今のスリサズ
北国の遅い春の陽気に包まれて、小柄な少女は上機嫌で花咲く野道を歩いていた。
いかにも流れ者といった丈夫なだけの衣服の上に、さまざまな文様の描かれた魔法使いらしいローブ。
背負い鞄に刺した樫の杖。
氷の巨人を意味する名前……スリサズ。
やがて小さな町に着き、薄汚れた酒場を見つけて迷わず入る。
ドアベルの音に店内の客達の視線が集まり、ガハハと荒々しい笑い声があふれた。
「お嬢ちゃんにはミルクぐらいしか出せねーぜ」
いかつい顔のマスターが、フードを脱いだ十三歳の少女のふわふわにカールした銀髪を見下ろす。
「品ぞろえ悪いわね。ホットで。しっかり火を通してよ」
マスターにとってはスリサズのような客は珍しくても、年の割りに長く旅をしているスリサズにしてみれば慣れたものだ。
まさか本当に注文されるとは思っていなかったマスターが慌てて鍋を捜す間に、スリサズはツリ目がちだがクリクリした目で素早く店内を見回した。
掲示板を見つける。
そこには冒険者へのさまざまな依頼が張られている。
護衛、魔物退治、手配犯の捜索。
いずれも物騒で、いずれも馴染みのものばかりだ。
「あれ? 君、もしかしてスリサズちゃん?」
その掲示板に今まさにポスターを貼ろうとしていた青年が、画鋲を手にしたまま驚きの声を上げた。
「……誰だっけ?」
スリサズは眉毛を寄せて青年を見やった。
この世界に魔法を使える人間は少なく、若い魔女などすれ違っただけの人の記憶にも残る。
対する青年は、顔が季節外れの雪焼けをしている点を除けば、取り立てて特徴のないどこにでも居そうな男性だった。
「ジェフリーだよ! 覚えてないかなぁ、ほら、花畑村の……あれって何年前だったかな?」
「ああ! あたしがかくれんぼして遊んであげた子!」
スリサズがポンと手をたたく。
「いや、オレが遊んであげたつもりだったんだけどな」
どう見てもスリサズよりも思い切り年上の青年が苦笑いで頭を掻いている間に、貼りかけのポスターがくるくるとめくれて、慌てて抑える。
スリサズの目は、そこに書かれた文字を無意識のうちに追っていた。
――春告げ鳥を探しています――
その一文は、事情を知らない人にの目はお寒いポエムのようにしか映らないだろう。
しかしスリサズにはこれだけで村の危機が伝わった。
「うそ! ハロルドが居なくなっちゃったの!?」