MD2-249「白亜の願い-2」
久しぶりの王城は騒がしかった。もちろん、急に現れた天使人形への応対のためだと思う。飛竜たちに餌であろうあれこれを運んでいく兵士達を横に、シーちゃんの先導を受けて歩く僕たち。普通ならば止められるところだと思うんだけど、こちらに視線は来るけれど問い詰められることはない。
(僕のことを知ってるのかなあ?)
『中にはいるだろうが、主に王女のせいじゃないか? いつものことなのかもしれないぞ』
ご先祖様の指摘の方が正しそうだった。ちゃんと身ぎれいにしていたのもあってか、嫌な視線を浴びることはなく見覚えがあるような気がする扉の前まで来た。確かここは……。
「兄様、戻りました」
こういった切り替えもちゃんと出来るようになったなんていうと不敬かなと思いつつ、姿勢を整えて扉をくぐるシーちゃんの背中を見ながら勝手に感心している僕だった。そのまま外にいるわけにもいかず、中へと入り……見覚えのある顔を見つける。
「おや、君たちは……」
「ご無沙汰しています。フェリオ王子」
暇はないと思うんだけど、王子のいた部屋にはあまり騒がしさは感じなかった。以前、依頼を受けたときと変わらない光景がそこにはあった。報告を受けていたのか机にある紙の束が唯一の違い、かな?
変なの、追い払ったよと可愛らしく報告するシーちゃんを王子も優しく撫でている。恥ずかしそうではあるけれど、嫌ではないんだろうね。年の離れた妹を可愛がる兄の姿がそこにはあった。
「私は前線に立てるような人間ではないけれど、随分と力量を上げたようだね。それでこそ、か。妹がまた夢を見た。そこでは君たちが何か大きく白い物を相手に戦っている姿が見えたそうだ。心当たりは……ありそうだね」
「王子は……いえ、オブリーンはあの声のことをどう?」
シーちゃんが天使人形を倒してるところからもわかりきってはいるけれど、念のために聞いておく必要がある。女神の言うことを受け入れるのかどうか。あるいはどこまで信じてるのか……。やはり難しい問いかけなのか、王子は腕を組み考え込む。こんな姿もカッコいいんだからさすがというべきかな?
「信じがたい、一言で言うならこうだね。もちろん、世界中にあの声を届けるだけの力量がある存在だというのは間違いない。現に手先となるだろう存在もこちらに来たわけだからね。だからといってはいそうですねと武器を手放すこともできない。国は自分達で守るべき物、そう考えている」
「だから今は情報収集、ですね」
わかってるじゃないかと言わんばかりに、マリーへと自身の手にしていた紙の1枚を手渡してくる王子。僕も横から失礼すると……既に10回以上、領地内で天使人形との戦闘があったことが記されていた。さらに、天使人形は魔物にも襲いかかってるということが書いてある。
「ある程度凶暴な相手は、言葉通りならば均衡を崩す守る対象に無い存在、ということのようだね。それはそれで困るのだが……まあ、この辺は全体で対処することだ。それで、君たちはどこへ? ただ遊びに来て出会ったという訳ではないだろう?」
いつの間にかやってきたメイドさんの用意してくれたお茶を前に、向かい合って座り事情を説明する。僕たちも声を聞いたこと、女神に会いに行こうとしてること、そしてそのための道が白亜の都なるところにあるということ。白亜の都の言葉に、王子も大きく反応した。
「そこはオブリーンが定期的に儀式……世界と精霊に感謝する静かなお祭りのようなものかな、をやってる場所だ。歩きや馬車であれば距離があるが……ああ、君たちなら転送門を使わずに飛んでいけるか。うん、父には話を通しておこう」
随分とあっさりした返答に僕たちが逆に驚く番だった。話の通りなら、いわゆる機密になるんじゃないかなと思うんだけど……今さらってことなんだろうか? っと、待てよ……フェリオ王子はそんな簡単な人じゃ、無い。
「対価には何を?」
「おや? 私は要求はしていないけれど、そう言ってくれるのならば頼むとしようか。イタッ!」
前にも見た王子らしい笑顔を浮かべたところで、その表情がゆがむ。犯人は横に座っていたシーちゃんだ。ぷくーっとほっぺを含らませて怒っている。わき腹をつねったようだ。
「もう、兄様。お友達は大事にするって言ってるのに」
「あはは。そうだね、そうだ……じゃあ、お願い、かな。地下の兵士達のことは覚えているかな? 彼らの手助けをしてほしい。今も渓谷のそばで戦っているはずなんだ。今回の相手と、ね」
白亜の都へは彼らも道を知っている、そう言われては助けない理由も僕たちにはなかった。念のために場所を再確認してから、すぐに向かうことにした。一晩ぐらい泊まっていけばどうかなとも言われたけれど、こういうのは早い方が良いよね……一部の例外を除いて。
その例外は、僕だけでなくマリーの腕もつかんでいる。他の誰でもない、シーちゃんだ。
「もう行っちゃうの?」
「お友達を助けに行くんだ。お友達は笑顔の方がいいよね?」
「また来ますよ、シーちゃんと遊ぶために」
故郷の弟たちを思い出すあれこれをやり取りしながら、ようやく放してくれた手をもう一度ぎゅっと握って笑って見せる。弟たちも、こうすると夜寝れないってときも寝てくれたんだよね。小さい子扱いは怒るかなとも思いながら、上手く気持ちが伝わったみたいでほっとした。
飛竜と一緒にお世話をされていたのか、風で少しぼさぼさっとしていた髪もきれいになっているホルコーに乗り、空へと舞い上がる。王様たちに会っていくべきなのかもしれないけど今回はいいよね、王子が話してくれるし……って!?
「シーちゃん!」
「シータも行く! みんな、お友達だもん!」
言われてみればそうだった。あの兵士達は僕たちだけの知り合いではない。むしろ関わりとしてはシーちゃんの方が深いと言える。でもこっちの守りはいいんだろうかと思っていると、眼下には飛んでこない他の飛竜たち。どうやら他の飛竜は残るようだ。ということはフェリオ王子あたりが率いるのかな? どうなんだろう?
細かく聞いてみたいところだけど、王女がいないと動かないなんてことがあるならこっちに来るのを許さないだろうからきっと大丈夫……たぶん。
「おにーちゃん、おねーちゃん、行こう!」
「だそうですよ、ファルクさん」
随分と元気なシーちゃんに笑いながら、僕たちは渓谷のそばへと向かう。一度死してなお、国のために戦う兵士達を助けるために。




