ガチャスト第三話
ダイスを全て振り終わると先程までの簡素な画面と打って変わって今度は装飾過多とも言えるようなそれが表示される。
そして中央にある全時代的な機械は・・・なんだろう?近代の自販機に酷似しているが、ガラスの奥にあるのは綺麗に陳列された商品サンプルではなく乱雑に入り混じった球体のカプセルだ。更に排出口の上には大きなハンドルが備え付けられている。
横に小さく表示されたポップアップを見てみると「Crank on "Gachapon" (Assistant). 」と書いてある。ガチャポン(助手)? この大きい矢印で強調されたハンドルを回せば良いのだろうか?
そして僕は恐る恐るマウスポインタをそれに合わせてからクリックする。
するとハンドルが自動で回り始め、デフォルメされたアニメーションが開始され最後にはカプセルが排出される。それがパカンと開いたかと思えばまるでトレーディングカードのようなものが出てきた。その黒い枠をしたカードの上、四分の三ほどは可愛らしい女の子の絵、残りの下は恐らくテキストスペースなのだろうが「テレサ/Assistant」という文字しかなく、空白がほとんどだ。
ここで思い出したかのように新たなウィンドウが出てくる。
「After this , Your assistant character will serve the progress . Good Luck Mr Hikaru .」
そして画面が暗転する。
しかしそれからというもの、一分程立ってもこれと言った反応は無く未だにモニターは黒い光を発しているだけだ。今までのロードは一秒と掛からなかっただけに故障を疑ってしまう。けれども僕が身じろぎをしようと体を動かす直前に画面の右下に先程見たカードの女の子がパッと表示された。
「ん?私を引いたんだ?中々運がいーじゃないキミ」
AIらしくない口上が耳に届く。
「ていうかなんでパーソナルフィールドオフにしてるの?もしかして露出狂だったり・・・?」
PFなんてものがあったのか、道理で静かだと思った。確かに両隣を見れば蜃気楼のような光の歪があるだけで音も聞こえなければ人も見えない。さて、スイッチは何処だろうか。
「ん、マウスとキーボード操作って・・・。ああなるほど、いいよいいよこっちでオンにしておくから」
「これで・・・よしっと。うん、これで外との遮断が完了したよ」
中々どうして優秀な人工知能だ。脳波入力もなしに、恐らく視覚情報のみで僕の欲していることを察するのは店売りのものとは比較にならないのではないか。
それに加えて科白に障碍は感じられず自然と僕の中で会話欲求が生まれてくる。
しかしパソコン周りを探せどもマイクが見つからない。流石にこれは高望みをし過ぎだろう。それならばと、BCDに手をかけるがAIが再び話しかけてくる。
「もしかしてマイク探してる?それならモニターに内蔵してるからPF内部だったら簡単に会話できるよ?」
内蔵していたのか、と少し驚きつつもマイクをテストしてみる。
「うん!聞こえるよ!」
「へぇ、本当に優秀だね。テレサ、でいいのかい?」
「うんうん、バッチシ合ってるよ。キミは?」
「僕は斎了ヒカル、最初から迷惑掛けちゃったね。ありがとうテレサ、助かったよ」
そう言うと彼女はふふんと鼻を鳴らしたかと思えば得意顔でこちらを見てくる。
しかし、それにしてもよく出来ている。3Dで表示されたテレサのモデルは在り来りな人間と遜色のないモデリングであるが優秀なAIが入るとここまで人間臭くなるものなのか。
「あ、あのヒカル・・・。そんなに見つめられると流石の私でも恥ずかしくなっちゃったりしちゃうんだけどなー・・・」
良く見れば彼女の顔がほのかに紅潮している。随分と細かい所まで設定していて感嘆する。
「ああ、ごめんねテレサ」
僕がそう言うと彼女はこんと可愛らしい咳をすると改まったかのようにゲームの説明を始める。
「ええと、それじゃゲームの説明をしていきますね」
「先程言われた通りあなた、ヒカルにはストラテジーゲームの国家の全体意思をロールプレイして貰います」
どうにもここが最初の説明でピンと来なかった部分だったので少し待ったをかける。
「そこがいまいち分からない、僕でも分かるよう説明してくれないか」
「うん、勿論!」
「例えば大昔に国を動かしていたのは元首ですよね、でも人間の寿命は持って100から150でしょう」
「流石に国家元首を代々演じていく、というのは面倒ですし寡頭政治に至っては二人以上になってしまいますからね」
なるほど、だから国家の"全体意思"の役割演技ということなのか。
「ありがとう、よくわかったよ。続けて」
「ええと、ゲームに至ってはありきたりなストラテジーゲームやシミュレーションとなっています」
「掻い摘んで言えば土地をかけて戦争したり、技術を進めて周囲との優位を取ったり、変わり種では重商主義をもって札束で殴ったり・・・と言ったところでしょうか」
「とにかく、あなたが勝つためには"最後"の一人になることが必要です。余程のことが無い限り大抵最後は戦争によって決着がついてしまいますから、そこはご留意してくださいね」
しかし勝つためにはとは言われやはり僕の能力値では厳しいのではないか、という考えが頭をよぎる。どの能力値がどういった効果をもたらすかまだ分からないので思弁的な考えになってしまうが、運が高いだけでは戦争に勝てるとは思えないのだ。
「ん、説明終わり!閉廷!」
「後はチュートリアルやりながら・・・ってヒカル、どうしたのさ。暗い顔して」
彼女はまるでこちらを覗き込むような仕草を見せる。
「僕の能力値じゃ勝ち目は薄いかなと思って」
「うーん・・・。ヒカルはBCD付けてないないから良く分からないけどさ、それでもそう言うってことは勝利を欲してるってことでしょ?」
「何か大事な理由があるんだろうけど、それってこの機会を逃したらもう叶わないことなの?」
そうだ、とはっきりと言える程には切羽詰まっているということはない。兄さんにはああは言ったがそれでもまだ余裕はあるだろう。ただ僕に堪え性が無いだけだ。
「本気で勝利だけを目指すのも悪くないけど、それだけじゃつまらないよ。これはゲームなんだから楽しまなきゃさ」
確かに、僕は少し焦りすぎていただろうか。急に舞い降りてきたチャンスだけに目が眩んでいたかもしれない。駄目なら駄目で僕が一年堪えればいいだけだ。それなら彼女の言うとおり少しでも"ゲーム"を楽しんだ方がいいだろう。
「ふふ、そうだねテレサ。折角のゲームなんだ、楽しむことにするよ」
「だからと言って勝ちを諦めた訳じゃないけどね」
「うんうん、それが一番だよ。これはデスゲームって訳じゃないんだからね」
「よし!それじゃ、まずはチュートリアルから始めよっか」
ゲーム内
B.C 1000年 領域国家ローゼブル周辺 俯瞰マップにて
モニターにはまるで地図を上から見たような光景が映しだされていた。そしてそれは衛星写真のように山や川などの自然が描かれている。
良く見れば小さな川の水は流れ、木は風に身を任せてゆらゆらと揺れており、現実の景色をヘリにでも乗って観覧している気分だった。
また、地図には恐らく僕の操作するであろう国が表示されていた。その周りの土地は青色で塗りつぶされていて、自らの領域を示しているのだろう。中心にはデフォルメされた石造りの街が配置されており、その上に楕円の枠で囲まれた"オンディーナ"の文字。
一方で画面の前面には装飾気の無い質素なUIが映しだされていたが、右下のミニマップとその上にあるテレサが表示されたワイプ以外では僕に理解できる所はなかった。
「ん、それじゃ始めよっか」
「最初にHUDの見方を説明するね」
彼女がそう言うとUIの上の方、数字が並んだ部分が赤枠で囲まれる。
「ヒカルから向かって左から、金貨アイコンの横の数字が保持しているお金だね。このゲームだと単位はゴールドってことになってるよ」
「それからその右の人間アイコンの数字は人的資源、今現在動員できる人数を意味してるんだ」
テレサに示された数字を見てみれば貨幣の方は"500"でマンパワーの方は"10000"を指していた。
「基本的にはこの2つの資源を使って内政をしたりユニットを作って戦争したりって感じだよ」
「それでその2つの収入を増やすにはどうすれば?」
「お金の方は他国と交易したりとか技術を進めたりとかかな。人的資源は新しい都市を立てたりして領域を増やせば内入は上がっていくね」
「なるほど。ありがとうテレサ、続けて」
「うん!次にメイン画面に移るね」
と、今度はHUDの画面全体に赤枠が走る。
「見ての通りその青い領域がヒカルの操作する国である"ローゼブル"の領域だね。それで"オンディーナ"ってのが都市名だよ」
「それとヒカルも気づいたと思うけどローゼブル近辺の地形は分かるけど、そこから離れると少し黒みがかってどうなっているか分からないでしょ?」
画面を見ればローゼブルの辺り一面だけがまるでスポットライトに当てられたように明るなっているが、それ以外は黒いもやが視界を妨げている。
「俗にいう戦場の霧。ユニットを送ったりして視界を確保しないとそこで何が起こってるか一切見えないから注意してね」
「ああ、気をつけるよ」
「うんうん、それじゃ最初は辺り一帯の霧を取り払ってみよっか。まずはユニット製作だね!」
「取り敢えず都市をクリックしてみて、ヒカル」
言われた通り都市をクリックしてみるとUIの下方に政策、技術、思想....などのように書かれたボタンが幾つも表示される。
「画面下に出てきたボタンの中からユニット製作ボタンを押してみて」
ボタンをクリックすれば新しいウィンドウが出てくる。どうやら歩兵か騎兵かを選べるらしい。
「歩兵の方をクリックして少し待てばユニットが生産されるからね」
歩兵を選択すると都市名の上に2:00と書かれた数字が表示される。恐らく二分立てばユニットが出てくるのだろう。
「でも何で騎兵じゃなくて歩兵なんだい?」
「ん、この時代だと普通は騎兵生産するとチャリオットが出てきちゃうからだね。戦車だと地形に左右されちゃうから・・・」
「斥候には向かないってことか」
自分の中で生じた疑問に納得が行くと少し余裕が出てくる。なんの気なしに先程出てきた都市のボタンを眺めていると"人材"と書かれているものが見つかる。
「この"人材"ってのは?」
「あー・・・。このゲームには人材スロットってのがあってね、そこに人材カードを当て嵌めると色々とボーナスが入るんだよね」
「だけどそれは私の時と一緒で、その・・・ガチャで引くんだよね・・・。しかも莫大な費用がかかるから"運"が良くないと費用対効果はあんまり良くないって感じだね」
「へぇ、興味あるな」
「ええっ!?」
「うーん・・・。まぁ指揮官なら・・・無名人材でも・・・役には立つかなあ?」
と、テレサが言いよどむが彼女がAIではないように感じられてしまう。
「んー、ヒカルがやりたいなら止めないけどリスクを考えてせめて指揮官ガチャにしてね・・・。」
「ああ、分かったよ」
了解の意を伝えるとすかさず人材ボタンを押す。するとユニット生産の時と同じように新しいウィンドウが出てくる。汎用人材と指揮官のボタンがあるが彼女の言うとおり指揮官の方を選択する。
一瞬の暗転の後にテレサの時と同じ綺羅びやかななガチャポンの画面が表示される。横には「Crank on "Gachapon"(Commander)」の文字。
そして僕は大きな矢印で強調されたハンドルをクリックする。そうすると再び派手なアニメが開始される。
「ああ、そう言えばヒカルの"運"はどれくらいなの?低いなら期待は禁物だからね!」
ワイプこそガチャのウィンドウに隠されてテレサの姿は見えないが、それでも彼女の声が聞こえてくる。
「丁度100だよ、テレサ」
そう応えた所でガチャガチャのカプセルがこちらに転がってくる。そして止まったかと思えばパカっとそれが開く音がする。
カードは金色の枠をしていた。左手に円形の盾、右手に鉄製の長剣を構えて雄叫びを上げる雄々しい男の絵。その今にも動き出しそうな絵は神話を描いた絵画のように感じられる。
そして下にはテレサの時と違って長々とテキストが書かれていた。
テセウス/Commander
・英雄の指揮官 (このカードが軍隊を指揮する時、追加でダイスを二回振れる)
・ヒーロー (このカードが参加する戦闘の相手が開始時に500人以下なら即座に戦闘に勝利できる)
・テセウスの剣 (このカードが参加する戦闘で敗北を受けた時、戦闘ダイスをもう一度だけ振ることができる)
「彼の剣は何回打ち直したって彼の剣だった」 - テセウスを知る者