MD2-082「過去との邂逅、そして別れ」
「あの村に、ですか?」
「うん。本番前にね、どうしても気になるんだ」
旅支度を終え、ひとまずのお別れの挨拶の朝。
何かを感じ取ったような言葉少ない朝食の後、
僕はマリーを呼び止めて旅に出ることを伝えた。
ただし、必ず戻ってくるよ、と約束をする形で。
マリーのことは大事で、何よりも代えがたい人、と言えるぐらいではある。
ただ、僕の旅自体はまだ終わってはいけないのだ。
両親の帰りを待つのは、今の僕にはできない。
もしかしたら、もういないかもしれない親より
自分の幸せをつかめ、と怒られるかもしれないけども……。
僕の幸せには両親が行方不明のままでは到達できないとは思うのだ。
とはいえ、ただ単にどこかに行くという訳でも無い。
「僕もマリーも、今……親がいない。だから、
どこか急いでしまうところがあるような気がする。
隣に誰かいてほしい、みたいなね」
思うところがあるのか、マリーは何度も頷くようにして押し黙っている。
僕が行こうとする先、それはマリーの両親が亡くなったという村。
前にも考えたように、流行り病だとするといろいろとおかしいのだ。
よく話を聞くと誰もが流行り病だというけど、
どんな病気なのかはわからないのだということがわかった。
「ふむ……私も聞いただけでな。既に皆死んでしまった後だったのだ。
苦しんだ様子もなく、何かで刺されたといったこともなく、静かに死んでしまう。
そんなものは流行り病の1種でしかありえないだろう、とね」
審問官を引き連れた状態のランドルさんが昔を思い出すように語ってくれたように、
詳細な、というより正しい記録は残っていないのが実情であった。
今も入植者はなく、そのまま廃村らしいことも。
たまたまその村を巡回に訪れた兵士たちが
村の惨状を知り、領主夫妻を中心に遺体を回収したそうだが、
その時にもその兵士達は無事なまま。
もし流行り病であればそこで感染が広がってもおかしくないのだけど、
その後の遺体回収でも誰も死んでしまう様な病にはかからなかったのだ。
ひどい話になると、生きたまま病人や健康であろう人も
病気を村から出さないように……焼かれるときもあるというのだから恐ろしい話だ。
それと比べれば、今回の話はおかしい。
「だから、確かめに一度行ってみようと思っています」
僕の考えは穴があるとは思う。
ただ、全く間違ってる訳でも無いとは思うのだ。
「……君の視点なら何か見つかるかもしれないな」
「叔父様! そんな……」
反対意見ではなく、むしろ僕の行動を支持するようなランドルさんの発言に
マリーは色めき立って叫ぶ。
それはありがたいことでもあり、僕のことを心配してくれている証拠でもある。
「マリー、これは僕のわがままでもあるんだ。
大丈夫、遠くからゆっくり確認しながらだからね。
それに、カイさんも無事だったんでしょう?」
「確かに……すでに私も4度は訪れていますが、何もありませんね。
しいて言えば気疲れからか、帰ってくるときはだるい気がする程度です」
不吉だからという理由でそこに新しく村を作ろうとしない状況は
オルファンにとってはあまり良くはない話だ。
件の村は、大きな街道のそばにあるため、
今はそこを迂回する経路が主になっており、無駄が多い。
「……わかりました」
しばらく後、考え込んでいた様子のマリーが顔を上げると
決心した面持ちでそうつぶやいた。
(よかった……これで)
『それはどうかな。覚悟を決めた女ってのは怖いぜ?』
安堵のため息をつく僕に、ご先祖様が顔が引きつりそうなことを言ってくる。
果たして、それを証明するかのようにマリーが僕、そしれランドルさんを見る。
「領内の視察は自分の役目でもあります。私も、一緒に行きます」
「マリー!」
危険だ、何かあったらどうするんだ。
そんな続けそうな言葉は僕の口から出ることがかなわなかった。
皆どころか関係がないはずの審問官まで見ている前で、
マリーは抱き付くようにして背伸びしたかと思うと僕の口を自分のそれで塞いだのだ。
温もりを感じる間もなく、マリーは口を話すと僕の手を取った。
「私だって、両親の死の真実を知りたい。それも、自分の目で」
「……でも」
ちらりと周囲に助けを求める視線を向けるが、
ランドルさんを除いて皆が何か面白い物を見た、という目で見るばかり。
ではランドルさんは僕の味方か、というとそうでもないようだ。
「懐かしいことだ。マリアベルの両親もそうやって模擬戦の途中のつばぜり合いから
いきなり抱擁、そして接吻と勢いで生きていた人だった」
(それは……なんとも強烈なことで……)
マリーの勢いというか天然な部分は間違いなくその両親から継いだものに違いない。
つまり、全員が語っている。
ここで言っても無駄だってわかってるだろう?って。
「……わかったよ。一緒に行こう。それに、置いて行ったら
別の誰かを魔法で吹き飛ばしてるかもしれないからね」
「帰ってきたら詳しく聞こう。なあに、春の夜は意外と暖かい」
ため息1つ。
僕はからかう様な口調でマリーの同行を許可し、
それに乗っかるランドルさんの言葉は周囲に小さな笑いを生み出した。
詳しくは知らずとも、どんなことが起きたか、
マリーをよく知る人たちは想像がついてしまったのだろう。
「……なんだか私がひどい子供みたいです……もうっ」
ぷくっと頬を膨らませて怒っていると訴えかけてくるマリーだけど、
その姿が逆に周囲に笑いを生み出していることには気が付いていないようだった。
………
……
…
そしてホルコーの背の上に2人。
距離的にはそう遠くない上に、街道沿いということで危険も少ないはず、
と護衛のほうは途中までにしてもらった。
本当はマリーの身分を考えるとよろしくはないのだけどね。
領内に盗賊の類はほとんどいないらしく、
これから向かう先にはその盗賊の話自体、聞かないほどらしいのだ。
どちからというと……。
「? どうしました?」
きゅっとなぜか僕の腰に抱き付くようにしているマリーが
可愛く僕を見上げてくる。
横向きに座って僕にもたれかかっているようにもなっていることから、
戦いの時にどうするのかと注意すべきなのだけど……。
『今のところ変な気配もないし、大丈夫だろうさ』
(まあ、そうなんだけどね)
何やら……2人きりに、などと気を使われた気がする。
そのまま日が昇り、少し傾くまでの間ホルコーが走り、距離を稼ぐ。
そうして見えてくるやや荒れた道。
「この先か……」
「そのはずですね」
一度ホルコーの足を止め、マリーにもちゃんと座り直すように伝える。
何もないだろうとは言え、警戒は怠るべきではない。
それに、気になることもある。
カイさんら兵士の話によれば、既に廃村と化して
村の建物はぼろぼろ。門や柵は言うまでもない状態。
木々も枯れ木ばかりで、草が生い茂っているぐらいだということだ。
草が生えてきたのは最近らしい。
そうなるとわかることが1つある。
その場所には、草木が枯れるような何かがあった。
それが今はいないか、活動を止めている、ということだ。
そして一番重要で気になることは、村のそばに妙なガラクタの山があったということだ。
しかも、そのガラクタを捨てようとしたかのように掘られた大穴の底にあったという。
ガラクタと、大穴……か。
建材にも使えないような岩だそうだけど……。
慎重に、ホルコーを村の方へと向かわせる。
そして、廃村らしき建物だった物が見えてきた時のことだ。
「ファルクさん」
「うん……何かぴりっときた」
ふと見れば、妙な光景が広がっている。
一定の場所より手前は雑草が生い茂っているのに、
それより向こう側、村の方にはそれは枯れ草となっている。
『これは……まずいな。何かいるぞ。迂回しながら周囲を探るんだ』
「危なそうだから周囲を探ろうって言われたよ」
「確かに枯れ草の範囲が波打ってますね……どこかに隙があるかも」
不安そうなホルコーをなだめながら、不思議な境界線をなぞるようにして
村の周囲を進んでいく。
そして見えてきたのはガラクタがあるという大穴。
確かに、ガラクタだ。
雑草が生い茂り、かろうじて何かあるなとわかる程度。
1つ、気になることがあって僕はホルコーから降りた。
雑草の生え方が少し、妙に思えたのだ。
「……やっぱり、ここ、何かが落ちてきたんだ」
「落ちてきた……そんな昔からアレが?」
僕達の間で物が落ちてきた大穴、といえば1つしかない。
となると、落ちてきたのはこのガラクタの主ということになる。
『ゴーレム……あるいは硬化してしまったスライムか……うーむ』
その落ちてきた何かが病気を持っていたのだろうか?
そんな疑問を浮かべながら村の方を見た時のことだ。
村、という存在には不釣り合いな物があった。
「ねえ、マリー」
「なんですか? ……え?」
マリーが呆けるのも無理はないと思う。
廃村としての建物の中に1つ、異質なものがあった。
立派な、石材による建物。
塗装は特にないけれども、
丁寧に仕事をした職人さんがいるんだな、
なんて思えるような……見事な物。
唯一おかしいとしたら、屋上付近に光る大粒の宝石のような何か。
それ以外は普通。
ただそれは廃村の中にあって最もおかしい物だった。
誰かが建てた? そんなわけがない。
『ジュエルゴーレム……あるいはその類。この類のコアはまるで大粒の宝石のように
輝き、周囲を魅了する何かを放つ。どちらにしてもコアを潰さないと
再生のために周囲の魔力をひたすら吸い上げ……そういうことか』
頭に広がるご先祖様の推測による光景。
それは誰かを責めることのできない不運の重なった物だ。
「マリー、あれが両親の仇みたいだよ。アレが落ちてきた後に
村の人は核を宝石か何かだと思って倉庫にでも入れてたんだ。
そして、ご両親の視察の際に献上しようとして……
まだ生きていたあいつが周囲の魔力を飲みこんだんだ。
何日かかけて……ね」
ホルコーに下がっているように言って、
僕は明星を、マリーは花咲く森の乙女をしっかりと構える。
正しく行くなら、援軍を呼ぶべきだ。
僕のどこかもそう叫んでいる。
だけど、ね。
ここは譲れない。
後できっとみんなに怒られることだろう。
でも、ちゃんと怒られるように帰らなければ。
「マリー、行こう」
「はいっ!!」
かつての人の営みがあった場所で、僕達の戦いが始まる。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




