MD2-048-小話「じーじと孫と人形と」
「じいちゃん、いってくるね」
「うむ」
背中には身の丈ほどもある麻袋。
それ以外にも持ち運びのための台車を手にして2人は消えていく。
「うーむ。いつ見ても謎じゃのう……」
その場に残されたワシは1人、伸びてきたあごひげを撫でる。
視線の先にあるのはどこにでもある岩の重なった地形。
現役時代に飽きるほど見た普通の光景じゃ。
それがまた、どうしてかのう……。
勿論、現役のころに冒険した先にも似たような物はあったが、
それらはほとんどがダンジョンだった……はずじゃ。
こんな避難所のような構造の場所は聞いたことがない。
ワシはどうやっても入れんらしいから、
何か条件があるとは思うのだが、わからん。
一番有力なのは血筋、かのう。
あの子らの親は入れたからの。
「さて、薪に使いそうな木でも切っておくかの」
どうにも独り言が多いという自覚はある物の、
老人とはこんなもんじゃ、と最近では開き直ってきた気がする。
「どれ……この辺か」
ワシの胴ほどもある木に目星をつけ、
護身もかねて持っている手斧で切り付ける。
良い音を立て、切込みが入る木を見ながら
まだまだ若いもんには負けん、などと思ってしまう。
(もっとも、こんな考えがもう老人なんじゃろうな)
幸いにも、自分の体はまだまだ動く。
オークの集団だなんだなどと言われるとちょっと厳しいかもしれんが、
そこらの魔物にはまだ負けんよ。
そうこうしているうちに狙い通りに木が倒れる。
ワシとあの子ら2人だけじゃからな、このぐらいでいいじゃろう。
適当に枝葉を落とし、帰りに持って行けるように縄を括り付けておくことにする。
「確か、今日は街からの定期便が来る日じゃったかな?」
2人が出てくるまでまだ時間があるので、今日の予定を振り返る。
前と比べると、確実に忙しい。
街の大通りと比べるようなものではないが、
宿が1つ増えるぐらいには、な。
なんでもダンジョンが1つ新しく発見されたらしいのじゃ。
罠や猛毒を持つ相手などは少ないが、稀に出るゴーレムが良い稼ぎになるのだそうだ。
さてと、もうそろそろかの。
「それでね、それでね」
「うむ」
ワシもお世話になっている家兼店についてしばらく。
既に棚に並べ始めたルーファスに対し、
メルは何やら興奮した様子でワシに抱き付いてくる。
他人ではあるが、もう孫同然の相手に自然と頬が緩んでしまうのがわかる。
いつもならメルも店の準備を先にするのに、どうしたものか。
「えっとね、広くなってたの」
「広く? ひょっとして、洞窟がかの?」
我ながらまさかという思いと、やはりという思いが
入り混じった声になってしまうのも無理はない。
自然に出来た場所ではないのは間違いないからの。
ファルクからも相談は受けていたのじゃ。
今まで行ってなかっただけなのか、広がったのかがわからない、とな。
今はファルクが丁寧に書き記した物があるから、
ルーファスやメルでも迷わない……はずじゃった。
「うん! 見て、じーじ。奥の方にお花が増えてたの!
ぼんやり木も光ってたの!」
「……おお。そうかそうか。これはワシが並べておくからの。
メルは自分のお仕事をしておいで」
嬉しそうにメルが取り出した花を見て、
噴出さなかったワシを褒めてほしい。
ワシの見立てが確かなら、歓楽街なんかで使われる夜の薬の材料だったはずだからだ。
ミポイレとかいったかのう?
そうなると本命は花が生えていた木と枝葉になるはずじゃ。
なにせ、煎じてお茶にするだけで並のポーション並みに
効力を発揮する希少な植物じゃからのう。
その割に切り倒しても環境が良ければまた1年もしないうちに生えてくるそうじゃが……。
全部が薬になる木じゃが、
花から作れる薬のせいで外では確か管理されていたはずじゃ。
(まったく、教育に悪い!)
客が余計なことを言わないように祈りながら、
ワシはルーファスに一言断って棚の一角にその花を陳列する。
需要自体は確実にあるんじゃよね、この類は。
冒険の際の強壮剤にもなるしの。
と、視界にルーファスとメル以外の人影。
もう慣れたその姿はファルクが残していった魔法人形の2人。
2体、というべきなのかもしらんが、
2人と呼びたくなるのはそれだけの存在だからだ。
罠や敵を探る斥候職に見えるその姿はどこか微笑ましい人形だが、
実力は非常に高い。
ファルクはゴブリン程度じゃ相手にならないみたい、
と言っていたがとんでもない。
2人相手ではワシも持たんだろうな。
東方にザイーダあり、と呼ばれていたような
若い頃なら、な。
あるいはあの子らの両親なら余裕じゃろうがのう。
ワシとルーファス、メル、そして人形2人、がこの店の従業員というところじゃ。
といってもワシと人形2人はほとんど接客はせん。
人形はしゃべることもできんしのう。
荷物運び以外にはワシは相談を受けるぐらいなもんじゃ。
年の劫が役立つならこんなにうれしいことは無い。
村の者が手伝いに来ないのは冷たい、と
たまーにいってくれる冒険者もいるが、
実のところ、そうでもない。
確かにほとんど手伝いには来んが、
それはそれで2人の頑張りたいという意見を尊重しているからじゃ。
お店以外の部分、困っていそうなことなどは
さりげなく手助けはしてくれておる。
現に、隣の家のおやじなんかは
汲みすぎた、などと言いながらちょくちょく水瓶に
井戸からの水を入れにきおる。
買い物もワシがいけんときには誰かしらが横について
商人と話して居るしの。
もっと儲けよう、手伝うから規模を広げよう。
そんなことを言いだす奴が1人もいないのが
この村の良いところじゃなあ。
「おじじ、これとこれで注文は大丈夫かな?」
「どれどれ……おお、問題ないぞ。パピル草はともかく、
パラーのほうはまだ世間じゃ実がなるには早いからのう」
定番の回復薬用の薬草類のほか、
最近ではこれらの毒薬用の需要が増えてきたようじゃ。
もっとも、冒険者には直にとなると少量しか売らんし、
商人もギルド推薦の相手にのみとしておる。
悪用されては目も当てられぬからの。
今のところは、地形の問題から
育ち方の違う場所がある、などとごまかしてはいるが
これ以上規模が大きくならないようにせんとな。
「おっはよーございまーす!」
「あっ、姉ちゃん!」
そんな空気を切り裂くようにしてやってきたのは……少女と呼ぶには
そう……少々厳しい妙齢といったところの娘さんだ。
最初はただの冒険者かと思ったのじゃが、話をたまたま聞いたらとんでもなかった。
村の近くにまできていた厄介な相手を討伐にきたエンシャンターだったのじゃ。
何が気に入ったのか、こうして週に2度は
人外の速度で街からここまでやってきておる。
いざという時に頼りにできるので、
ワシとしては困った話ではないのだが……。
この村ってエンシャンターの守護範囲じゃったかのう?
「ザイーダさん、今日も異常はないですか!」
「おかげさまでのう。しっかし、お前さんも暇じゃなかろう?
ここに来ていいのか?」
彼女がここに来なくなってしまっては少々困るが、
理由自体は聞いておきたいところである。
「んー、元々この辺までは私の管轄だったみたいなんですよね。
引継ぎが上手くいってなくって。判明したからにはちゃんと!ってとこです。
ルーファスくんやメルちゃんにも会いたいですし」
この娘さんも真面目なんだか、自分の欲望に正直なんだかよくわからんのう。
ワシは話を聞きながらそんな感想を持つのだった。
「ありがとうございましたー!……じいじ、今日はもう閉める?」
「日も落ちてきたからの。そうしよう」
今日最後となる冒険者のお客を見送り、店を閉める。
人形2人と一緒に素早く掃除を終え、食事じゃ。
刺激そのものはそう多くないが、平和な1日。
冒険者をやっていた頃を考えると、
これが如何に大事か、よくわかる。
願わくば1日でも早くファルクもこの日常に戻ってこれますように。
(無理はするでないぞ……と言ってものう、あいつらの子供じゃからなあ)
雲1つ無い月夜。
ワシはファルクの無事を祈りながらも、
なかなか落ち着かなかった両親を思い出す。
そう考えると、波乱の真っただ中にいそうな予感に、
先ほどとは別の意味で女神や天使に祈ることにするのだった。




