MD2-248「白亜の願い-1」
女神は全ての母である─そのことを悟ったのはいつだっただろうか? 結構前だと思うけれど、それまで僕は女神は人の神様で、いつでも味方してくれるんだと思っていた。多くの人が信じているマテリアル教でも、女神は精霊より上にいるかのような説明だったからね。
「だからと言ってっ!」
あわただしく旅立った僕たちが向かう先はオブリーン。黒龍が言うには、ただ霊山に昇ったのでは今は女神には会えないだろうということだった。そのためにはオブリーンの領地にある白亜の都で道を作る必要がある、と。
ご先祖様には心当たりがあるらしいけど、だからと言って無断で立ち入るのもどうかなと思い、許可を貰いに向かうところだったのだ。シーちゃんも元気かどうか知りたいしね。きっと、戦っている。
「これで終わりみたいですね」
「うん。間に合った……というには何か変だね」
今もまた、眼下に見えた町を襲う天使人形を見つけ、ホルコーが目立つかなと思いつつもすべり込んだのだ。女神の声はやはり皆聞いていたようで、武器は構えつつも積極的には撃退できていない様子だ。確かに、あんな風に言われたら迷うと思う……僕たちみたいに、最初から反撃する方が珍しいんじゃないかな。
血も流れず、悲鳴もあげない天使人形。彫刻が崩れていくかのように地面に残骸だけが残っていた。そのことに少し不気味さを感じつつも、けが人などの状態を確認していく。幸いにも問答無用で殺されるということは無かったみたいだった。力をよこせ、というのはその通りなのかな?
『反撃しなければ何もしないのかもしれないが、魔法使いのような自分だけで強さを発揮できる存在はどうにかされるかもしれないな』
いまいち条件はわからないけれど、冒険者の1人としては戦うのはやめろと言われて止められるはずもない。命を賭けて、生き残るために戦うことも否定されたのでは何もできないからね。そりゃ、狩りつくすようなことは駄目だと思うけど……
「君たち、その……さっきのはなんなんだい?」
「僕たちもよく知らないんですよ。だけどわかってることがあります。精霊は力を差し出せ、殺されろとは言っていません。こうやって力を貸してくれますからね」
町の兵士らしい人へそれだけを言って僕は再びマリーと一緒にホルコーで空を舞う。あのままだと噂になっていくような気もするけれど、いちいち説明するのもちょっとね……今はそれよりも白亜の都だ。
結局それからの移動の最中、何度も天使人形とは遭遇した。大き目の町には大体やってきてるらしい。村ぐらいになると来ないから……規模が大きいと力もあるという判断なのかな? 多くは半信半疑ながらも、襲われたら反撃するよねと撃退していた。
ただ、中には反撃せずに冒険者や兵士が一時的に逃げ出すか、武器を捨てたところもあった。それはどちらかというと女神を精霊より上に信じている土地柄だったんだと思う。それ自体は良い悪いとはなかなか言えないんだけどね。
「もうすぐかな……あれ……」
「山の方に何か見えますね」
もうすぐオブリーンの王都が見えて来るかなという頃、街から離れた場所に無数の黒点を見つけた。状況からして何かが飛んでいる。となるとあれ全部が天使人形? いや、でも……。
その姿を遠くからだけど捉えた時、僕はホルコーに速度をあげるようにお願いした。すぐにぐぐっと体が後ろに行くような感覚と共にホルコーが加速する。支えてくれたマリーの手を取りながら、姿勢を戻した。
「マリー、片方は飛竜だ。きっとシーちゃんがいるよ」
「わかりました! ためておきますね」
まだ空を飛ぶ何かがしっかり見えてくるまでは距離がある。だから今のうちに……と背中越しの魔力の動きが感じ取れた。そのまま僕もしっかりとホルコーの手綱を掴みながら前を見る。どちらかというと人型の天使人形に対し、やはり片方は竜だ。
飛び掛かり、爪や尻尾で叩き落そうとする飛竜に対し、空中で切りかかろうとする天使人形。やや飛竜側が有利に見えるけど長期戦となると微妙な気がする。
『火球を空中に! 合図になる』
「撃つよ!」
威力度外視、詠唱も省略に省略を重ねて適当に火球を放った。結果としてそれは誰もいない場所でさく裂し、音と炎だけをまき散らした。地上が火事になることはないだろうけど、戦っている両者にこちらの存在を示すには十分だった。
「そうそう、力があるなら取り上げに来るんだよねっ」
「させませんっ!」
天使人形は見る限りでは細かいことは考えていない。強い力があれば、あるいはありそうな場所に現れているだけ。だからこっちにもそういう存在がいると示してやればいくらかはこっちで惹きつけられる。そのままグイグイと空を力強く舞うホルコーの背中で、僕とマリーは魔法を放ち、すれ違いざまに明星で切り裂いていく。
ちらりと、飛竜の内一頭の首あたりに人がいるのを見た。髪の長い……やっぱりと言えばやっぱりな相手。相手もこちらの顔を見れるようになったのか、まだ天使人形は少し残っているのにこっちへと一気に近づいてきたのだ。ホルコーが驚いてしまわないようにするのに必死だったりする。
「おにーちゃん! おねーちゃん!」
世の中には男の子はしばらく会わないとぐっと成長しているなんて言葉があるけれどそれは女の子でも一緒だと思う。前に出会った時より体つきもちょっと変わったシーちゃん、シータ王女は笑顔をこちらに向けつつ両手をあげて喜んでいる。落ちやしないかと心配になるぐらいだ。
「会いに来たよ」
「元気でしたか?」
それでもまだまだ子供って感じのシーちゃんに、僕もマリーも親戚の子に会ったみたいに話しかけるのだ。そのほうが喜ぶってわかってるからね。狙い通り、シーちゃんは一層笑顔を輝かせ、笑っている。
「お家へかえろー! おにーちゃんたちも一緒だよ」
ちょうど目的の場所の話も聞きたいところなので、遠慮なくその誘いに乗ることにする。周囲を改めて見ると、天使人形は残らず撃退されたようだった。飛竜の力を感じつつも、むしろシーちゃんが飛んだまま王城に向かうことの方が驚きだった。
マリーと顔を見合わせながらついていくと……城内の庭部分に明らかにそれらしい場所が。鳥の巣のような物が無数にあるのだ。どうやらあそこが飛竜の宿らしい。
シーちゃんの乗る飛竜を先頭に、降りていくと城内からわらわらと兵士が出てくる。きっと彼らも王女1人を戦わせることを良しとしていないからだろうか? みんなシーちゃんを心配してるような感じがする。
視線を集めながら、そんな庭の隙間にゆっくりと僕たちは舞い降りるのだった。




