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MD2-008「ランド迷宮初層-5」

ダンジョンの地下で出会った少女、リリィとの出口への脱出の最中。


僕とリリィがいるのは一軒家の居間ほどの広さの場所だった。


小休止するための場所でもあるし、モンスターが良くたむろする場所でもあるという。


ご先祖様曰く、灯りが何故かあるので玄室とは言えないが近いな、とのこと。


入るなり戦闘になりやすい場所をいうそうだ。


それはともかく、リリィも無事についてきている。


「水もまだある。ポーションも大丈夫。武器も……まだ行ける」


『そうだ。休憩の時ほど少し動いておけ。

 じっとしてると今は逆に疲労がたまるぞ』


僕はその言葉に従い、敢えて大げさに動くことで

疲労から硬くなってきた気のする体をほぐすことを意識するのだった。


そのおかげもあってか、冷えかけた体も少し温まった気がする。


「リリィ、状況は?」


「ちょっと足が疲れたかも……です。でもまだまだ大丈夫」


問いかけに、リリィは魔法の灯りに照らされた顔を

少し青白くしながらもまだ元気そうに答える。


碌に戦闘経験のない僕ではあるが、ご先祖様も

特に忠告してこないので彼女のいうことは本当なのだろうと判断し、

気配を探ることに注力することにした。


借り物の力ではあるが、近い場所には気配は無さそうだと感じることに成功する。


今いる場所には出入り口というか通路が2本。


1本は来た道なので向かう先はもう1本だ。


「ゴブリンがいなければ数時間……でもこれだと半日かなあ」


「ごめんなさい。リリィが無茶をしなければ……」


しゅんと沈み込むリリィの頭を苦笑しながらぽんぽんと撫でるようにし、

2人で脱出するんだ、と元気づける。


こうしていると、護衛依頼を受ける冒険者はすごいな、と強く感じる自分がいた。


ただ戦えばいい討伐依頼と違い、護衛や輸送ということになれば

自分以外のことも考えなくてはいけないことに考え付いたからだ。


とはいえ、リリィも守られてるだけの子、というわけでもなかった。


現状、戦闘は僕が行い、彼女は戦利品を集めているのだ。


何故なら……現在、彼女にゴブリンがほとんど行かないのだ。


『魔力を消耗している気配も無い。間違いないな、彼女はスカウト系、

 探索に有用なスキルを持っているぞ。かなり気配が薄い』


ご先祖様の声を聞き、僕はさりげなくリリィに

スキルという物について話を振ってみるが首をかしげるだけであった。


どういうこと?と声に出さずに問いかけると、

すぐさま返事が返ってくる。


『無自覚、だろうな。こういうスキルは大体が関連する行動をしていると突然効果を発揮するんだ。

 剣で戦っていれば剣技としてのスキルを、となればわかりやすいんだが、

 そうじゃないスキルは非常にわかりにくいのさ。

 彼女は……きっとかくれんぼとかで遊んでるときにもう素養があったんじゃないか?』


嘘のような話だが、初級、簡単な物であれば

今の世の中ならそのぐらいの難易度で取得できるらしい。


理由はともあれ、今の僕達にとってはある意味理想形だ。


何故なら……。


「まるで僕以外いないみたいじゃないかっ」


悪態じみた声を出しながら、僕は通路に出たところで

襲い掛かってきたゴブリンを長剣であしらいながら隙を伺う。


その相手であるゴブリンたちは僕しか見ていない。


すぐ後ろで、反対側を警戒しているリリィには視線すら行っていない様だった。


『今、ファルクが目立つことで彼女のスキル効力がある意味増大しているな』


その指摘通りで、下手に僕が声をかけて彼女が返事をすると

ゴブリンが彼女に気が付く、ということを発見してからは

手ぶりや目線で合図をするのみになっている。


少しずつ進みながら、魔水晶や牙等、

有用であるらしい素材をリリィが集めていく。


『消えない相手が多いな……どこかに大穴でも開いてるのか?』


「ダンジョンの出口が増えてるってことかな?」


今までに出会ったゴブリンのうち、なんと3割ほどが

体の消えない相手、つまりはダンジョンの外にいるはずのゴブリンだった。


全てが唯一の出入り口らしい正規の場所から入ってきたとは、

確かに考えにくい人数(?)である。


ふと、僕は思い立つと、アイテムボックスから松明を取り出す。


「ファルクお兄ちゃん?」


いつの間にか回収を終え、近づいてきたリリィはそういって

僕の手元を覗き込む。


そんな彼女の姿に妹達を思い出しながら、

火種を松明に近づけると魔法の灯りとは違った明るさが

通路に広がっていく。


『なるほどな。この揺らぎは……思ったより近いかもしれん』


「事前に聞いた話だとこのダンジョンの出口は1つ。だとすると、

 こんなに松明の火が動くことは無いんだよねえ……」


視線の先で、松明の炎が片方に向かって揺らいでいた。


「地上とダンジョン。どっちが楽か……悩むねえ」


ダンジョンのメリットである敵が一定の強さ、という部分は

既に外からゴブリンが入ってきていることで崩れている。


しかし、外のゴブリンも無数という訳ではないはずで、

もう打ち止めという可能性も十分にある。


逆に、狭い場所であるがゆえにまとめてこられるといい状況ではないだろう。


では外はどうか?


ダンジョンのモンスターは外に追いかけて出てくることは無いという

聞いた話を信じるなら外に出るだけで

いくらでも出てくるというダンジョン側のゴブリンとは戦わなくて済む。


しかし、外の脅威がどの程度かはわからないのが問題だ。


「……外ならいざとなればまっすぐ街に走れるよね」


考えの途中で僕はちらりとリリィの様子を伺い、覚悟を決めた。


松明を片手に、分かれ道の度に風の吹きこむ方向を調べる。


幸いにも、地図自体は虚空にいつも浮かんでいる。


ずると言えそうだが、一度地図を見た時にご先祖様がしっかり覚えていたらしく、

虚空の地図は既に進んできた道、地図的にはあるだろう通路、

等が色分けされて表示されていた。


確実にそれらを参考に進んでいくと、

片方には大きな広間、片方は小部屋、となる分かれ道につく。


なお、僕が最初に通った方向はゴブリンの気配が妙に濃く、

突破は難しそうであった。


もっとも、大きな広間の方もあまり変わらないのだけど……。


ゆっくりと僕達は小部屋側に進むと、

ご先祖様の予想を裏付ける光景が目に飛び込んできた。


外の光が差し込んでいるのだ。


小部屋の壁が崩れているのか、がれきのような物が見える。


守るように小部屋にいるのはゴブリンが5匹。


倒すにも不安の残る、微妙な数だった。


『しょうがないな。切り札の1つを切ろう。魔法を使うぞ』


「魔法……使えるかな?」


僕のつぶやきに、リリィは反応して少し距離を取る。


ここまでくると彼女も、そうすることで自分がより安全になぜかなることを学んでいた。


明らかに薄くなる彼女の気配をとらえながら、

僕は頭に浮かぶご先祖様からの力を感じていた。


ギルドでわかった僕の得意かもしれない属性、火。


でもご先祖様は疑っていない様だった。


僕のその可能性が確実な物だと。


「この手に集い、赤き雷鳴を響かせろ! 赤い火雨(レッドシャワー)!!」


ごっそりと、僕の中から何かが抜けて言った気がした。


それが魔法を使ったせいだと、今の僕にもわかる。


その代償としての力の行使。


僕の手から赤い、火そのもののような熱さを感じる力が放たれた。


雨を横向きに降らせたように、赤い小枝が

ゴブリンたちに向かって進み、そのままぶつかる。


ゴブリンの物であろう悲鳴と、熱気が僕とリリィのところまで届く。


「今だ。走るよ!」


「うんっ!」


仮に他にゴブリンがいたとしても

この瞬間は動きが止まっているに違いない。


そう判断した僕はリリィと共に小部屋に駆け込み、

日の光、つまりはダンジョンの壁に開いた大きな穴から地上に飛び出る。









「森の中、か。街は……あっちかな?」


「こんな場所まで来たことないよ……」


幸い、外に出た直後に襲われるということも無く、

近くにゴブリンもいないようだった。


僕は周囲を確認した後、

虚空の地図から街の方向を確認し、リリィを促して歩き始める。


狭さを強く感じるダンジョンと違い、

木々に囲まれながらも外はひどく広く感じた。


外からのゴブリンは打ち止めのようで、襲われる気配が無いことに

僕は安心して木々の間を歩き続ける。


「うう、怒られるかなあ?」


「たぶんね。でもそれは僕も同じさ」


落ち着いてきたころ、リリィは自分の状況を思い出したのか

うつむき気味につぶやき、僕もそれに答える。


『まったくだな。ファルクもフローラたちに……ん? 木の上だ!』


「リリィ!」


湧き出るような上空からの気配。


その狙う先は……リリィだ!


僕はとっさに小柄なリリィを突き飛ばすようにする。


整備された道ではなく、ただの森の中なので

どこかに体をぶつけたかもしれないが、恐らくは直撃よりはマシだろう。


リリィのいた場所、僕が突き出した腕に降り立ったのは、

大人と比べると小さな姿の異形。


赤く、2本の角と鋭い牙を持ったゴブリンに似た姿の相手だった。


「なんだコイツ……」


『ホブゴブリン……まずいな、今のファルクだとかなり厳しいぞ』


ゴブリンに似た、それでいて決定的に違いを感じていると

ご先祖様の警戒した声が響く。


『フローラの倒した小ボス未満、ってとこだが……逃げられそうにないな』


その声に、ずきんと痛む左腕。


リリィを突き飛ばす際に、ホブゴブリンの木の上からの攻撃が

当たってしまったのだ。


不幸中の幸いで、直撃というよりは

刃が当たってしまったというほどだが

両手で武器を握るのは難しい状況。


ポーションをいくつか飲めばなんとかなりそうだが、

目の前の相手はそれを許してくれそうにない。


「それでも勝つしかない」


僕はリリィに意識が向かない様、敢えて大きめに声を出して

残った右手で長剣をしっかりと握る。


彼女を見捨てて逃げるという選択肢はない。


そんなものがあるならそもそも地下に飛び降りたりはしないのだ。


(ごめんね。せっかく外に出られたのに冒険も終わりかも)


『そんなことはないさ。……勝つぞ。そのための、俺だ。長引けば不利だ。

 出来る限り速攻で決める。気合を入れろ!』


弱気に告げる僕にご先祖様は大声で響くように叫び、

僕の右手がその意識を反映してかさらに剣を力強く握りしめた。


その間にも、ホブゴブリンは僕に切りかかってくる。


その手に持った、ゴブリンたちとは違うまだ錆の少ない刃は

当たれば容易に僕を切り裂くだろう。




「くっ、このっ!」


状況は確実に僕に不利だった。


ご先祖様の手助けも、僕にあまり魔力が残っていない状況では

全力で手伝ってもらうわけには行かないのが正直なところだ。


それでも要所要所でご先祖様の判断で僕の体が動き、

致命傷になりそうな攻撃をそらしていく。


これがなければとっくに僕は殺されていただろう。


良くない状況が僕の焦りを産んでいく。


その結果が、一撃で決めようとした無謀な突撃につながってしまう。


『馬鹿!』


ご先祖様の忠告じみた声も、僕の行動をなかったことにはできない。


ギギッっと笑みを浮かべたかのようなホブゴブリンの声。


そして突き出される鋭い一撃。


その攻撃は妙に遅いように僕には感じられた。


それがこのままでは自分の体に突き刺さるであろうことも。


瞬間、僕の中に産まれるのは恐怖、そして後悔。


家族への謝罪の気持ちもあったのだろうと思う。


ホブゴブリンの持つ刃が反射する光が、

こう言っているようだった。


─大人しく家にいればよかったのにな、と。


耳に届く金属音。


僕は気が付けばホブゴブリンのその刃を右手に持った長剣ではじいていた。


『ファルク!?』


「ここで……死んでたまるか! 僕はまだ何もしていない!」


世界に色と速さが戻ってくる。


呼吸が荒くなり、体が空気を求めてあえぐようになる。


(僕は馬鹿だ。だから、帰って反省しないと!)


生きていなければ、反省だってできやしない。


僕の心を満たすのは、そんな我ながら都合のいい考え方だった。


ホブゴブリンが再度切りかかってくるのを見ながら、

僕はどこか冷静に、自分の中で何かがかみ合うのを感じていた。


「パリィ……ファストブレイク!」


紡がれる力は、僕の新たなスキル。


体格の分、人間の冒険者が放つであろう一撃より

ホブゴブリンのそれは軽いはず。


そんな考えを証明するように、僕の剣により

ホブゴブリンの件は跳ね上げられ、

無防備な胸元が僕の視界に入る。


吸い込まれるように僕の追撃がホブゴブリンの胸板に勢いよく沈み込むのだった。






そうして僕はリリィと街へと帰還する。


多くの経験と、多くの反省点を戦利品に。



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いつもご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
ぽちっとされると「ああ、楽しんでもらえたんだな」とわかり小躍りします。
今後ともよろしくお願いします。

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兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
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