ガチャスト第一話
西暦22xx年 6月17日 午後 1時32分 まるばつ町 さんかく通り
頭につけられたゴーグル状のディスプレイには数多くの広告のポップアップが浮かび、僕は足を止めざるを得なかった。
「アドブロック入れておいたのになあ・・・。」
画面を覆い尽くす程にやれ新製品のテレポーターが出ただの、やれ火星の土地がどうだの、と企業努力は感心するところがあるが流石にここまで来るとただただ邪魔なだけだ。
取り敢えずはネット接続を切ろうとゴーグルの後ろから出ているコードを抜くと、フッと目障りなアド達が姿を消していき最後には簡素なインターフェースに現在時刻や僕の体温、脈拍の数字だけが残った。
ところが安心したのも束の間、再び歩を進めようとすると新しいウィンドウがパッと表示され僕の足は地を蹴ること叶わず、寧ろ棒になったかのように立ち止まってしまった。そこに書かれていた文字に目を奪われてしまったからだ。
『あなたの願い叶えます』と簡素な文。
この一行が僕の冒険の始まりだった。
西暦22xx年、人類は尚も地球の支配者として世界に君臨し続けていた。大国たるA国が理想主義路線に変更して以降、各列強はそれに恭順。ニュースキャスターの口から戦争の二文字が消えるのにはそう時間は掛からなかった。今や各国では地球という単一の民族へと統合しようとするポストナショナリズムが主流派を占め、人々は永久の平和へと道を進めようとしていた。
また第一次技術的特異点を過ぎてなお、科学の進歩は目まぐるしい。
軌道エレベータ、月や火星のコロナイズ、街角を歩くロボットに脳波コントローラー。しかしここまでの発展を見せてなお、未だにクオリア問題に収拾がつかずに『強いAI』を作ることは目下の所不可能であり、人工知能は人類の脳に近似することが限界であった。
同年 同日 午後 6時21分 斎了家リビング
リビングのテーブルには椅子が4つ、だけどここにいるのは兄さんと僕とで二人だけだ。何も両親が出張中だとかそんな理由ではない。ただ十年前の事故で死んだ。それだけのことだ。
不慮の事故だったらしく、残された僕達二人には両親の遺産と莫大な保険金が降って湧いてきた。両親二人の親は他界していたため僕達がいなくなれば・・・という様なドラマは無く、親戚達は親切にとまではいかないが少なくともいびられることは無かった。
兄さんが就職した後、処分した生家を買い直してこれでまたこの家に住めるのだと浮かれていたのが三年前だ。けれども大学に進むことにした僕が合格の知らせを知らせようと家に戻ると兄さんが倒れていたのだった。
無理が祟ったのか、重い病気を患ったものの治療費は大学を諦めて借金をすれば十分届く額であった。
けれども兄さんはそれを聞いても「大学へ行け」の一点張り。なんとか説得しようものの兄さんに口で勝てる訳も無く結局大学へ通って三年経っていた。兄さんは会社をやめ入院費用が勿体ないとのことで退院、家で内職して日銭を稼いでいる。
「兄さん、調子はどうだい」
僕がこう言うと椅子に座った兄さんは困ったような顔で言葉を返す。
「大丈夫ですよヒカル、今日の私はすこぶる調子が良い」
「それより今日の夕食は何です?」
健気に振舞っているが兄さんの顔には生気を感じられず、空元気なのが丸わかりだ。
「今日はカレーだよ兄さん・・・。」
「おっカレーですか、期待できますね」
「ささっ早くよそってくれませんか?」
「兄さん・・・。今からでも僕が働いて借金すれば・・・。」
痛々しさすらも感じる兄さんの振る舞いに見るに耐えかねず、つい言ってしまう。
「ヒカル・・・。何度も言っているでしょう『大丈夫』だと」
「それにヒカルは近代学でしたっけ?後一年で卒業でしょう」
諭すような口調で兄さんは平然とそう言う。
ドンッと机を叩く音がリビングに広がったと思えば遅れて僕の手に痛みが走る。
「大丈夫じゃないよ兄さん!少しずつ細っていってるじゃないか!」
そう怒鳴ると兄さんは何時もの通りに困ったような顔をして黙ってしまう。毎回こうだ。この話をするときは決まって僕が怒鳴った後、兄さんがこの顔で黙ってしまう。兄さんは自分の命が惜しくないのだろうか?なんて邪推してしまう。
「もういいよ!」
ついカッとなって癇癪を起こしてしまう。頭ではいけないと分かっててもこれだ。
「ヒカル!何処行くんですか!それにカレーはどうするんです!」
それから家の外に出て兄さんの声が聞こえなくなるまでには一分と掛からなかった。
同年 同日 午後 7時01分 斎了家前
まさか大学生にもなってあんなヒステリーを起こすとは思わなかった。兄さんに悪いことしてしまったと後悔の念がふつふつと湧いて出てくる。
確かに兄さんが大丈夫と言うとおりにまだ二三年は大事に至ることはないだろうが、僕が心配性なだけだろうか?
ああ、駄目だ。今こうして正解の見つからない問題を解いていても時間の無駄でしかない。
そこまで考えてから明日の朝まで何をして暇を潰そうかと思案してみると、昼間に見たあの不思議な広告を思い出す。
『あなたの願い叶えます』
今どき宗教勧誘でも見ない古臭いキャッチコピーだ。ご丁寧に簡素な地図データまで添付してあったのだから面白い。見ればここからバスを使って一時間とかからない距離だ。
普段なら危険だと思って見向きもしないだろうが兄さんだって自身の命を軽く見ている。と、ありもしない言い訳を自分に言い聞かせてまで僕は地図に示された場所まで行くことにした。
単純な好奇心。それともしかしたらこれで兄さんの病気が治るかもしれない、なんて淡い期待を持って。
同年 同日 午後 7時47分 まるばつ町 しかく地区周辺の裏路地
バスの乗継を挟みながら40分程、添付された地図の通りに歩いているとあっさりと目的の場所に着いてしまう。
ビルとビルに挟まれた路地裏。かすかに見える月や星は遥か遠くに感じられ、この暗い一帯を照らすのはこちら側についた2つの建物の窓から差し込むか細い光のみ。
また、辺りを見回してみてもゴミと黄色い駐禁キップの切られたホバーバイクだけが僕の視界に入ってくるだけだ。
時間の無駄だったかな、と僕が見做そうとした瞬間にゴミ袋の裏から柔らかい紫色の光がふわっと広がる。少し驚きながらも光の方に近づいて良く良く見るとそこには昼間見た新製品の六角形をしたテレポータが鎮座していた。
やっぱりこれは誘われているということなんだろうか。新製品のこれをこんな所にむざむざと捨てる理由は僕にはこれと言って思い付かない。テレポータの乗った先には一体何が待っているのか。
一呼吸つけた後、それでも収まらない心臓の鼓動を耳に僕はテレポータに恐る恐る足を乗っける。
同年 同日 午後 7時50分 ?
そして次の一瞬に視界が暗転したと思えば、すぐに三半規管が狂ったかのような平衡感覚の崩れがやってくる。
前に使った時程は酷くないがそれでもこの座標酔いは耐え難いもので、つい四つん這いになりながらえずいてしまう。
それから少し落ち着いてくると顔を上げて周りを見る余裕ができるもの周囲は暗く明かり一つすらない。ただ、手の先に意識を向ければ床にカーペットが敷かれていることが分かるだけだ。
やがて吐き気が収まったので立ち上がろうと手に力を入れるとパッと眩い光が瞳を突き刺す。思わず目を瞑ってしまうが
明かりは一つ、一つと増えていることが瞼の裏から入ってくる光の量で分かる。
最後に光量が増して少し経った後、目がようやく蛍光灯の白い光に慣れると辺りの視界が開けてくる。そして目の先には資料で見たような一世紀以上前のパソコン室のような光景。目につくのは今日では見ないデスクトップ型の古いパソコンだ。おまけとばかりにマウスにキーボードも付いている。
そして人、人。十や五十では下らない数の人間がこの広大な時代錯誤の部屋に集まっていた。
それから、ざわざわと人の喧騒が広がるにつれて完全に目が光に慣れると大凡の人数に推測が付く。ざっと100人程度だろうか。パソコンもその人数分あるのだろうか。
部屋の中をキョロキョロとしていると突然、凛とした鈴のような声が響き渡る。そしてそれに合わせ喧騒も自然と収まっていった。
「皆様ようこそ、我がゲーム大会へ」