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だから、私は咬ませ犬がいい  作者: ニワトリのぼん
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夕暮れと白金のパーティー

 


「なに?」

「あっごめんなさい、ただ素敵な髪だなって」


夕暮れのような素敵な色ね、

そう言って目の前に座る、ダークブラウンの髪をした女が笑った。


 今日から、この世で最も歴史があり、異世界一 大きな魔法学校『異世界大魔法学校』に通う。

 行き方は、見た事がない巨大なペガサスが引く、大きく、長い汽車に乗るしかない。その汽車のコンパートメントで一緒になったのが、俺を観察する目の前の女だ。もう一人、この女のダチがいたが、今は売店に行っていて、俺と女の二人きり。


 別に、今 友達作りをしたって、クラスが違うかもしれない。そう思うと、会話をするなんてバカバカしく感じる。


 異世界大魔法学校にとって、クラスとクラスはいがみ合うものだという。

 そうゆう噂を聞いたんだ。今 友達を作るなんて、そんなの、労力の無駄。教科書を読んで、予習していた方がまだ有意義である。


 でも、女はそんな噂を知らないのだろう。声をかけてくる女のその声は、歌をうたっているように、とても楽しそうなものだ。

 俺は釣られて笑顔になりそうになるが、慌てて、唇を噛んだ。


「別に」

「目は空色だわ…素敵ねぇ」

「…」


 女はどうやら、羞恥の炎で僕を殺したいらしい。じゃなきゃ、こんなこっぱずかしい事、言うはずがない。なに一つ考えてない、ついつい出てしまった独り言のように言うので、余計にタチが悪い。なにも飾らないその言葉に顔が熱くなった。

 俺は仕返しに、女を褒める事にした。俺の羞恥を思い知れ!


「アンタも、すすす、素敵なんじゃない」


そのリボン…

俺は情けなくて、この窓から飛び降りたくなった。

 彼女の褒めるところは沢山ある。天使の輪がかかった綺麗な髪、月のような色の瞳が優しく微笑んでいるその目だって良いと思う。赤い唇が特徴の、小さな顔を観察すればするほど、恥ずかしくなった。キラキラと光る水色のピアスさえ、直視できない。


 俺は多分、勉強のし過ぎで、人との会話を忘れたのかもしれない。だって、教科書にも、書物にも、資料にも、家にある図書室には何一つ人との話し方なんて本、置いていない。

 両親も、爺やも、使用人も友は学校で作ればいいと言って、与えられたものは、領地の資料と、腹を探り合う油断出来ないライバルの子息と令嬢。

 なにも考えてない人の心を探る方法なんて、俺は知らないし、褒め方だって、爺やが用意したカンペがなきゃ、わからない。


 気まずくて視線を逸らしたが、意味がなかった。

 だって、彼女が優しい笑顔で、俺の顔を覗き込んできたから。


「嬉しい!このリボンはね、地元の友達から貰ったものなのよ。ふふふっ素敵でしょ?」

「…うん」

「今日は朝にイチゴを食べたから、真っ赤なリボンを選んだの!そのイチゴはとっても甘くて、お母さんにお願いして、イチゴジャムを作って貰ったわ」

「そ、そう」

「私、スコーンを持ってるの。もし良かったら、食べてみない?」

「う、うん……ん?」

「ベリーと、オレンジもあるわ!」

「な、なにをしてるんだ」


アンタはここで、パーティーをするつもりか?

そう笑ってしまうほど、彼女はバックから沢山のスコーンと、様々なジャムを取り出した。笑いそうになった口を抑える。上に立つものは、簡単に表情を崩してはいけない。そう言われ続けたからだ。


「リボンを褒められて、私 とても気分がいいわ!それに貴方は特別よ。私の特別!」

「…ふ、ふーん」

「この汽車に乗るまで、すれ違う人たちに、髪や瞳を沢山褒められたけど、嬉しくなかったわ」

「…どうして?」

「だって、みんな 私よりもとても素敵な色をしているのだもの!嫉妬してしまうもの!」

「…」

「それに、スタイルも褒められたわ…」

「ブッ!!!」

「確かに、私は同世代の子に比べたら、発育が良いかもしれないけど…老けてる、と言われたみたいで不愉快だったわ…」

「くっ…ははっ、くふふふふ」

「どうして、笑うの?」


そんなに楽しい事を言ったかしら?

彼女はキョトンと何もわかっていない顔をして首を傾げた。それが、先ほど 羞恥もなく人を褒めていた大人な女にしては、子供っぽい仕草で、俺はもっと、笑ってしまった。

 それに彼女は、本当になにもわかっていない。男が、夜会やパーティーで、髪や瞳を褒めるのは紳士の常識だが、こういうプライベートの場所では違う。

 自分は貴方に好意があります。という、初歩的な求愛行動の一つだ。つまり、ナンパだ。

 僕のコンパートに乗り込んだ彼女の隣は、性別のない妖精族だった。先ほどの彼女達の会話を聞く限り、どうやら今日より前から知り合いだったらしい。だから、妖精族はナンパ野郎ではない。


「でも、貴方の笑った顔を見れてよかったわ」

「…は?」

「ふふふっなんでもないわ。はい、あーん」

「やめっ…んぐ」

「ふふ、あ、美味しいかしら?」

「…不味くはない」

「そう!そうでしょ!とても美味しいでしょう?喜んで貰って良かったわ。もっと食べて頂戴ね」

「しょうがないから、食べてやる」

「ふふっありがとう」


 …きっと、ナンパした奴等は、この優しい笑顔にのらりくらりと逃げられたのだろう。



「セル!お待た…って何これー!なんでボクがいない間にパーティーしてるの!なんでボクがいない間にパーティーしてるのっ!」


 売店から戻ってきた妖精族が、バラバラと買ってきたお菓子を落とした。俺は慌てて浮遊魔法を使って、下に着く前にお菓子を救出した。こんな面倒な事をしたのは、俺のせいでお菓子を落とした、とこの妖精族に八つ当たりされない為だ。

 しかし、意味はなかったらしい。女には、情けない表情を向けていたのに、俺を見るその目は、眼光で殺してやると言わんばかりだ。


「オマエがセルを唆したの?」

「はぁ?何を言ってるんだ」

「セルゥ!!」

「あらあら、レイアどうしてそんなに怒ってるの?せっかくの主役がそれじゃあ、悲しいパーティーになってしまうわ」

「だって!だって!……え?ボクが主役?」

「そうよーレイアの事 待っていたんだから」

「え!ほんと!」

「ふふふっほんと ほんと」

「…アンタ」


 何を都合のいい事を。と、ジト目で彼女を見てしまうのは、仕方ない事だろう。俺の事を特別だといって、俺の為にお菓子を出したくせに。俺が主役じゃないのかよ。

 俺の不満に気付かない女は、ヘラヘラと上機嫌に笑って隣を陣取る妖精族の頭を撫でた。俺はその光景を見て、目を剥いた。

 警戒心が高く同族にすら触れ合いをしない妖精族と、連むなんてよくできるな。と最初 驚きはしたものの、まさか、飼い猫のように懐かせるなんて。

 女は妖精族を撫でながら、此方を見た。ふっと柔らかく微笑む彼女は言うのだ。


「さぁ、レイアと貴方が主役のパーティーを始めましょう」




 妖精族は、俺が初めて聞く呪文を唱え、杖を振るった。幾つもの鈴蘭が生まれて、空中に浮かんだ。それに ふぅっと、妖精族が息を吹き込むと、虹色に輝く。

 女は、セルフィナ・レイヤーは、凄い凄いとはしゃいでいた。そんな彼女を見た妖精族、レイア・アレル・フォ・マッカートニーレスカは胸を張って誇らしげな顔をした。

 あの後、俺たちは自己紹介をし合った。魔女のレイヤー、妖精族のマッカートニーレスカ、そして魔法使いの貴族の俺、アレクサンダー・ヴェリタス・ア・ラインハルト。

 妖精族はあのラインハルト家の一族か〜 と笑って、女は頭にハテナを浮かべていた。


「アンタ等、ほんと不思議だな」

「ハァ?貴族の坊ちゃんのオマエの方が、摩訶不思議でオモシロイよー」

「レイア」

「セルーだって、坊ちゃんが失礼な事を〜」

「貴族ってほんとにいたのね」

「アハッそっちか〜セルは無知でカワイイね」

「あら?無知ってなにも知らないって意味よね?でも、私はとっても物知りよ?」


例えば、レイアが擽ったいところとか。

そう言って、彼女は妖精族の脇を擽った。キャタキャタと笑う妖精族に、レイヤーは手加減をしない。

 窒息死をさせるつもりか、と思うほどしつこいものだった。



一息ついた俺たちは、自分たちの出身の話になった。


「へぇ?人間界に住んでいたのか」


 だから、貴族と聞いた時、のほほんとしていたのか。普通は、焦って媚びを売るものなのに。特に、俺の家名を聞いた時は。

 人間界では貴族制度が廃止されたと聞いた事がある。彼女にとって貴族云々は、御伽噺の世界のようなものなんだろうな。

 残念だったねー、と妖精族が笑う。



「そうなの。だから、異世界には前日から滞在していたわ」

「え?!何ソレ!滞在?!ボク聞いてない!それなら、ボクの別荘で一緒に泊まっていれば良かったのに」

「そうね、じゃあまた今度、お世話になるわね」

「ウンウン!もちろんだよぉ!任せてよぉ!」


 レイヤーは、笑いながら 妖精族が買ってきたカラフルなカリソンデクスを食べた。俺もそれを頂く。外はカリッとして、でも中は優しい食感の甘いお菓子。フレッシュハーブティーにぴったりだ。

 妖精族は、レイヤーのジャムがお気に入りらしい。何もつけず、ビンからジャムを直接食べている。レイヤーは「気に入ってもらって嬉しいわ」と笑った。

 俺だって、そのオレンジジャムをもう少し食べたかったのに…馬鹿な事だと、とても小さな事だと思う。我慢なんてなれたはず、不安も、苛立ちも、そんな感情、殺すのは得意なはず。当たり前に、あの家でやってきた事なのに、それなのに、何故だろう。ついついレイヤーに当たってしまうのは。


「アンタ、そんな甘ちゃんでこの先やっていけるの?」

「ハァ?セルに喧嘩を売るなら、ボクが買うよ」

「…」

「無視かよ…」


 なんだよ、それ。無視ってなんだよ…アンタなら、俺と友達になってくれるって、俺を受け止めてくれるって思っていたのに

 

「セ、セル?どうしたの?傷付いたの?やだ、悲しまないで、ボクがいるよ」

「私、名前を教えたわ。レイア、私 ちゃんと自己紹介したわよね?」

「うん、したよ。ちゃんとしたよ、坊ちゃんに自己紹介してたよ」


 予想外の言葉に、思わず涙が引っ込んだ。

 ジト目で睨む妖精族の隣に座るレイヤーは下を向いていて、どんな表情をしているのか分からない。しかし、次第に彼女がグスグスと鼻を鳴らし始めた。名前を呼ばれないだけで泣くなんて、絶対ウソ泣きに決まっている。

 そう思うのに、同様するのは 彼女のせいか、それとも殺気のこもった目で俺を睨む妖精族のせいか。


「レ、レイヤー…」

「…」

「ダメだって」

「なっ!」


 家名を呼んだのに、彼女は首を左右に振って却下した。知り合ってそんなに経っていないというのに、まさかこの女、名前を呼ばせる気か?女のすすり泣く声が大きくなり、妖精族の眼光が強くなる。


「セ、セルフィナ」

「…」

「まだだって」

「くっ!」


 俺は、愛称で呼ぶ友なんか一人もいない。それなのに、女は愛称で呼ばせようとする。売られた喧嘩は買うぞ、レイヤー。


「セ、ル」


 顔に熱を感じながら、俺は先ほどより大きな声を出した。


「セ、ル、セル」

「…ふふふっ」

「セル!」

「ふっなぁに、アレク」

「…」

「何度呼ばなくても大丈夫よ。ちゃんと、聞こえてるわぁ」

「大丈夫、セル?」

「うん、ふふ、大丈夫よ、何てことないの、レイア。うふふふっ、ちょっとした演技だから、ただの悪戯だから」

「セルってば、イタズラっ子だなー!」

「…」


 アンタが、なんで俺の愛称を…

開いた口が塞がらなかった。家族すら呼んでくれない俺の愛称を、女は涙ひとつ流れていない、ニッコリと嬉しそうな顔で笑った。

 やられた。そういえば、女は初めから俺の名前を一度も呼んでいない。どうやら彼女は、はなから貴族の長ったらしい名前を呼ぶつもりなど、なかったらしい。


「改めて、よろしくねアレク」

「ヨロシクねーアレク」


 楽しそうに笑う二人に、俺は、悔しかった俺は、でも、この状況を楽しんでる俺は、釣られて笑った。


「あぁ、これからよろしく。セル、レイア」


 カチン、と三つのティーカップが重なる。沢山のスコーンに、様々な味のジャム。俺たちを囲むように浮かんでいるのは、カラフルなカリソンデクスと、ココナッツビスケット、チョコがたっぷりかかったドーナツに、クマの形をしたキャンディ。

 大きく、長い列車の中、紅のドアのコンバートで、マナーなんてないお気楽なパーティーを俺たちはしている。





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