MD2-032「グリーングリーン-2」
「私も行っていいんですか?」
サフィリアさんから話を聞いたマリーの第一声は無理もない物だった。
エルフの里へと招かれた僕だったが、
サフィリアさんはマリーも一緒に来るといい、と誘ったのだ。
僕達3人がいるのは街の食べ物処。
開けた場所にテーブルと椅子、
そして日よけの大きな傘、と斬新なお店だ。
調理場自体はすぐそばにある建物であるが、
昼間の明るいうちしかやらないらしい。
名前はオープンテラスシルファン、というそうだ。
なんでも精霊戦争時代の英雄がやっていたお店の形をまねたらしい。
雨が降ってきたらどうしよう、という気もするけど今のところは大丈夫なようだ。
テーブル同士はそこそこ離れており、
声を荒げなければ何か話してるな、程度にしか聞こえないのがいいのだろう。
それはそれとして、エルフの里の話だ。
それは秘境の代名詞でもある。
霧に覆われ、歩いてはいけない高地にあるであるとか、
一度死ななければたどり着けない、などと
噂されるときもある場所なのだ。
僕が知る限りではその他にはドワーフやハイリザードなどの
亜人と呼ばれる種族の隠れ里も同じような扱いを受けている。
勿論、エルフ自体はこうしてサフィリアさんがいるように、
外に出てこないということは無く、普通の集落はそれなりにあるようなのだ。
その分、里自体の希少度合いは増していると言えば
今の僕達が如何に幸運かわかるんじゃないだろうか?
「構わないよ。なあに、人間が思ってるほど里は閉鎖的ではないのだよ。
ただ単に、エルフを誘拐しようだの、悪いことを考える人は入れない。
里本体は確かに秘境で迷いやすい場所にある、とそのぐらいでね」
僕達の顔には緊張と驚愕が大きく描かれていたのだろう。
サフィリアさんはそう笑って器からお茶を一口。
「転送柱、転送門を知っているかい?」
続けての言葉に、僕は言葉だけならと頷く。
マリーは見たことがあるようだった。
「なら話は早いね。簡単さ、エルフがいないと使えない転送用の柱や門はあちこちにあるのさ。
エルフも馬鹿じゃない。誰でも招くという訳ではないからね。
実家に招くような物……かな」
サフィリアさんの説明は何やら庶民的な中身だったが、
すごくわかりやすかった。
つまりは下心を持っているような人はエルフに招かれにくいし、
自力でたどり着くのは大変、となるとだんだんと希少な扱いを受ける、と。
それはよくわかったのだけど……。
「ルクルスさん達とは一緒じゃなくていいんですか?」
「ランダさんは宿にいらっしゃるようですけど……」
そう、僕とマリーが気にしているのは、
どちらかというとサフィリアさんが1人で僕達を里に招く、としかいっていないことだった。
僕達が戦力的にちょうどいい、と言われてはいたけど、
それでも他の冒険者達を見てもルクルスさんたちは
穴が無く、いい集まりに見える。
逆にサフィリアさんが抜けてしまっていいのだろうか?というぐらいだ。
「彼らとはもともと臨時の集まりでね。この夏で私は抜ける予定だったから
ちょうどいいと言えばちょうどいい」
サフィリアさん曰く、もう3年ほど組んでいるそうだけど、
別に目的があるのでそれまでの臨時のパーティーだったそうだ。
その目的自体は教えてくれなかったけど、
どうも僕達に無関係ではなさそうな気がする。
丁度良すぎるから気になるのかな?
『そういう疑問を感じる部分は大事だ。生き残る上で、な』
ご先祖様はそういうだけで断れとも言わない。
なら、僕としてはせっかくの機会を逃さないようにその手をつかむだけである。
「そうなんですね。じゃあ喜んで。
準備はどうしましょう? 僕達2人はホルコー、馬に乗れますけど」
「私は徒歩でも問題ないよ。これがあるからね」
サフィリアさんはそういって自身の足、口を軽くたたく。
小さな緑の羽根が添えられた革靴の様だった。
こういうからには恐らくは魔道具、しかも足が速くなるであるとか、
疲れにくいとかそういった類だろう。
『エルブンサンダル? いや、模倣品か? それでもここからでも良い物だとわかる』
どうやらご先祖様も知っている魔道具なようで、驚きの気配が僕にも伝わる。
「ご想像の通り、半日走っても大丈夫さ。彼女、マリー君の履いている靴も
似たような物だろう? 悪路に強そうな魔法を感じるよ」
さすがエルフ、触らずとも魔力の感知はお手の物、ということらしい。
ともあれ、移動に問題が無いとなれば食料などの確保ぐらいだろう。
出発の日にちを合わせ、ギルドにもしばらく不在の連絡をすることにした。
ヒルオ草の、などと二つ名染みて呼ばれるほどには僕達は地道ながらも
順調に稼いでいたからか、街を出る時や長期に依頼を休む時には
一言残してほしいとギルドには言われていたのだ。
今回はどのぐらいになるかわからないけど、
それなりにかかる可能性や、滞在が長くなることだってあると考えた。
幸いにも、僕達を真似して地道な依頼をこなす冒険者は
それなりに増えているようでその不安は無くなっていた。
特別じゃなくなった感じがしてちょっと残念ではあるけどね。
「エルフの里……想像つかないです。やっぱりエルフさんしかいないんですかね?」
「たぶんそうじゃない? 後は僕達みたいに招かれた人ぐらいじゃないかな」
僕とマリーは街をうろつきながら干し肉などを選んでいる。
どのぐらいの旅になるかわからないけど、食事は大事である。
少しのお金を払って試しに食べ、納得行くものを選んでいく。
「あ、そうだ。ファルクさん、ファルクさんの魔法の袋が中身が腐らないってことは
秘密の方がいいですからね?」
「そうなの?」
僕が思わず問い返すと、マリーは今さらではありますけど、と頷く。
どうも魔法の袋は魔道具としてはそこそこ知名度がある物らしく、
その容量は様々らしい。
ご先祖様が途中で伝えてきたところによれば、
基本的にはかつての英雄たちが使っていた術が魔道具となって残っているだけらしく、
新しく作るのは限られた力の持ち主ぐらいだろうとのこと。
後は全て発掘品、あるいはダンジョンでのドロップになるそうだ。
「それに、ファルクさん。それ、実はその袋が無くても使えますよね?」
「……うん。今度、話すよ」
どうやら僕の秘密はある程度マリーにやはりばれているようだ。
一緒にいれば当然だけどさ。
他の人が見た時のための偽装である麻袋がただの麻袋だと気が付いたみたいだった。
言いよどむ僕に対し、マリーは笑顔のまま。
「いいですよ。前も言いましたっけ? 誰だって隠しておきたいことってありますもん」
『良い子だなぁ……』
(ほんとにだ。心配になるぐらいね)
なんとなくだけど、エルフの里に行ったら話す機会があるような気がする。
エルフは魔法使いとしても有名だけど、特別な魔道具も作れる、
という側面も聞いているのだ。
そうなればご先祖様の事も見抜かれるのではないか、という思いがあるのだ。
『あり得るな……ま、だからどうってことはないがな』
頼もしいご先祖様の声を聞きながら買い物を終え、
なんだかんだと出発の日が近づく。
出発の日、ちょくちょく様子は見に行っているけど、
預けていることの方が多かったホルコーを引き取りに行き、
その背に荷物をいくつか乗せる。
ほとんどは僕のアイテムボックス、魔法の袋の中だけど
すぐに誰でも使える、という物も大事だ。
徐々に僕のアイテムボックスの容量は増えており、
今でも商人としてやっていけそうなぐらいの量を収めることが出来る。
補給物資の運搬依頼とかあったら受けてもいいかもね。
普通はどこの馬の骨とも知れない冒険者に頼むなんてことはないだろうけどさ。
「よし、行こうか」
北西の門で待っていた僕達へとサフィリアさんが声をかけてくる。
それがこの街を出る合図だ。
門番の2人に手を振りながら、3人は歩き出す。
ホルコーにはゆっくり移動してもらっているけど、
それでも徒歩と比べればやはり早い。
サフィリアさんはそんなことを感じさせないような速さで
滑るように並走してくる。
「ふふ、不思議かい? エルフはこれでも森の中をあちこち駆けずり回るんだ。
森の中は元より、ちょっとした移動なら余裕さ」
本人の力と、魔道具が合わさって
一人旅なら想像以上にあちこちに動くよ、とのことだった。
叶うなら僕も手に入れたいなと感じる。
ホルコーも問題ないんだけど、場合によっては馬だと
危ない場所や襲ってくる怪物から守り切れないかもしれないからだ。
最終的にはどこかで大切にしてくれる人に譲ることも考えなければいけないかもしれない。
「きゃっ」
「おっと」
僕のそんな感情がわかったのか、突然ホルコーは
文句を言うようにいなないて首を振るう。
その拍子にマリーが僕へとギュッと掴まってくる。
背中にその何とも言えない感触を感じながら、
宥めるように首のあたりをぽんぽんと軽くたたくと、
ホルコーの瞳が僕の方を向く。
意外にもその瞳には怒りなどは無く、
どちからというと今の僕達の状況を楽しんでいそうな感じさえする。
なんだろう、ものすごく馬に気を使われた気がする。
『世の中には喋る馬もいないわけじゃないらしいからな……。
ひょっとするかもしれんぞ?』
冗談とも本気ともわからないご先祖様の声を聞きながら、
僕はサフィリアさんの案内に従って進む。
里に通じるという転送柱にたどり着くのはそれから3日後の事だった。
邪魔する奴は馬に蹴られて、とはよく言いますが
けしかける馬があってもいいと思います!




