暴食の罪
男に囲まれる、セルフィナの正体が分かります。
※人を殺める描写が出てきますので、ほのぼのとした話が好きな方、シリアスが苦手な方は飛ばしてください。
満月に睡眠を貪るとあの日が俺を襲う。
『お兄ちゃん わたしをたべて』
目に映るものが、血生臭い、感触が、喉を通る肉の味が、涙が、罪が、妹を食べる鬼人が姿を現わす。満月が罪を犯した俺を何処までも、その琥珀色は見下ろすのだ。
「メイ、起きろ」
「んあ?」
「早く荷物を持て。着いたぞ」
「……あ?どこに」
「はあ?寝ぼけてんのか?学校だよ、異世界大魔法学校」
夢を見た。罪の夢だ。あの日は昼も夜も関係なく襲ってくる。
「てか、お前といるとなんか疲労を感じるんだよな」
「俺様の魔力に圧倒されてんじゃねぇか?」
「そんなんじゃねーし!」
汽車から降りると、同じコンパートメントに乗っていたミネルザスが肩を鳴らしながらトランクを運ぶ。
俺は冗談を口にし、それからセンタータンについているストレートバーベルを舐める。こいつがあるおかげで俺の体質は軽くなった。力が無い奴には余り効果がないようだが。
ふと、セルの隣にいた夕焼けの髪をした男を思い出した。奴もそれなりに有名で、俺も何度か姿を見た事はあったが、あそこまで近くに寄った事はない。奴の魔力は、とても興味深かった。喰っても喰っても溢れ出る。
「変な顔になってるぞ」
「うるさいな」
「そのもごもごする癖やめろよ、ハムスターみてぇ」
「マジウゼェ」
奴の魔力を喰べている内に俺は気付いた。あの男の手袋から魔力を吸い取っている力の流れがあったのだ。奴も俺と同じように体質を魔導具を使って抑えている。奴も俺やセルと同じようにギフトの所持者。親近感が湧いた。
「てか、空飛ぶ汽車って改めてスゲーな。こんな長いものよく浮かぶよ。魔力使ってないんだろ?」
「君、何言ってるんだ?浮いてるんじゃなくて、引っ張るの間違えじゃないか?」
「…」
「なんだ、お前」
「君には見えないのか、あの大きなペガサスが」
「ペガサス?どこにいるんだよ?」
……。いま、ミネルザスと会話をしたのは俺ではない。
「汽車の一番前だ。ほら、今は毛づくろいしている」
「頭沸いてんのか、お前」
「違う!!私は正常だ、そんな目で見るな!見るな!!!!」
「マジなんだよコイツ」
こえーよ、と言ってミネルザスは俺の背中を押してその場から早く逃げようとした。
「あ、待ってくれ。そこの銀髪の褐色、お前にはあのペガサスが見えているのだろう!?」
女が俺の手を握る。直に触れた肌から女の魔力が体内に流れ込んできた。全身が一気に栗立つ。女の目の色が黒から鮮やかな赤に変わった。
「さぁな」
「…そうか……見えているのか、君もギフト持ちか」
声を弾ませて女は言った。気味が悪くてすぐに女の手を振り解く。この女の魔力は気持ちが悪い。腐った玉ねぎのような味がする。
「っあ…」
「触んな、殺すぞ」
「メイー!早く行こう!向こうにセルがいる!俺は先に行くぞ」
「ざけんな!俺のセルに近寄るな」
「お前がふざけんな。セルは俺の兄さんの嫁だ」
「…いつそうなったんだよ」
「えっ?ん、その冗談!なったらいいなぁ、っていう俺の願望!」
「殺す」
「わー!!セルー!助けてくれー!!!!」
野ウサギのようにミネルザスが逃げる。俺はその後ろを追いかけた。
「行かないで…!」
女が叫んだが、俺は振り向きもせず重たいトランクを両手に持ちその場から離れた。
「私を一人にしないで…」
ギフトとは、個人特有の能力の事を指す。人によって様々で、『能力が上がりやすい』といった小さなものから、あの夕焼けの髪をした男の『無限に魔力が出る』といった普通の人からしてみれば喉から手が出るほどの能力まで、そのバリエーションは幅広い。
多分、女は触れた者の心を読むという能力なのだろう。気味が悪い。だが、俺だって人の事は言えない。周りから魔力を奪うギフト。“罪のギフト”だ。
ギフトは神がその者に与えた寵愛。その者の能力を上げる為にしか使えない。なので、ギフトを頂いた者同士が争わないよう、互いに干渉しないように出来ている。
しかし、罪のギフトは違う。他人や周りを巻き込む不幸を招くギフトだ。
多分、他人を干渉するギフトを持ったあの女も罪のギフトを保持した者だろう。
早くセルに会いたい。そうも思って足早に歩くと彼女の横顔が見えた。
今日も真っ赤な唇をしてセルはミネルザスと楽しげに話している。俺が追い付いた事に気付いたミネルザスは、セルの肩を叩いて俺に指差す。
夕陽が当たり色濃くなったダークブラウンの髪が、赤いリボンと一緒に揺れてこっちを向く。俺が手を挙げれば、嬉しそうに顔をふやけた。俺もつられている事は自覚している。ミネルザス、笑い堪えてんじゃねえ
「メイ」
「セル 会いたかったぜ」
セルを抱き締め、高く上げクルクル回る。彼女の魔力は蜜のように甘く、まるで麻薬のようだ。吸い込み過ぎると溺れてしまう。
彼女が笑った。いつもの、優しく慈愛に満ち溢れた女性の顔を崩し、無垢で眩い少女のような笑顔を溢す。胸が高鳴った。さっき会ったのに、とても懐かしく幸福に感じたのはあの悪夢を見たせいか。
一人にしないで、と言われた瞬間 俺は歩くのを止めてしまった。その言葉は、過去の俺も口にした心の叫びだ。
女にバレない程度に周りを確認する。もともと汽車から出るのが遅かったんだ。俺たちと汽車、それから馬鹿でかいペガサスしかない。ああ、見えてたさ。こんなデカイペガサス 視界に入って鬱陶しかった。俺は指輪に触れ、女と自分の周りに音声遮断の魔方陣を展開させた。
「やっぱり…ほら、やっぱり見えてるんじゃないか」
どうやらペガサスに目線を向けていたのがバレたらしい。だが、そんなのどうでも良い。
「貴様はもう少し言葉を選んだ方がいい」
女は不思議そうな顔にした。上質な服、傷一つない肌、手入れされた髪、人間の醜さを知らないその脳みそ。女はきっと、躊躇なく人を殴る事も盗んで服を手にした事も泥水を飲み、生きる為に家族を食べた事もないのだろう。
ギフトは神がその者に与えた寵愛。しかしその愛は永遠ではない。神は優しく何処までも残酷だった。
「ギフトはな、奪える事が出来るんだ」
「…奪う?」
「食べるんだ。ギフト保持者を食べると、その力を手にする事が出来る。聞いた事がないのか?」
「はっ……なんだよそれ、嘘だろ?」
ギフトを調べてるならそれぐらい常識だけどな。どうやら俺はこの女を買いかぶっていたらしい。
「嘘をつく理由がない」
「そんな人殺し、普通の人間なら出来るはずないだろ!!」
「普通?面白い事を言うな」
何を基準に普通というのか。
「貴様は闇市場を見た事があるか?彼処には食べ物と一緒に並んで、俺たちのようなギフト保持者も売ってるんだ」
幼い頃、父親に連れて行かれた他国の闇市場を思い出す。一切 太陽の光が入らない地下は血生臭く、肉が腐った悪臭が立ち込んで何処を歩いても汚物塗れだった。
『お前もアレのようになりたくなければ変な気を起こすな。黙って従え』
危険指定された麻薬や食べ物と一緒に並ぶギフト保持者達を指差して、ヘドロに住む腐った醜い人食いゴブリンのような顔で笑う。ゲラゲラと奴の声が耳で木霊して心臓が凍っていく。
「こんなちっさいカードに能力が載っていて、それを見て気に入った貴族達が買っていくんだ。
簡単な買い物さ、人間を買うなんて。何故なら魔人族も恐竜人も巨人も獣人も魚人も貴様等人間も、人とつく生き物にはランダムでギフトが送られる。腐るほど商品はある。
普通の基準はなんだ?ギフト保持者に普通は通用せんぞ?そうだな、家畜だな。いや家畜以下か?家畜以下なんだよ。俺たちはいつ殺されても可笑しくねぉ家畜以下の人生なんだ。
それなのに大々的にギフト持ちだと自慢をしやがって自殺願望者か?学園だから安全と思ったのか貴様は」
ナゼ?何故貴様は笑う。
「ただ仲間がほしくて……わた、私は君と仲良くなりたい…!」
頭が真っ白になった。俺の言葉は女の中で 親切心で教えてもらった、と捉えたらしい。
「貴様のような世間知らずには無理だろうな。ギフト保持者だけでなく、普通の友も貴様には作れねぇよ」
「それでも、私はき、君に…友達に」
女は側に寄り、頰を赤らめて俺を見てきた。胃の中の黒々としたマグマが煮え滾る。この女の言葉を聞くのはこれ以上耐えられなかった。
「貴様のような人間ッ…」
「あっ…」
きっと甘やかされて、なんの努力も苦労もせずに生きてきたのだろう。
「不快だ。今後一切視界に入ってくるな」
「待って!」
頭だけが冷静だった。女が腕に絡んでくる瞬間、俺は女の額を掴み、女が悲鳴をあげる。
「やはり貴様は何も分かってないんだな」
「ヒッ…な、これ……」
女の唇が青くなり、目が充血して呼吸がヒューヒューと細かくなる。困惑してるようだが、ヒントも何も教えるつもりはない。
舌を舐める。俺が魔力を奪う、罪のギフトとは教えてやらない。異世界人にとって、魔力は酸素のようなものだ。体内の魔力が尽きれば死しかない。そうだろう?ミイラのように成り果てた女に問いた。
「入学生脱落者、第一号の感想は?」
「…」
「ん?そうか、もう終いか」
たいした量の魔力では無かった。俺は女を捨て 前に進む。
入学準備をしてる途中、俺は自分と同じ罪のギフトを持つセルフィナと出会った。魔力の流れで分かった。彼女の言葉には甘い蜜のような魔力が流れている。俺は泣きそうになった。普通に暮らしていたセルフィナを見て、俺も普通に生きては良いのではないかと。
俺は妹のギフトを奪った。でも、その罪は報われてもいいはずだ。俺は前に進む。その先にはきっと月のような目を持つ彼女がいるから。俺と同じ 罪を一緒に背負うセルがいるから。
――――少年は悪夢の中にある、もう一つの琥珀色 を忘れる。月のような瞳をした小さな影は言う。
『諦めては駄目よ。 お願い、何がなんでも生き延びて』
少女が少年の痩けた褐色の肌を撫でながら言う。琥珀色の少女は罪のギフトを持っていた。人を操る、罪のギフトだ。
妹殺しの元凶の 少女が言う 言葉は、母が子を躾いるように優しく慈愛に満ちていて 悪魔の甘い囁きのように少年の心を惑わした。
少年の妹は流行り病だった。生活もギリギリ、食べ物も土を食らっていた。妹の体は病で蝕まれているのに 魔力が永遠と尽きないせいで簡単に死なせてはくれない。
そんな我が妹を見て、少年の耳にはあの琥珀色の声が木霊した。生きろ、と少年に命じた少女。少年は食らった。罪を食らった。
少年が目を覚ます。記憶には月が一つしか無い。悪夢の中に 少年が撫でられたその肌の感触が忘却の彼方に沈んでいった。