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MD2-006「ランド迷宮初層-3」

夕暮れの街。


僕のダンジョンからの帰還を出迎えてくれたのは

いつもと同じはずの、でもどこか違う夕暮れだった。


フローラさんに連れられ、ギルド横の買取所で

魔水晶を換金したところで僕は大きな問題に気が付いた。


今日の泊まる場所だ。


(うわっ、今から部屋ってあいてるものなのかな?)


『わからんな。聞いてみるしかないだろう』


焦りが強く出たのか、ご先祖様の冷静な指摘が頭に響く。


確かに、確認してみるまでわからない。


幸いにも、ゴブリンの魔水晶は銀貨、統一銀貨で10枚にもなっている。


泊まる代金としては十分なのだろうけど……。


「あの、フローラさん」


「なあに? 早くしないとご飯が間に合わないわ」


「え?」


何かの目録でも書かれていたのか、手元の紙を

読み込んでいたフローラさんは僕が声をかけると、

ダンジョンの行きのように手を持ったままぐいぐいと歩き出した。


向かった先は、1階が如何にもな酒場となっている

2階建ての建物だった。


大きな看板には店の名前らしきものが書かれている。


「さ、何はともあれお腹に入れないとね」


どうやら食事のお誘いのようだった。


フローラさんの助言兼お誘いは嬉しいが、

さすがに野宿はよろしくないだろう。


もしそうなら毛布とかも準備しないといけないし……。


「それはそうなんですけど、今日何所に泊まろうかなって」


慌ててそういうと、なぜかフローラさんはきょとんとした顔の後、

何かに納得したような顔に戻る。


「そういうことね。ここ、上が宿なのよ。正確には酔いつぶれてもいいように

 宿も始めましたってところなんだけど……私の実家なの。

 大丈夫、1人ぐらい部屋はあるわ」


「実家……そういうことですか。ありがとうございます」


どうやら僕の立場や起こるべきことはお見通しのようで、

最初からここを案内する予定だったようだ。


何から何まで、助けてもらってばかりだ。


外からでも賑わいのわかる酒場のドアをくぐると、

熱気と喧騒が僕を襲う。


ついでに鼻に届くのは煙草の匂いとお酒のにおい。


同時におなかに響く油のにおいだ。


いくつものテーブルに、入り口に近い位置には10人ほどが座れるカウンター席。


奥には厨房なのであろう物が見える。


給仕さんも何人もいて、盛況な様子だ。


「ん、フローラ。今日は恋人でも拾ってきたのか」


「もう、犬じゃないんだし。ギルドに来た子よ。初日でゴブリン20匹を超えてるの」


いくつかの視線を感じながら、フローラさんに連れていかれたのは

カウンターの中央に空いた席。


丈夫そうなカウンターの中にいる男性と

フローラさんは親しそうに話し始めた。


フローラさんと銀髪を短く刈り取り、黒を基調とした前掛けをしている。


二人が並ぶと似た個所がいくつもあるということは……。


「ほう……おい、名前は」


「あ、ファルクです。フローラさんのお父さんですか?」


思わずそう返してしまった僕だったが、

男性は頷くでもなく席を指さし、座るように促してきた。


「どうせフローラのことだ。勢いで潜らせたところだろう?

 飲むといい。お代はいらん」


「ありがとうございます。……わ、これ、エリクス草のお茶ですか?」


出された湯気の立つ飲み物は、僕も何度かお世話になったことのある薬草茶だった。


あと一息、という時に飲むと足元がしっかりするような、

ほっとして落ち着けるお茶なのだ。


エリクス草自体はポーションにすることで体力回復というよりは

長距離を移動するときなんかに使う場合が多い種類の物のはず。


飲むほどに体全体が温まっていく気がした。


「良く知っているな。聞いているかもしれんがここは食事と、宿もやっている」


「そうだ、グランツ父さん。今日は泊めてあげたいのよね。一部屋ぐらい空いてるでしょ?」


あっさりと、本人が語る前にフローラさんから

目の前の男性が父親だということが暴露されてしまうが、

本人はそれを気にしたでもなく頷き、カウンター横の階段を指さした。


「まあ、下がこれだからな。この時間なんかは寝られんだろう。

 銀貨1枚で2泊できる。ついでに食事も付けるなら2枚だ」

 

頷き、僕は手に入れたばかりの銀貨から2枚を出す。


横からフローラさんが何かを出そうとする気配があったけども、

グランツさんは素早く僕の2枚を受け取ってしまう。


(僕の気持ちはバレバレってことか)


『そりゃあ、男が金を出すときなんてどこでも一緒さ』


厨房に向かって注文を入れ始めるグランツさんの背中を見ながら、

僕は苦笑を隠せずに椅子に座りなおす。


「もう、駆け出しが無理しないのよ?」


「フローラさんのしてくれたことはそれ以上の

 価値があった、ということにしておいてください」


拗ねるように言うフローラさんの表情にドキリとしながら、

僕は後ろの喧騒に耳を傾ける。


多くが冒険者のようで、討伐依頼がどうであるとか、

明日はどこそこへの護衛に出発だ、などと聞こえてくる。


しかし、どれもこの近隣の物だ。


(やっぱり、強くなって旅に出るしかないか……)


『まあ、そうだな。そのためには……明日からまた気合をいれないとな』


僕の目的である両親の行方、そして霊山への道を考えると

確実に進まなくてはならない。


「ほれ、今日のおすすめだ。なんだ、煙は苦手か? だったら悪いな」


「え? いや、それは大丈夫です」


そうして考えていた僕の顔が良くない表情だったのだろう。


心配した様子のグランツさんに首を振り、

置かれた料理に目を向ける。


僕とフローラさんの前には、何かの肉を焼いたであろうものと、

煮込んだシチューと黒パン。


量のある、お腹にたまりそうな良い物だ。


「ファルクくんは明日からも頑張りそうだもの。しっかり食べないとね」


まるで自分の事のように元気づけてくれるフローラさんに頷きながら、

僕もさっそく食事を始める。


思ったよりさっぱりとしている肉はすいすいと量の割におなかに入り、

隙間をシチューとパンが埋めていく。


幸せの時間であった。


「ごちそうさまでした。明日からが楽しみです」


「そうかそうか。酒は……まだ早そうだな。記念の時にでも頼んでくれ。

 ほれ、明日も頑張るんだろう。適当に上で横になるといい」


「じゃ、今日はお別れね」


笑顔と共に鍵を渡され、僕はそのままフローラさんと別れて

カウンター横の階段を上がっていく。





「ふう……」


どさりとベッドに腰掛け、いくつかの荷物を下ろして楽な格好になる。


荷物から寝間着代わりの服を取り出し、着替えたところで

思ったよりも疲れていることを体が訴えかけてくる。


「明日からはどうしようか……」


『俺を使いまくれば楽勝だな。今日はフローラの目があったから抑えていたが、

 そうでなければひたすら戦える。レベルアップ、もとい強くなるためには2つある。

 1つは訓練で力をつけ、自分の中の精霊の強度を上げること。

 もう1つは怪物達を倒し、自分に宿る精霊の量を増やす方法だ」


頭の中の声に合わせるように虚空に不思議な半透明の紙のような物が広がる。


ご先祖様はメニュー画面だって言ってたけどなんのことやら。


でも、そこに自分の名前が書いてあり、

強さが数字で見えるのはとても便利だ。


それによると自分のレベル(?)は8。


戦闘職で20にもなればゴブリンは素手でも余裕、

とご先祖様は言っているがさて……。


「自分でどこまで動けるかを確認しながら要所要所は力をお借りする方向で」


『それが無難か。あまり急激に強くなっても怪しまれる上に、自分で動かせないだろうからな』


僕はその言葉に頷き、不思議な道具筆頭である魔法の袋の中身を確認する。


アイテムボックス、とご先祖様が呼ぶ謎の袋だ。


その中に入っているのは村を出る時の餞別と、

店の在庫でもあった薬草類、そしていくつかの鉱石、

余り物の冒険用道具、さらには予備の武具。


後は僕がまだ触れないけど、ご先祖様が管理している部分には

まだいろんなものが入っているらしい。


「……駆け出しにしては過剰すぎるような」


『脅威は手加減してくれんからな。備えがあるに越したことはない。

 それに、だ。戦利品を持ち帰るのももちろんだが……。

 嫌な話だが他の冒険者の遺品を持ち帰ったりとかは

 こういう余裕がないとできないぞ?』


言われて、僕はずっと一人旅をするつもりだったのか、

誰か仲間を探すのか、考えていなかったことに気が付く。


(そうだよね。両親が仲間と一緒に行ったような場所、僕1人で行けるはずがない)


もしそれが出来るなら、一流を超えた一流とならなければ無理だろうなあ。


『なれるさ。お前なら、仲間と共に戦う冒険者にも、なんだってな』


どちらにしてもまずは力をつけよう、ということになり

僕は明日からの探索に備えて早々とだが眠りにつくことにした。


家族に誇れる冒険者になるためにも……。





「それがどうしてこうなったのか……っとぉ!」


こちらの言葉を聞くはずのない怪物、ゴブリンの錆びついた短剣による攻撃。


当たってあげるつもりもないが、当たれば痛い事には変わりない。


僕は背後を気にしながら、出来るだけ最小限の動きでそれを回避する。


「後ろには行かせないっ!」


目撃者は後ろにいるけど、ここは出し惜しみ無しだ。


『そうだな、気合入れていけ!』


力強いご先祖様の声を聞きながら、

僕は近寄ってきたゴブリンの1匹を

蹴飛ばすようにして吹き飛ばす。


僕の背後、震えて縮こまる少女にゴブリンを向かわせるわけには行かないのだ。


「大丈夫、守ってあげるからね」


冒険2日目の僕が言うにはその資格があるかは疑問が残るけど、

今はただ、信じるのだ。


僕と、ご先祖様の力を。


「精霊よ、我と共に在れ。ウェイクアップ!」


そして僕は再び、おとぎ話の力を解放する。






飲酒年齢は明確には決まっておりませんが、

あんまり若い子が飲むのもねえ、という感じです。

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