あれ?もしかしてバグってる?
この世界は、私がプレイしてたゲームとは少し違うのかもしれない。
そう初めに感じた違和感の原因は、我が弟シルヴェスターで、そう確信したのも我が弟シルヴェスターだ。
シルヴェスターが家族になったのは、クリスマスが終わり数週間経った後だった。でも前世の私の記憶では、シルヴェスターが来たのは、クリスマスの日。
セルフィナは、クリスマスに弟が出来るなんて素敵!と喜び、お小遣いで買った赤いピアスを、シルヴェスターにプレゼントする。
クリスマスが明けたら、次はシルヴェスターの誕生日。賑やかで温かい家に、自分だけの為に買った書物、「生まれてきてくれてありがとう」と言ってくれる家族に、シルヴェスターが赤面して泣くのだ。
普段、無口で無表情の彼が子供のようにピーピー泣いて、「ありがとう」と何度も言う。その赤くなった耳には、セルフィナから貰った炎のように真っ赤なピアスが着いていた。
――はずだった。
シルヴェスターが、私の家に来たのは、クリスマスが終わった数週間後。つまり、彼の耳にはピアスなど付いていない。
だが、私の耳にはついていた。赤ではなく、水色のピアスが。
「いいんじゃない」
「あ、ありがとう」
動揺せざるを得ない。シルが、珍しく褒めているのに。シルは嬉しそうに私の耳に触れた。そこには、シルと同じ瞳が輝いていた。
あの日からディオン達とシルは急激に仲良くなった。シルは、口が悪いものの元々寂しがり屋だった。そんなシルと面倒見の良いディオン達は、相性がとても良かったらしい。
なんやかんやあり、漸く町になれたシルは、私に内緒でバイトを始めた。
そのバイトは、私も欲しい本があったので一時期した事がある、簡単な仕事だ。私以外にもダジィや、ギル達もしている。つまり、そのバイトはダジィ達も一枚噛んでいるという事だ。
あの日とは、私がディオンに、シルばかり構っている、と図星を指されて、勢いで怒鳴って、遂には嘘泣きをして誤魔化した、後悔しかないあの日だ。女の涙が如何に安いものか…
はぁ…自覚はあったのよ…だって、後ろを追いかけてくるシルって、とっても可愛いんだもの。ユリィだって、ディオン達に慣れて最近甘えてこなかったし、仔犬には弱いのよ…
私が逆ギレしたと気付いていないディオン達は、仲直りパーティーだ!と言って家に遊びに来た。リビングにはお昼寝してるシルがいた。
ディオン達は気持ちよく寝てたシルに構わず、わちゃわちゃと構い倒した。
「セ、セルフィナ来襲か!」
その第一声を発して目を覚ましたシルは、初めにディオン達に驚き、つつつ と視線を移動し笑う私を見て、またディオン達を見た。
その目は正しく、親の仇を見るような目で、私は嫌な予感がした。シルが魔法を使おうとしたのだ。
しかし、私と一緒にほのぼのと彼等を見ていたお母さんが、消去魔法でシルの呪文を霧のように拡散した。
そんな一コマに、全く気付いていないディオン達が、シルをもみくちゃにする。
シルは、初めは嫌そうな顔をしていたが、次第に表情を緩めて「うざ…キモいんだけど…」と言った。言葉とは正反対の顔をするシルを見て、ディオン達は笑った。
可愛くない弟が出来た、と笑った。シルはそんな彼等をスナイパーのような眼光で睨みつけていた。
でもね、私は知っていたよ。シルが、ディオン達の仲間に入りたがっていた事を。まだ、私がディオン達と話す事を、よく思っていないみたいだけど…
そんなわけで、私が異世界で入学準備をしつつ、友達作りをしていた間、シルはディオン達と連んでいた。
遊んでたのは知っていたけど、まさか、まさかバイトをしていたなんて!お姉ちゃん、初耳なんだけど!!
通りで、夜 ベッドの中でのお喋りが、適当な相槌で、早く寝てしまうわけだ!バイトで、疲れていたのね。私はそんな事知らなかったから、構ってくれい寂しさで、仕返しにシルの腕を勝手に枕にしていた。バイトで使うその腕を…疲れきったその腕を…あぁ、知っていたら、そんな幼稚なことしなかったのに…
反省をしてる私に構わず、嬉しそうにピアスを眺めるシル。そんなシルに私は付けてもらってから、思ってた疑問を口にする。
「シル、どうして…私なんかにピアスを?今日が誕生日じゃないわよ?」
「え?理由って必要?」
「…だって、高かったでしょ」
「そんなの、女の子のセルフィナが気にしなくていい事だよ」
シルが、紳士に…大人の男になっている…
「なんで泣いてんの。ふふ、変なセルフィナ」
「ありがとぉ…ありがとう シル。大好きよ」
「…うん」
「大事に、大事にするよ」
「うん、そうして。ずっと付けていて」
「うんうん、もちろんだよぉ…」
いつもは、私がシルの頭を撫でているのに、今日は逆ね。でも、なんだか恥ずかしくなんてないの。ずっと胸がぽかぽかして、心地いいの。
私は、グズグズと泣きながら、風車に隠れているディオン達に振り返った。私のまさかの行動に、ギョッと目を向く彼等。私は、充血して、見るに耐えない顔をしているだろうけど、構わず笑った。笑って、彼等に手を振った。
「ありがとう!ディオン、ダジィ、アシュ、ギル、ユリィ、ショーン、グレン!!みんなありがとう!大好きよー!みんな大好きー!」
私の声の大きさで、驚いたディオンがバランスを崩して、雪崩のようにみんなが転けた。
私はそんな彼等を見て、口を開けて笑った。白かった丘はもう、緑色の絨毯が引かれている。優しい春の丘は、私の笑い声がいつまでも響いた。
セルフィナの機嫌が、とても良い。暇さえあれば、窓に映った自分を見ている。髪を結って丸見えの耳には、いつも金のフープピアスがついているが、今は僕の目と同じ水色のピアスが、そこには輝いていた。
セルフィナの金のフープピアスは、今は僕の耳に付いている。だから会う度に、ダジィ達は羨ましそうにこちらを見る。僕はその度に鼻で笑って、見せびらかした。
――ダジィ達とピアスを買ったあの日、ピアスに嵌める石で喧嘩になった。ダジィとギル、グレンは黒がいいという。アシュとディオン、ユリィは翠色が、ショーンは花のピアスがいいと言った。みんな、自分の瞳の色がいいと言う。僕は拉致があかないと、彼等に提案した。
「水色がいいんじゃない?」
「それ、お前の瞳だからだろ!」
僕は核心を突かれたが、セルフィナお得意の何も分かってない顔をした。うぐっとみんなが息を詰める。首をかしげるその仕草に、セルフィナが重なったのだろう。
「僕はただ、空色のピアスが素敵じゃないのかなって、思っただけなんだけどな。だって、離れていたってこの空の下には僕達がいて、セルフィナがいる。そういう意味で良いんじゃないかなって…」
思っただけなんだけどな…
そう顔を伏せて、僕は弱弱しく言った。
「わかった、わかったから。誤解して悪かった。そんな顔をするな、シル」
「確かに空の下〜っていうのは、素敵だねー」
「僕も、水色のこのピアスが良いと思う!」
伏せる顔の下、ニヤリと自分でも悪どい顔をしたと自覚があった。バーカ、春になればセルフィナはこの空の下になんて、いなくなる。
異世界の世界。それは今 僕達が住んでいる地球ともう一つの地球。同じように、水もあり、土もあり重力もあるそのもう一つ地球は、造りが一緒だが住んでいる住人は、地球とは全く違う。
「シル、見て。今日はチーカから貰ったリボンを付けているの。後で、広場に行きましょうね」
「うん」
セルフィナを好きなのは、僕達だけじゃない。僕達があげたピアスを付けるようになって、僕がセルフィナのピアスを付けるようになった次の日、僕とセルフィナは町のみんなに質問攻めに合い、怒られた。
僕達8人は、みんなに内緒でセルフィナにしたプレゼントしたからだ。他のみんなはズルい!と凄く怒った。
そんな彼等は次の日、各自リボンを手にしてセルフィナに会いに来た。セルフィナはとても嬉しそうにして、それから毎日彼等から貰ったリボンを付けている。
僕は、他の奴から貰ったリボンを付けるなんて、とても嫌な気持ちになったけど、みんながセルフィナを大好きで、セルフィナもみんなが大好きだから、何も言えなかった。
まぁ、セルフィナの一等は この僕なんだけどさ。
今日のセルフィナのリボンは、水色だ。僕の瞳より少し濃い。
「セルフィナ」
「なぁに、シル?」
「…可愛いよ」
顔を近付けてそう褒めたら、セルフィナは顔をほんのりピンクに染めて、はにかんだように笑った。
僕は、セルフィナのこの顔が大好きだ。ダジィ達の前ではお姉さんぶるセルフィナが、僕より年下なんじゃないかと思うほど幼い、女の子の顔をする。しかも、その顔を作れるのは、セルフィナの父のダンや、ディオン、ダジィ達じゃない、この僕だけ!
好きだよ、その言葉を隠して 僕はセルフィナのダークブラウンの髪を撫でた。