PM5:30
大切な人が死んだら嫌ですよね。
当たり前です。
では、あなたは大切なものに気づけていますか?存分の愛を伝えていますか?
人は、いつ死ぬか分からない。
そんな当たり前のことを僕たちは忘れて生きている。
次にそれを思い出すのは大切な人を失いかけた時。
ここにも、そのことを忘れていたカップルがいたんです。
「僕、明日死んじゃうんだって。」
「……。」
私は言葉を失った。
彼の名前は、羽原 充。
人当たりも良く、クラスでも人気があった充が、クラスでも特に目立つことのない私からの告白を、快く受け入れてくれた。それがもう3年前のこと。
それから私たちは特に喧嘩もなく、平和に付き合ってきた。
そして、その平和を壊されたのが一年前。
紅葉も散り始めた頃。私は充といつものようにデートをする予定だった。いつも私より先に待ち合わせ場所で待っててくれる彼が、その日は待ち合わせ時間になっても来なかった。
最初は、寝坊でもしちゃったのかな?と呑気に構えていたが、15分、30分、1時間、ついには2時間たっても連絡がつかなかった。
さすがに寝坊じゃないことくらいは分かった。
同時に焦りと不安が私を煽った。
そして、緊急事態であろうその状況が急に訪れると、人は何もできなくなることも分かった。
充は事故に遭っていた。
待ち惚けていた私に充のお母さんから連絡があり、一目散に病院へ駆けつけると、既に手術が始まっていた。
お母さんに話を聞くと、一時停止の標識を無視した車に、横殴りのような形で衝突されたらしい。
幸い、その車が軽自動車だったこともあり、即死にはならなかった、と。
それでもあまりに残酷な現実に、私は冷静さを保っていられる筈もなく、気付いた時には過呼吸になる程に涙を流していた。
充のお母さんに宥められ、病院の外へ出た。
こんなに好きなのに、私には何もできない。私が代わりになりたかった。
それから何時間経ったのか、手術は終わった。
「充くんの意識が戻りました。」
担当医が私たちにそう告げた。
充のお母さんに頼み込み、医師の話を少し聞かせてもらったところ、命は取り止めたものの、腕、肋骨の複雑骨折。そして轢かれた時の脳への強い衝撃で、下半身不随。
私たちの平穏は、突如、目的を持たない悪魔によって壊された。
私は充に不安な思いをさせたくない一心で、泣くのを我慢した。この状況で泣きたいのは充の方だ。
「中へ、どうぞ。」
医師は私たちを病室へ導いた。
病室に入ると、全身に包帯を纏った充がいた。
「デート、できなくなっちゃってごめんな。」
その一言は、あと一歩で充を失っていたかもしれないという恐怖、大切な人の大切な身体がボロボロになってしまった悲しみ、それでも充が無事に生きていたことへの安心、私の中のあらゆる感情を掻き立て、いつの間にか私は涙の海に溺れていた。
充は泣き崩れる私を見て笑った。
「どうして泣いているんだい?僕は元気だよ。」
なんで。
「ほら、泣かないで。無事だから安心してよ。」
なんでそんなに平気な顔をして笑っていられるの。
そう思うと余計に涙が出てきてしまった。
大切なものを失いそうになった時、人は初めてその大切さに気づく。
私はこの言葉が大嫌いだった。でも、認めざるを得なかった。
それから少し月日が流れ、私は充のリハビリのお手伝いをしていた。学校終わりに病院へ向かい、寝る前に神様に何度も祈った。
「お願いします。どうか、私の命と引き換えに、充を助けてください。」
それが日課になっていた。
私にはこれくらいしかできない。けど、少しでも充の力になりたかった。
友達に「毎日すごいね」と皮肉交じりに褒められることもあれば、「私だったら疲れて別れちゃうかな」なんてことを言うやつもいた。心底腹が立った。
充にこそあまり伝えられていないが、彼は私の命に代えてでも大切な人間なんだ。
私の世界に光を与えてくれた。私を何度も導いてくれた。私に人を愛することを教えてくれた。
彼を失うくらいなら…。
来る日も来る日もリハビリを続け、何度も何度も祈った。それでも充の身体は一向に良くならなかった。それどころか治る気配すらなかった。
消えて欲しいと何度も願ったが、悪魔は最後まで私たちの味方だった。
今日も夕方からリハビリがあった。気合いを入れ直して病室へ向かうと、そこに充の姿はなかった。私は焦って担当医に連絡を入れた。
容態の急な悪化により病室が移ったらしい。
私は焦った。何かが壊れた気がした。
死に物狂いで走って充の病室へ向かった。
「充!!」
「ごめんね、莉子。」
「どうして…?」
分かるはずもないその質問は、少しの時間、充の顔を曇らせた。
「…僕だって知りたいよ。」
「そう…だよね。」
私は他に返す言葉がなかった。
「あ、けどね、莉子には話したいことたくさんあったんだ。せっかくリハビリも休みだし、今日は少しおしゃべりしようよ。」
「うん、そうする。」
充の提案に賛同すると、普段自分の感情をあまり言いたがらない充が、あの時はこう思っていた、あの時の行動は嬉しかった、と、私たちの思い出を振り返った。
正直やめてほしかった。
そのままどこか遠くへ行ってしまうような気がした。
思い出話を聞いているはずなのに、充の走馬灯を見ているかのようだった。
「ーーあと、去年のバレンタインで貰ったチョコレート、本当に美味しかったよ。僕がホワイトデーに返したケーキはどうだった?」
「…もういい。」
「そっか…ごめん。」
「違うの。私にとっては全部全部楽しかったの。全部全部嬉しかったの。メールも電話もデートも喧嘩も。」
「……よかった。嬉しいよ。」
充はそう言うと初めて私の前で涙を流した。
「僕ね、すごく不安だったんだ。デートはちゃんと楽しんでもらえてるか、メールに飽きちゃったりしないか、莉子のことちゃんと幸せにできているか。
でも、今の言葉を聞けただけで、それだけで僕はもう満足だよ。」
「…え、どういうこと?」
「本当は…秘密にしていようと思ったんだけどね。」
「うん…?」
「僕、明日死んじゃうんだって。」
「……。」
「昨日の夜ね、僕の病室に死神が迎えに来たんだ。」
「…待ってよ。どういうこと。」
「僕の命を引き取りに来たんだって。だからね、今日は先生に無理言ってリハビリを休ませて貰ったんだ。容態が悪くなった嘘をついてね。」
状況を整理できない私の返事を待たず、充は続けた。
「だから…だから最後に莉子と話したかった。莉子にちゃんと自分の気持ちを伝えたかった。」
私は今まで、彼に何度も笑顔にしてもらった。
何度も、何度も、私を笑顔にしてくれた。
その分、泣いた。
「僕は少し後悔してることがあるんだ。」
泣くのをほんの少し我慢して私は返事をした。
「…なに?」
「こうなってみて、僕も初めて気づいたんだけどさ。莉子には、感謝の気持ちをちゃんと毎日伝えておけばよかった。愛してる、って、毎日言ってあげればよかった。」
さっきより、充は涙を流した。
このまま2人の涙で溺れてしまいたかった。
「…でね!よく聞いて、莉子。これから君は、大切なものが沢山増えると思う。それは物かもしれないし、人かもしれない。友達、家族、…考えたくはないけど、恋人だったり。君が頼まなくても、君の側にあるもの、いてくれる人ってのは、君にとって最も大切にしないといけないものなんだ。」
「…わかってるよ。」
「僕みたいに、こんな姿になって後悔する、莉子にはそんな思いはしてほしくない。だから、大切なものには毎日愛を伝えてほしい。これでもかってくらい。」
込み上げてきたものを抑えきれなかった。
「…私は!」
「ん?」
「あなたが1番大切なの!あなたが私の…全てなの!だから…だからさ、ずっと側にいてよ。約束したじゃない。一緒にいてくれるって。」
「……。」
「あなたのいない世界なんて嫌!…嫌だよ。私も…連れて行ってよ…」
「駄目。君には未来があるから。」
「でも…こんなの辛すぎるよ。」
「大丈夫。莉子には僕がついてる。ずっと見守っているから。僕よりいい人を見つけて。必ず幸せになるんだ。」
ーーその次の日、本当に充は逝ってしまった。
私を残して。
あれから何年経ったんでしょう。
顔のシワが増え、腰は丸くなってきた。
見た目には、青春時代の面影などほとんど無くなってしまったが、確かにあれは私の青春だった。
充、私ね、あなたに謝りたいことがあるの。
あなたよりいい人なんて、見つからなかった。
ふふ、探す気もなかったけどね。
それでも不思議と、孤独は感じませんでした。
あなたが本当に側にいてくれた気がして。
だから私の人生に悔いはないよ。
…ちょこっとわがままを言うと、
もう少しあなたの声が聞きたかった。
もう少しあなたと手を繋ぎたかった。
もう少しあなたに抱き締められたかった。
もう少しあなたに好きと言えばよかった。
ちょこっとじゃなかったみたい。へへ。
実はね、昨日私のところへも迎えがきたの。
あの頃より、随分年老いてしまったけど、私って気づいてくれるかしら。
ーー充と同じ後悔を手土産にした莉子は、静かに目を閉じた。
いかがでしたでしょうか。
こういう作品、大好きですよね、僕。
人はもう少し、死と隣り合わせだということを自覚するべきだと思っています。僕含め。




