女神の目覚め
「……スリサズ……僕の鞄を見なかった……?」
「上にあった。持ってきたわ」
「……見せて……」
ハロルドが鞄に手を伸ばしたが、手が震えてフタを開けられず、スリサズが代わりに開く。
「笛は無事よ」
「……他にも……大事なものが……」
スリサズが鞄のポケットを調べると、魔力を帯びて光り輝く、不思議な封筒が出てきた。
「これ?」
「……違う……」
鞄をひっくり返す。
今度は小さな箱が出てきた。
開けると指輪が入っていた。
ハロルドが微笑んだ。
「これって、いったい誰に?」
「……去年の春の終わりに、ポーラに好きだって言われたんだ……本当は僕の方から言わなくちゃいけなかったのに……だから今度こそ僕から……」
ポーラがハロルドに何をしたのか、そしてどうなったのか。
スリサズの口から伝えることはできなかった。
青年は指輪を抱きしめて目を閉じた。
「ハロルド!! 寝ちゃ駄目!! 寝ると体温が下がる!!」
「……笛……笛を……」
スリサズが先ほどの笛を手に取ってハロルドの唇にあてがい、ハロルドの手袋を脱がせてその指を笛に添える。
整わぬ息。
押さえきれぬ音孔。
弱々しいメロディーが流れる。
(ここから吹いても女神に届くの?)
スリサズはハロルドの体を支えつつ、ポケットから父のレンズを引っ張り出して覗き込んだ。
洞窟の隅、壁と床の境目ぐらいの辺りから、ニョキッとタケノコのように、人間の頭部のようなものが生えてきた。
「わひゃ!?」
スリサズは思わず悲鳴を上げてしまって、そんな態度を取ってよい相手ではないと思い出し、取り繕うように慌てて頭を下げた。
その存在は、肩、胸、腰と、徐々に上がって、やがて全身を現した。
まるで墓から這い出すゾンビのような登場の仕方だが、しかしその全身は聖なる光に包まれ輝いている。
山の女神は、寝過ぎで頭痛がするとでも言いたげな……
不機嫌さの中にノンキさがただよう顔でスリサズとハロルドを交互に見やり……
やがて鞄の横に出しっぱなしになっていた封筒に気がついて、嬉しそうに手に取った。
女神の顔に笑みが広がるに連れて、洞窟の中が暖かくなってゆく。
ハロルドが目を閉じて静かな寝息を立て始めたが、この温度なら大丈夫だろう。
女神は軽く首を傾けてハロルドを気遣う様子を見せつつも、女神としての仕事の遅れに気がついたのか、フワリと宙に浮き上がり、洞窟の天井をすり抜けて外へ出て行った。
どこからかチャポチャポと雪解け水が流れる音が華やかに響き始めた。
花畑村に春が来たのだ。
壁沿いの湧き水が、かさを増してしぶきを上げる。
スリサズはハロルドの体が濡れないように、湧き水を魔法で凍らせてせき止めて、そのまま氷の形をいじって、外に出るための螺旋階段を作った。