表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/257

MD2-007「ランド迷宮初層-4」

そもそもの始まりの朝。


僕は身支度を整え、既にカウンターで

何かの帳簿を見ているグランツさんに声をかける。


「おはようございます。何か持ち運びできるような食事ってありますか?」


「おはよう。ん、軽いパンであれば食べていってもいいし、

 持っていくことも出来るぞ。少し話もある。食べていったらどうだ」


良く見るとカウンターには長さの違うパン、

飾り気のない少し硬そうなそれらが籠に入っていた。


僕はお言葉に甘えることにし、昨日と同じ椅子に座る。


ふと後ろ見れば宿泊者なのだろう。


幾人かが思い思いに朝を過ごしている。


「それで、今日も潜るのか」


湯気と共にいい香りのする何やら黒い飲み物を出してくれたグランツさんは

そういって僕を興味深そうにのぞき込んでくる。


「そのつもりです。目的のためには少しでも強くなって潜れる場所を増やさないと……」


「ふむ……。言うまでもないことだが無理はしないことだ。

 目的がまだ先にあるならなおさらな。特に、下手に他人を助けようと飛び込むのは

 自分の力量を考えて行うといいだろう。窮地に陥っている冒険者を助けられるのは

 それなりに強い冒険者でなければ二の舞ってやつだ」


そういうグランツさんの声は硬い。


恐らくは、こうして喋った相手も何人かは戻ってこなかったりしたことがあるんだろう。


実感のこもった忠告に僕は頷き、パンと飲み物をお腹に入れる。


苦味があるが癖になりそうな飲み物だった。


「ああ、そうだ。娘は別件で今日は他の街に行っている。

 ファルクについていきたそうだったけどな。そういうわけだ。

 浅い部分で経験を積むのが良いのではないかな」


「そうですね……うん、そうします」


僕の答えにグランツさんは満足したのか、

笑顔で頷き、お弁当だ、ともう1本、パンをおまけしてくれた。






装備や水などを点検し、僕は昨日と同じ場所に足を向ける。


ぽっかりと開いた洞窟の穴。


特に門番といったものはいないようで、鳥や小動物なら出入りがいつもありそうな雰囲気がある。


『今日の目標はどうする』


「少なくとも昨日の半分ぐらいかなあ……。相手次第だけどさ」


まだ少し早いのか、あるいは別の方向にある難易度の違うダンジョンに行くのか。


道中、こちらに向かう人間はほとんどいなかった。


だからこそ気兼ねなくご先祖様と話せるのだけれども……。


「魔水晶が同じ相手でも結構幅があるのが重要だよね」


『ああ。小さい物だとほとんど価値が無い、となればどのぐらいの大きさなら

 取っておく、と決めるのもありだろうな。なにせ、1人だ』


頷き、僕は探索を開始すべく穴に入っていく。


まだ外の光が差し込む場所は

恐らくは出入りする冒険者の物なのだろう。


多くの足跡が残されている。


と、そんな中に妙に小さい物を見つける。


僕よりも小さく、僕が言うのもなんだが子供の物だ。


「? 親子で潜ってる?」


『かもしれんがいつのかはわからんな』


ご先祖様の言う通りで、たまたまそんな跡になっただけということも考えられた。


気にしてもしょうがないので先に進むことにする。


冒険者としての先輩であるファクトじいちゃんの教えに従い、

アイテムボックスから変哲の無い長い棒を取り出し、

適当に地面や壁をつつきながら進む。


曰く、ダンジョンアタックには伝統である、とのこと。


良くわからないがゴブリン程度なら牽制にも使えそうだし、

便利そうではある。


と、前の方から声。


何度も聞いた異形の声、ゴブリンの物だ。


先手を打てそうな状態であれば棒よりも

仕留めるほうがいいに決まっているので、

棒を仕舞い、長剣に持ち替える。


この声はきっとこちらの魔法の灯りに気がついての物だろう。


「なら……」


僕はあてずっぽうであるが、洞窟の奥、ゴブリンのいるあたりに

魔法の灯りを産み出した。


習ったばかりの、明るさを調整したまぶしい状態でだ。


『ギッ!?』


思った通りの声が耳に届くと同時に僕は駆け出す。


視界に入ったゴブリンはまぶしさにか武器を持ったまま顔を隠し、

それでも光が気になったのか、上を向いている。


つまりは、無防備である。


「せいっ!」


手入れされた長剣はほとんど抵抗なくゴブリンの体に沈み、

その命を刈り取る。


鼻に届く良くはない匂いを気にしながらも

魔水晶になっている場所を確認し、そこを切り取る。


出だしとしては順調である。


その後も時には小石を投げて注意を引いたところを攻撃したり、

攻撃を避ける練習をしながらもゴブリンばかりを撃破していく。


僕が思ったより強いのか、ゴブリンが弱いのか。


あるいは、僕が事前に構えすぎたのかもしれない。


いずれにせよ、思ったような怪我もほとんどなく、

僕は予定通りの数の魔水晶を集めることに成功する。


「ふう……汚れと匂いがひどいな」


『俺にはもうわからんからなんともいえんが……。

 少し、妙だな』


水筒から水を飲んでいた僕の顔が勝手にある方向を向く。


そこには僕の殺したゴブリンがいる。


ただそれだけのことだ。


(何が妙……ん?)


僕はそれに気が付く。


フローラさんやグランツさんは言っていた。


ダンジョンの魔物、モンスターはダンジョン自身が生み出すのだと。


世界にある魔力を元に、神様たちが作った場所なのだと。


女神からは試練を、そうでない側からは攻められる恐怖を。


それらをずっと与える物のために在るそうだ。


だから倒しても倒しても、殺しつくすことはできないし、

逆にダンジョンに生き物が入る限り、モンスターは産まれ続ける、と。


その代り、モンスターだった物、はダンジョンに還ると。


切り取った素材、魔水晶といった物を除くと

いつしかダンジョンにモンスターは溶けていく。


これが僕の聞いた常識だ。


「そうなるとこれは?」


『外から本物というか、ダンジョン産じゃないのが紛れ込んでるな』


僕は、まだまだ足りないと自覚のある知識でもそれに恐怖を覚えた。


それはつまり、なぜか一定の強さの相手ばかり出現するダンジョンと違い、

強さにばらつきのある相手が混じっているかもしれない、

ということに他ならないからだ。


幸いにも、というべきかこの周辺の外にいるモンスターたちが

すごい強い、とは今のところ聞いていない。


しかし、たくさん聞き込めるだけの時間は立っていないのも確かなのだ。


「……」


僕は無言で長剣を握り直し、周囲の気配を探る。


急にダンジョンが妙な色を持ち、動き出すかのような錯覚を覚えた。


怖いのだ、きっと。


『危ないと思ったら遠慮なく俺を戦闘用に起動させるんだ、いいな』


「うん。もちろん」


よく仕組みのわからないご先祖様の腕輪は、

2つの状態を持っている。


今の、魔力消費のほとんどない状態は逆にご先祖様である

ファクトじいちゃんの力はほとんど外に出てこない。


精々が先ほどやったように少し体を動かすぐらいだ。


一方、力ある言葉で解放した状態では

魔法の行使や戦闘での補助も今以上にファクトじいちゃんに

任せることが可能だ。


今のところ、自分が強くなるためにと

通常の状態でいるのだがいざとなればそうもいっていられないだろう。


先ほどよりもゆっくりと、先に僕は進む。


何回かのゴブリンとの戦いの後、ようやくというべきか階段を見つけた。


魔法の灯りで照らす限り、すぐ下にモンスターはいない。


僕にはこの階段がモンスターの口に見えてきた。


無理をした冒険者を飲み込む口に……。


(今日のところは一度帰ろうか……)


またしばらくの宿代になるだけは稼げたはずだと判断し、

僕は装備の点検の後に戻ろうと入り口の方向を向く。


その時だ。


階段の下から、声が聞こえた。


『子供……?』


ご先祖様のつぶやき通り、それは先輩冒険者の声という物でもなく、

女性冒険者の物とも思えない、小さくか細い声だった。


思わずいくらかの好奇心と、助けなきゃという気持ちで足が動く。


が、頭に浮かぶのはグランツさんの忠告。


僕が行って生きて帰ってこられるのか?と。


『俺は、ファルク……お前の決定を尊重するよ。

 全部に正解なんてなかなか無い』


「ありがとう。ファクトじいちゃん」


迷っていた僕は、その言葉に逆に気持ちが固まった。


覚悟を決め、階段下に魔法の灯りを打ち込むと一気に飛び降りた。


初めての場所に飛び込む。


それが無謀で、長生きできないときっと怒られるんだろうなと思いながらも

あんな声を聞かされては我慢できるはずもない。


地下に降り立った僕は素早く左右を見る。


ダンジョンは左右に1階と同じような高さの洞窟を広げていた。


(左か? 右か?)


『左に気配が多い。しかも動いてるからこっちじゃないか』


迷う僕にご先祖様のまさに天の声。


慎重に、でも急ぐように駆け出す。


『今のはもともとファルクでも感じられるはずの気配だ。帰ったら要特訓だな』


「ぜひお願い。そのためにも帰らないとね」


幸いにも、というべきか僕の走る先にまだゴブリンは見えてこない。


別れ道も少なく、その度にご先祖様が気配を探る手助けをしてくれる。


いくつかの道を抜けた先に……いた!


何かを追いかけているゴブリンだ。


「こんのっ!」


走る勢いのまま、僕はゴブリンを蹴っ飛ばす。


思ったより軽いゴブリンはそのまま壁にぶつかり、倒れ込む。


僕はとどめを刺す時間も惜しみ、ゴブリンが向かっていた先へと駆け出す。


魔法の灯りを次々に前の方へと撃ち出し、視界を確保していくと

ついに見えてきた声の主。


僕に背中を見せて一生懸命に走る姿は小さい。


右手にランタンらしきものを持ち、走っている。


が、その先は行き止まり。


そこに追いつこうとするゴブリン数匹に気が付き、

振り向いた姿は涙をたたえた少女だった。


「とどけぇ!」


僕は長剣をそのままアイテムボックスに仕舞い込むと、

そこから投げナイフを何本か取り出しどんどん投げつける。


直撃は1本だけだったが、

ゴブリンの気を引くことには成功したようだった。


ゴブリンたちは声を荒げ、僕へと振り向く。


襲い掛かってくるそのゴブリンたちを、

再び手にした長剣で勢いのまま切り飛ばすことに成功する。


どうやら強さ自体は1階と同じぐらいのようだ。


少女の元へと駆けつけることに成功し、僕はその姿を見る。


よほど走ったのか、あちこちを泥だらけにし、

服もひどいことになっている。


その左手に持った袋は何かで膨らんでおり、

右手にはランタンを持ったまま。


僕のことを何が起きたのかわからないままの瞳で見つめている。


『来るぞ。追加のお客さんだ』


「! 話は少し待ってね!」


かなり減ってきた自覚のある魔力から

魔法の灯りを産み出し、向かってくる相手を確かめる。


やはり、ゴブリン。


まだ距離が少しあるのを見、僕は息を整える。


まったく、もう少し余裕を持った探索のはずだったのに……。





「精霊よ、我と共に在れ。ウェイクアップ!」


瞬間、僕は僕の何かが変化するのを感じる。


嫌な感じではない。


これはそう、川での泳ぎ方を教わって、

それからは急に泳げるようになった時のような不思議な感覚。


『少し力を抜け。先は長そうだからな、消耗を抑えておくんだ』


ご先祖様に言われ、僕は出来るだけ硬くならないようにゴブリンに挑みかかる。


何匹かのゴブリンを圧倒して倒すと、気配は感じるがそれが近寄ってこないことも感じ取った。


「どういうこと?」


『警戒してるのさ。なにせ、あいつらは外のゴブリンだからな』


言われ、僕は倒したゴブリンたちが消えていないことに気が付く。


少女も泣きじゃくっていたかと思うと悪臭に顔をしかめ、

思った形とは違う形で泣き止んでいた。


これは考えようによっては僕に好都合だ。


「名前は?」


「リリィ。お兄さんは?」


泣いていた少女、リリィは赤い目をしながらも気丈に僕に返事を返してきた。


「僕はファルク。冒険者さ。君、どうしてこんなところに?」


「えっと、お父さんが病気で……」


ゴブリンを警戒しながら聞き出した内容からすると、

父親の病気を治すのに必要な薬草の依頼をギルドに出すも、

誰も受けてくれない日が続き、父親の病気もなかなか治らずに……ということのようだった。


袋の中身はこのダンジョンに自生するという薬草のようだった。


『恐らく死んでしまうような病気ではないのだろう。その上で報酬も少ないとなれば

 受けようという奴は少ないかもしれんな』


ご先祖様が世の中の厳しさを淡々と呟いてくる。


僕はその言葉に反発しかけ、命がけの世界、それが冒険者なのだと思いなおす。


「そっか。じゃあ帰らないとね」


「え? う、うん!」


僕はアイテムボックスから取り出したポーションの1本をリリィに飲ませ、

武器の点検をして魔法の灯りの届かない先を睨む。


僕1人ならともかく、リリィを守りながらの脱出劇。


(行けるか? いや、やらなきゃ!)


リリィに僕から離れないように言い、2人と1人(?)での脱出劇が始まる。

ヒロインじゃないですが、ぺたーんですよ(何が?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつもご覧いただきありがとうございます。その1アクセス、あるいは評価やブックマーク1つ1つが糧になります。
ぽちっとされると「ああ、楽しんでもらえたんだな」とわかり小躍りします。
今後ともよろしくお願いします。

小説家になろう 勝手にランキング

○他にも同時に連載中です。よかったらどうぞ
兄馬鹿勇者は妹魔王と静かに暮らしたい~シスコンは治す薬がありません~:http://ncode.syosetu.com/n8526dn/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ