♡」
クネクネと腰を振り、私の手を取ったラム。女の子の手ではないゴツイ手の感触を感じ、私は改めて、ラムが女の子ではないことを悟った。




