MD2-027「よぎる不安-4」
弓の弦に痛みが無いことを確認し、アイテムボックスから
残った矢を束ごと取り出すとそのまま弓を使う他の冒険者の人にも配っていく。
今回のような場合の依頼はある程度はギルドから消耗品のお金が
後日の報酬に追加されるらしく、大体ではあるがどんなものを配った、
という記録を各自とっている。
矢の配布後、僕は壁際にいくつもある小部屋のうちの1つで休息をとっていた。
誰が残り、誰が突入するのか、その話し合いの結果を待つためでもある。
まだまだ冒険者としては経験の少ない僕とマリーは、
ルクルスさんたち熟練者の決めた配置の通りに動く予定でいた。
勿論、任せきりというのには問題が無いわけではないのだけど、
誰だって死にたくはないのでどういう配分になるにしても
相応に考えられた結果だろうと考えているのだ。
ふと周囲を見れば、各々待機している冒険者おおよそ30名。
その中には僕達のような駆け出しは少ない。
いないわけではないようだけど、聞こえてくる話からすると
どうもこの広間のところで仲間と共に待つようだ。
役目としては、後方からの挟み撃ちを防ぐためだろう。
と、視線を小部屋に戻した僕の目に何かが揺らいだ。
「? どうしました、ファルクさん」
「いや……何かが動いたような」
『壁際の、そう、その妙に出っ張ってる部分だ』
マリーの疑問に答える前に、僕が呟くと同時に
ご先祖様が僕の顔を少し動かし、とある方向を向かせる。
それは部屋の壁際にあり、最初は何かを乗せる台座だと思っていた石造りの部分。
部屋の敷居や台座にしては半端な大きさだ。
しゃがみこんでぺたぺたと触ってみると、気になるところがあった。
「あれ……?」
重そうに見えた石のいくつかが、思ったよりも軽い物で取り外せることに気が付く。
しかもそれを取り出すと、中には何かの箱。
鍵はかかっていない。
「なんでしょうね、貴重品入れでしょうか」
「かもね。そっと開けてみよう」
魔力では変な物は感じないし、ご先祖様も興味を向けているのがわかる。
危ない気配は伝えてくれるご先祖様が黙っているので
僕も自分のスキルや感覚を信じてゆっくりながらも箱を開く。
「日記と、ペンダントですね」
「うん。表紙が読める……エラルド砦監督記録?」
ふわりと、ペンダントから精霊が浮かぶのがわかる。
どうやらさっき見えた何かはこの精霊だったようだ。
久しぶりに人間に会ったからか、浮かぶ上がってきたかと思うと
僕達の間をふわふわと飛び交うと溶けていく。
僕達は箱に視線を戻すと、その意外な綺麗さに気が付く。
箱に何かの魔法がかかっていたのか、この砦が放棄されたから
それなりの年月が経過しているはずだが、問題なく読むことが出来た。
中身も気になるけど、これは攻略に役立つのではないだろうか?
ダンジョン化の原因がわかるかもしれない。
「要所要所にしおりがあるな。最初は……何々……トレントが目撃された。しかも3本。
なぜこの場所なのか。監視のための休憩所を作ることにする……」
代表でルクルスさんに読んでもらってわかったこととしてはいくつもあるけど、
簡単に言えばこの砦が複数のトレントが集まって出来た森を監視するための場所で、
最後にはただの森になったことを確認して砦としては放棄されたということだった。
その場にいるほとんどが、トレント程度で何を、という反応だった。
僕もその1人だ。
しかし、僕の頭の中のご先祖様、そしてサフィリアさんら1部の冒険者からは
驚きの気配が伝わってきた。
『今でいうトレントはこの時代のトレントとは別物だな。
昔、トレントはもっと大きな、動く木の親玉みたいな扱いの名前だったんだ。
それこそドラゴンぐらいの大きさのな。
それらが集まると、そこはいつしか迷宮を伴う森と化すという』
(そうなんだ……あれ、ってことはこの辺の森は……)
同じような説明がサフィリアさんたちから全員にされ、それぞれが驚きの顔になる。
「でもよ、今回の森自体はまだ普通だったんだろ?」
そう、ダンジョン化してるのではないか、という状況になるまで
このあたりは普通の森だったはずなのだ。
「ええ、そうです。この記録でも砦を築き、途中何度か討伐に向かうことはあったそうですが
最後の20年は何事も無く、いつの間にかトレントは動くことは無くなっていたそうです」
サフィリアさんによるその後の解説も含めると、この砦は元々の役目を終え、
トレントの森から増えていった木々にその身を埋もらせたことになる。
それが、最近になって目覚め始めた?
「理由はともあれ、その眠っていたはずのトレントが起きたのか、
あるいは全然関係ないところからトレント……ええい、めんどくせえな。
昔の奴はエルダートレントでいいか、エルダートレントと無関係のトレントが
同族の気配に惹かれてでもしたのか、ここにきたかってところか」
ルクルスさんの言葉にそれぞれが頷き、事態の厄介さを再認識する。
元々のトレント、エルダートレントが相手に含まれるとしたら
それはどれだけの経験を積んでも不思議ではない存在を相手にすることになるし、
無関係なトレントだとしたら下手に戦うことで
刺激したエルダートレントを起こしてしまうかもしれないという恐怖。
どちらの場合も僕達に有利ではないからだ。
でも、誰もが恐怖よりもどこか興奮した表情だ。
「ふふっ、討伐に出てくる冒険者なんてのはね、大体がこんなもんよ。
私だってそうだけど、何とかできそうな戦いは大好物なのよ」
僕が疑問を顔に出していたのか、ランダさんはそういって僕のほっぺたをつつく。
「あなたもね、遠慮せずにやれるだけやればいいのよ。
この子にいいところ見せないとね」
魔力の回復に集中するため、静かにしたマリーをからかうように、
おどけた声でランダさんはそういって離れていく。
僕とマリーは赤くなった顔を突き合わせ、ごまかすように笑うしかない。
何人かにそれを面白がる視線を向けられた気はしたけど、
それよりもついに配置の発表である。
僕達は…なぜか前線に選ばれた。
そのことで僕の事をよく知らない冒険者にルクルスさんがからかわれるように言われるが
真面目な顔で僕の肩を叩いて、実力は十分だと保証してくれた。
勿論マリーもだ。
嬉しくなって舞い上がりそうになるけど、
出発してすぐに感じる匂いと気配にはっとなる。
風の音のようにも聞こえるけど、間違いなく怨嗟の声だった。
「眠っていたのに起こされたんでしょうか」
マリーは誰が、とは言わない。
どう考えてもここで眠っているのは砦に関係する人間のみだからだろうか。
これまでと違い、穴は開いていても
そこをトレントではない巨木の根などがふさぐ形で
暗い道を魔法の灯りを頼りに僕達は進む。
その通路にたまに響く声や音に、僕もいいようのない不安を抱えることになる。
「そろそろか、準備しとけよ」
「はい、いつでも撃てます」
(出てくるのはトレントとアンデッド……火が有効だろうけどここじゃあなあ)
建物そのものは石造りだとしても、
あちこちに巨木が侵食しているし、
広い場所とも言い難いので燃え広がったら大変だ。
そうなると、使うべき魔法は……。
「マナボール!」
瞬間、同行している冒険者数名、魔法使いであろう人たちから
魔法の灯りとは違う玉状の光りが飛び出し、正面に突き進む。
悲鳴のような何かを響かせ、その先で消える何か。
「スピリットか、壁抜けが面倒なんだよねえ、あれら」
サフィリアさんのため息のような言葉が全てを表していた。
僕は必要な時に撃てるよう、同じくマナボールの準備をする。
残念ながら、僕は浄化系の魔法がまだ覚えてない。
マナボールも浄化系の魔法も厳密には属性が無い。
そのため、適性が特になくても魔力さえあれば使えなくはないのだ。
普通の人も、いざという時に備えて覚えてる人がいるぐらいだ。
僕はほかの魔法を優先していたせいなんだけどね。
アンデッド、特にゾンビ等の類には
ある意味で普通の攻撃が効果は薄いと言われている。
生きていればひるむような怪我に相当する状態でも
お構いなしに突き進んでくるからだ。
これは銀武器等じゃないと切れないスピリットにも言える。
頭を飛ばすか、燃やし尽くすか、
あるいは……浄化かそれに近いことをするか。
ご先祖様曰く、魔力ダメージが一番、だそうだ。
ダメージってのがよくわからないけど、聞くところによると
要はアンデッドの中身はスピリットだから、なのだという。
本体であるスピリットに攻撃を与えると、その肉体を制御できず滅ぶという。
試しに、と出てきたアンデッドに他のみんなが直接攻撃魔法を撃つところ、
僕だけはマナボールにしてみんなを驚かせる。
その視線の先でアンデッドが
勝手に崩れたように倒れていくのを見て僕もみんなも驚いた。
魔力消費的にはマナボールの方が圧倒的に楽なのだ。
これでいけるなら、と次からはマナボールを連射する形に攻撃は切り替わった。
そうしているうちに僕達はどんどん進んでいく。
砦跡、といっても元は人が暮らしていた場所だ。
そう長い距離を進むことなく、ハヤテさんたちがたどり着いたであろう場所に
僕達もたどり着く。
(広い、ね)
『この気配……トレント、エルダーの方がいるぞ。上のでかいのがそうだ』
ご先祖様に言われ、僕は慌てて天井の方を向く。
広い、本来は下手をすると屋根が無かったのではないかと思わせる場所。
その上側を巨木と呼ぶのもおかしいような大きさの木々が
互いの枝と葉で覆うように広がっていた。
『でも完全に眠ってるな。起きそうにない』
ありがたいご先祖様の調査結果を聞きながら、僕は視線を戻す。
「見える範囲じゃうじゃうじゃといってもこんなもんかってぐらいだな。
増援があるだろうが、ひとまず片づけないと調査もできん」
自分に言い聞かせるようなルクルスさんの言葉に、
同行してきた冒険者のほとんどが頷き、各々の準備を始める。
こちらに気が付いたアンデッド、ゾンビの類が動き出すが歩みは遅い。
迫ってくる理由は僕達への殺意か?
あるいは、眠らせてほしいという嘆願のためか。
それを聞くことはできそうになかった。
木漏れ日と、無数に打ち上げられた魔法の灯りが
かつて墓地だったであろう場所を無常に照らし出し、
戦いは始まりを迎える。




