MD2-251「白亜の願い-4」
『この先に広場がある。そこで迎え討とう』
「こっちへ!」
白亜の都は、とても静かだった。僕たちや天使人形の出す音以外は、だけどね。ぱっと見は年月を感じさせる古さなのだけど、崩れてくる様子はあまりない。むしろこのまま時間が止まっているかのように感じるぐらいだ。
空中に浮かぶ地図も段々と埋まっていくけれど、確かに元々大きな都だったんだろうなと感じさせる場所だった。真っすぐな道、分けられた区画。計画的に作られた町だなと感じるのだ。転送門をくぐった僕たちを出迎えたのはやはりと言えばやはりで、天使人形たちだった。
ただし、その数は多くない。外でだいぶ倒したからか、動きも鈍い奴らしか残っていない。それでも下手に空を飛んで見つかり、一気に集まってきても面倒なので地上で迎え撃っているのだ。左右には壁がある場所からご先祖様の言うように進むと広場となり……僕たちの勝ちだ。
「いっけええ、ヒーちゃん!」
あだ名のよく似たシータ王女の合図に従い、飛竜は大きく翼を広げるとその勢いで群がる天使人形を薙ぎ払った。最初に出会った時のような強さはどこにもなく、なんだかかわいそうになるぐらいの姿に僕も明星を振るう手が少しばかり、遅くなる。手加減というより、何かしてきても対処できるようにというつもりだ。
「なんだろうなあ。これだけ抵抗してると、女神様が怒ってきそうだけどな……」
「そうですよね。守るのはこっちに任せなさいって言ってるわけですし……」
もしかしたら全部を見ているわけにはいかないのかもしれない。もしくは、ここ以外の場所ですごい抵抗している場所があるのかな? 例えば、亜人の里とかさ。エルフなんかは全部話を聞いたうえで、断りそうな印象があるんだよね。
『答えは後で聞けばいいさ。よし、祭壇に向かおう』
くいっとご先祖様の力により僕の足が少し動き、そちらの方向へと進む。最近はその機会もないけれど、ご先祖様は僕の体をある程度動かすことが出来るのだ。まだ強くない時には、それで助けられたよね。今も、たまーに無駄な部分を修正してくれる。本人曰く、隣で見てるとよく覚えるもんだ、だって。
「ふっ!」
曲がり角で遭遇した一体の天使人形に一息で近寄り、明星を一閃。走る勢いを剣に乗せるという思い通りの一撃は綺麗に天使人形を肩口から両断することに成功する。切り裂いた後の気持ちも大事、と女神騎士団での訓練で教わった通りだ。
「おにーちゃんすごいね!」
「そうですよ、ファルクさんは強くなったんです」
2人の声に、少し恥ずかしくなりながら先へと進む。そうしながらふと、先ほど思い出した女神騎士団のことが気になった。あの団長はどちらかというと女神様は名前だけで、騎士であろうとする人に感じる。彼らは天使人形と女神様の言葉を前に、どんな行動をとったのだろうか?
あれこれと考えながらなおも進み、ついには祭壇らしきものがある場所に出る。ここだけはなんだか建物が新しく、後から建てられたのかな?と感じるのだった。中央には器のような物がある。
(これが祭壇……でも、何をどうするんだろう?)
お水が溜まってるわけでもないし、何をどうやって祈るのか。その疑問にはご先祖様はすぐには応えてくれなかった。王家は何度かここを利用してるはずだからとシーちゃんを見ると真面目な表情になったシーちゃんが飛竜から降り、どこからか銀貨を1枚、つまんでいた。
「えっとね、こうやって……」
チャリンと、銀貨が音を立てて祭壇らしき器のような場所に転がっていく。魔法を唱えるかのようにシーちゃんが言葉を紡ぐと、銀貨からは多くの精霊があふれ出した。この銀貨、純銀貨の古い奴だ。
銀貨は普通に僕も使う世の中のお金だ。土地により多少価値が違うけれど、大体1枚で色んな買い物が出来るぐらい。その銀貨にはいくつも種類がある。特に価値があるのが、第二次精霊戦争より前とかに作られた純銀貨だ。ただ銀で出来た物、というだけでなくその中には古い精霊が住み着いている。しかも、大量に。
「こうやって、お祈りをするの。みんなご飯が一杯食べられますように、とか」
「そっか。ありがと」
「ファルクさん、私も少しは持ってますよ」
少し離れた場所に飛竜とホルコーは待機している。シーちゃんは僕の胸ぐらいの高さの背丈のちっちゃな女の子だ。そんな彼女の頭を妹にするみたいに撫でると、こちらが温かくなるぐらいの笑顔を浮かべてくれる。マリーも彼女の笑顔に微笑みつつ、懐から言葉通りに銀貨を出してきた。
『今回は必要ない。ファルク、お前に全てを渡す時が来た』
「僕にご先祖様の全てを?」
内心、とても驚いていた。ご先祖様、ファクト爺ちゃんはこれまで多くの物を僕にくれたし、たくさん助けてくれた。もう十分に、と思うぐらいに。だけど、まだ渡していない物の方が多いように彼は言う。思い返せば、戦う力も、物を作る力も元々僕の中にあった物をご先祖様が引き出してくれた物だ。
いつだったか言っていた。ご先祖様の持つアイテムボックスにはたくさんの物が入っている、と。
『まだ実力のないうちに渡しても、手に余るだろうと思ってな。だが、もう十分だろう。ファルク、我が子孫よ。本当にお前自身が望んでいるかは俺にはわからないが、お前が誰かの英雄であることを望んだとき、その助けとなる力を渡そう』
最初は、ひだまりで温かさを感じているときのような状態だった。そのうちに、ぬるめだった熱は真夏の日差しのようになる。しかも、それからは逃げられない。優しくはないけれど。苦痛でもないその力が確実に僕の中に染みてくる。
「これが……」
『ああ。これが、いつか来る日のためにと磨き続けた人の力だ』
すぐそばにいるマリーとシーちゃん、それに飛竜とホルコーも驚くのを感じる。特にそばにいる2人はすごい感じてるだろうね……僕の変化を。と言ってもいきなり体つきが変わるとかそういうわけじゃあ、ない。でも確実に、魔力は変化した。器一杯に広がるような感覚と共に、体中に力が湧き出て来た。不思議とそれは借り物じゃなく、本当の僕はこれぐらい強いんだと感じさせてくれた。
『英雄が強いのは単純に力や魔力が強いから、ではない。鍛えれば強くなる、その可能性がどの方面にもあることこそが英雄となりえる素質なのだ。努力が確実に実を結ぶ、それがどれだけすごい事か、わかるだろう?』
(うん、よくわかるよ)
世の中には、どれだけ努力してもその通りに結果が出て来るとは限らない光景はたくさんある。普通の人でもそれは一緒だ。そう考えると、鍛えただけ強くなる、確かにそれだけでとてつもない事だった。
「ふう……」
体に力が馴染んできたのを感じた僕は、一緒に入ってきた知識に従ってアイテムボックスに手を突っ込み、それを取り出す。両手で抱える大きさは顔が隠れそうなほどの大きさの布袋。だけどその中身は……。
「たくさんピカピカしてる……!」
「ファルクさん、それ……まさか!」
「そう、そのまさかさ。そうれ、昔ご先祖様がしたみたいに、銀貨のお祭りだ!」
袋の口を下に向けると、中身が飛び出してくる。それは銀貨、無数の……純銀貨だ。
硬貨同士がぶつかる音が響き、どんどん祭壇な器が銀貨に満たされていく。見る人が見ればそれだけで気絶でもしてしまいそうなほどの光景だ。だけど僕は冷静に、言葉を紡いだ。
あふれる精霊に願う。白亜の都より、女神への道を開けと。