MD2-077「道具に善悪はあるのか?-7」
僕はその時、感情の渦の中にいたんだと……思う。
後から思い返しても、どこだというのがはっきりと言えない場所だったから仕方がない。
餓え、渇望、欲求、乾き。
敢えて言葉にするならそんな感じの感情が僕をこねくり回す。
ただ1つ言えるのは、それが僕の物ではないということだ。
「何……がっ」
それが口に出せたのか、思っただけで口に出せなかったのか。
それすらもわからない混乱の中、僕は周囲からの感情に耐える。
腕を、足を、横腹を、背中を、首を、頭を。
あちこちから無造作に引っ張られているような感覚と苦痛に、
ついには僕の感情が爆発する。
「こんの……離れろおお!!」
感情のままに僕の魔力が周囲を魔法のように吹き飛ばす。
というように感じただけで実際には違うかもしれないけれど……。
ようやく開けた目で周囲を見渡すと、
そこは地面の無い場所で、自分が立っているのか浮いているのかもわからない。
ただ、離れた何かの塊がじわりと自分に迫ってくるのを感じることが出来た。
「……精霊? いや、でもあれじゃあ!」
よく見ると、その塊は小さな何かの集団だった。
色は黒みがかっており、目はややうつろ。
大きさや感じる気配からは精霊に間違いない。
でも、真っ黒とは言わないけど健康的な色には見えない。
「「「望み……言え。叶えたい願い……無いか」」」
「痛っ!!」
頭に響く声。
様々な声が混ざり合い、何とも言えない声がぐわんぐわんと響く。
見えない地面に膝をつき、目は閉じないようにして僕はそれに耐える。
確か、ラークのしていた指輪から何か出てきて……それで。
「考えているから少し待って!」
意味があるかわからなかったけど、咄嗟に僕がそう叫ぶと
声の主たち、黒い精霊たちが足を止め、じっと僕を見るようになった。
言葉が通じないわけじゃない……なら一体……。
(聞こえる? ファクトじいちゃん!)
ご先祖様に助けを求めようにも、反応が無い。
ここはそういった場所なのか、そもそも僕が夢を見ているのか。
とにかくなんとかしないと……。
「望み、ないのか?」
「! いつの間に……」
いつの間にか、まさに目の前に精霊らしい1体が佇んでいた。
見ているだけで吸い込まれそうな瞳。
見ている間にも、無いのか、無いのか、と声が響く。
「「何でもいいぞ。望めば叶う。叶えるのが役目。さあ、さあ」」
叫ぶでもなく、強くも無い口調で声が届く。
目の前の1体、たぶん男の子かなと思う姿の精霊が指を僕に伸ばしてくる。
「我慢すること、無い。精霊は、それが役目」
目はややうつろなまま、そういって精霊であろう相手は不器用に笑う。
その瞬間、僕に彼らの正体や現状にひらめきが降りてきた。
彼らは……魔道具に宿った精霊達だ。
魔道具は魔法と同じ、精霊の力を借りて何かを起こす道具だ。
魔法が精霊の力で火を起こすように、
魔道具も精霊の力で例えば足が速くなったり、
力が強くなったりと効果は様々だ。
道具は使われてこそ道具、という言葉がある。
特定の能力だけを発揮する魔道具であればわかりやすい。
しかし、彼らの様な能力の決まっていない魔道具に宿った精霊たちは?
そう、使用者が望まなければ何もできないのだ。
そこに在るのに何もしない、できない。
「何もしないのは……苦痛だよね。生きてるとは言えない」
独白の様な僕の言葉に、精霊達が頷いたような気がした。
彼らは、ラークの指輪の精霊達なんだと思う。
あの指輪はご先祖様の鑑定によれば辞書のような物らしい。
(段々とわかって来たぞ……ラークは、望んでしまったんだ)
望む物、願う何かを達成するために必要な知識を提供する魔道具。
そこにはそのための難点と言ったものは提示されない。
何故かと言えば、その提示を望まれてないから。
だからこそ、ゴーレムの技術、知識を得ることは出来たけど、
それに伴う問題点は知らないまま使い始めてしまった。
だから……自滅したのだ。
かといってこの精霊や魔道具が悪いかと言うとそうではない。
要は使い方なのだ。
「元の場所に帰りたいな」
だから、僕はそう口にする。
叶えてくれると信じて。
しかし……。
「「それは駄目。帰ったらもう願わない」」
今度は目の前の1体も周囲の皆も一斉にそう口にした。
なおも金はいいのか、女は、名誉は、等と
それぞれに言い放ってくる。
痛みさえ伴う声の響きに顔をしかめながらも僕は目を閉じない。
(なんで……そ、そうか……願われ過ぎたのか!)
直感でしかないけど、この指輪はこれまで欲望に満ちた願いばかりを願われたのだ。
だから、気軽なお願いだとかそういった物をかなえたことが無いのだ。
ともすれば持って行かれそうになる心を必死に押しとどめ、
僕は何度も帰りたいんだと口にして願いとして伝えようとする。
だけど精霊達はそれを許さない。
僕はマリー達の事を思い、負けないように問いかけと返答を続ける。
何度も、何度も繰り返しいい加減イライラしてきたころだ。
突如、精霊たちの声がやんだ。
様々な顔をしているように見えた精霊達が
その時は一斉にこちらを同じ顔で見た気がした。
彼らは口を開く。
「「そうか。その女もここに連れてきたら満足か? それが願いか?」」
僕の中で何かがはじけた気がした。
「冗談じゃ……無いっ!!」
叫び、いつの間にか腰に下げていた明星を抜き放ち、構える。
精霊達は誰の事だとは言ってはいない。
しかし、この場所でのことを考えれば彼らは僕の考えを読んだ。
(そんなことはさせてたまるか!)
この場所で精霊が斬れるのか、そしてそれで何とかなるのか。
そんなことは関係が無かった。
「彼女には手を出すな。彼女は……マリーは僕自身の力で抱きしめて、離さないと決めた人だ!」
一閃。
届くはずもない斬撃はなぜか光の刃となって前方を、横を、そして後方までも切り裂いていく。
硬い物が砕け散る音。
瞬間、僕の視界は一変していた。
………
……
…
「戻って来た?」
抜き放っていた明星を片手に、僕は茫然と呟き周囲を見渡した。
そこにはマリーやメリクさん、ゴルダさん達もいる。
というか全員だ。
各々が自分の手を見たりしているところを見ると、
皆不思議な場所にいたのは間違い無いようだった。
「ファルクさん……」
何故だかマリーは潤んだ瞳でこちらを見てくる。
僕は聞こえていないだろうけどあの空間で叫んだことを思い出してしまい、
顔が赤くなるのがわかってしまう。
と、そこで耳に届く小さな音。
顔を上げると、机の上にあった指輪の石が二つになって割れていくところだった。
そこから何かが、恐らく精霊達が抜けていくのがわかる。
「これでこいつはただの指輪だった物、じゃのう」
メリクさんの鑑定が全てであった。
僕は安堵のため息をつくけど、どうも周囲の空気がおかしい。
マリーは元より、スィルさんやセフィーリアさんまでも
僕の方を何やら満足したような顔で見てくるのだ。
「マリー?」
恐る恐る問いかけると、何故だか彼女は顔を赤くしたままうつむいてしまう。
(あれええ?)
『どうも俺も見るだけだったが、みんな見ていたようだな』
ご先祖様のつぶやきが頭にじわりと響く。
って、どういうこと? え?
(ま……まさか!)
「えっと……もしかして、聞こえてた?」
僕は唯一冷静そうなカイさんに尋ねると……無情にも彼は頷いてくれるのだった。
「誘惑を蹴り、情熱的な告白! まるで演劇を見ているかのようでした」
スィルさんの妙な評価が僕の心を攻めたてる。
セフィーリアさんもそれに乗っかるのだからたまらない。
「式は早い方が……いや、まずはめでたい日を汚さぬように王都に処刑を伸ばしてもらわねば」
「私も一人の親として協力たいところですな」
物騒なことを言うランドルさんの肩をゴルダさんが慰めるように叩く。
僕は段々と頭が真っ白になるのを感じながら、
うつむいたままのマリーを見る。
(こうなったらどうしようもないよね!)
男はあきらめも肝心だと誰かが言っていた気がする。
「マリー」
「は、はいっ!」
僕の再びの問いかけに顔を跳ね上げ、緊張した面持ちで僕を見るマリー。
後ろには急に押し黙ったスィルさんたちが見えるけど今は無視!
「僕と同じ精霊の流れに乗ってくれませんか」
人も、動物も、怪物でさえ死んでしまうと精霊に戻り、
世界へと戻り、巡るという。
そんな流れに一緒に乗る。
それはそう、つまるところの求愛、求婚のセリフだ。
「……はい!」
短い、はっきりとした返事。
彼女の返事に感極まった僕は、みんなが見ているというのに感情に突き動かされた。
要はその……ね?
『ハグしてブチューってやつだな』
(よくわからないけど台無しだよ!)
周囲からの拍手の音に我に返り、2人して真っ赤になりながら
僕は再会できていない両親や村に置いてきた弟たちに思いをはせる。
必ず、家族でまた暮らすんだと。
不死をかなえる手段は教えてくれるけど、
それが不老ではないから最後はまともに動けなくなるというのを教えてはくれない。
だって問題点は?って聞かれてないから。
そんな道具です。
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