MD2-241「それは1つの終わりと始まり」
「すまない、助かった」
再びの霊山探索は、出会った人々からの感謝を何度も受け取ることが続いていた。人間の気配を、と確認しながら来ているのだけどさすがにいきなり当たりを引くことは出来なかった。それでも訪れた先では確かに人間と出会うことは出来たのだ。戦っていたり、迷っていたり……。
「お互い様ですよ。あっちからなら戻れる……かもです」
こちらがケンタウロスと一緒であることに驚くことがほとんどなのだけど、霊山で迷っていたらしい相手は僕が差し出した保存食やポーションを大事そうに抱え、体調を整えている。今の僕なら、どちらに行けば出口なのかなんとなくわかるのでそちらから来た、と嘘を交えながら誘導をしていく。
いつの時代の人かはわからないけれど、外に出れるならその方が良い……戦女神との戦いの後、そう強く思うようになった。先ほどの冒険者も、お礼といって僕に渡してきたものは純銀貨だった。これが発掘品としての純銀貨なのかはわからない。もしかしたら……普通に流通していた時代の物かもしれないのだ。
「これだけの人間がいるのならば、もっと出会っていてもおかしくはない。だが現実は違う。ファルクよ、この霊山……一筋縄ではいかないようだぞ」
「身に染みてますよ……本当に」
サラディンさんにもわかるようにため息をついて見せると、他のケンタウロスたちも同意するように頷いてくれる。幸いにも魔物とはほとんど出会わない道を選べているけれど、地形はそうもいかないんだよね。今も周囲を警戒してくれているマリーも驚くような光景に何度も出会った。森や林ならまだいい方で、時には荒れ地が広がるなんて光景もあった。
『一見すると景色としてはつながってるほうがはずれで、全然違う方が正解なんだから相変わらず悩ましい』
昔からこの場所はこんなだったみたいで、ご先祖様の疲れた声からもその厄介さがわかる。でも、こうして喋るのも旅が終わるまで……なのかな。両親が見つかり、故郷に帰ったとしてもお別れってことにはならないのに、なぜかそんな気がしたんだ。
「ファルクさん、何か聞こえませんか?」
何度目かの景色の変化。周囲がうっすらと雪化粧している冬山の景色に変わった時のことだ。マリーの言葉に僕も耳をすまし、気配を探り……それを見つけた。
離れた場所で、大規模な戦闘が起きている。ここからでもわかるほどの力のぶつけあいだ。
「行くぞ、ファルクよ」
「お願いします!」
ぐんっと、体が置いて行かれそうなほどに加速したサラディンさんの背中に捕まりながら、僕はなんだか胸騒ぎがしていた。この気配……覚えがあるようなないような……。
林を抜け、小高い丘も越え、そろそろというところで現場が見えてくる。思った通り、大規模な戦いが繰り広げられていた。人間側は10人近い冒険者。相対するは……白い竜のような集団だった。一瞬、ドラゴンがあんなに!?と思うような光景だけど……何かが違う!
『ああ、あいつは本当の竜じゃない。だが……人間に敵対するはずが……』
「なんだっていい! 助ける!」
「応っ!」
叫び声を重ねながら、一気に丘を駆け下りて現場に向かう。声を出すのは気合を入れるためでもあるし、双方に援軍が来たと知らせるための物だ。左手でサラディンさんに捕まったまま、右手には明星。既に風の魔法を魔法剣にしてまとわせている。
すぐに近づく冒険者達。その中の2人の姿に僕の視線が吸い寄せられ……感情があふれる。怪我をしているらしい女性をかばう男性。そこに隙を見つけたとばかりに襲い掛からんとする白竜。やらせる……ものかっ!
「しゃがんで、父さんっ!」
僕の叫びと共に、明星から暴風が吹き荒れる。意図を汲んでくれたサラディンさんたちからも同じように炎ではなく、風の魔法が飛ぶ。火は巻き込んでも大変だからね。それに、感情のままに制御を甘くしてしまってもマシということがある。
冒険者と白竜の間に風に続いてすべり込む。そのまま飛び降り、彼らの前に立って白竜へと明星を突き付けた。マリーはきっと僕の援護にと後ろに回り込んでくれてるはずだ。だから安心して……剣を握る手に力を籠め、敵を睨みつけた。
「君は……まさか?」
「話は後。だから、死んじゃ駄目だ」
本当は、今すぐにでも振り返って抱き付きたい。叫びたい……甘えたい。だけどやるべきことはやるべき時にやらないといけない。今は、白竜を何とかする時だ。近づいてわかったのは、冒険者たちはかなり疲弊していることだった。装備はぼろぼろだし、荷物だって少ない。つまりはそれだけ消耗しているのだ。
『あいつらに考える頭はない。一気に行け』
「僕が……相手だ!」
わざと隠さずに魔力も気配も全開にし、目立つようにした。いつもなら攻撃することが丸わかりでやらないことだ。今は自分が囮代わりになる時であった。一気に駆け出し、近くの相手に一撃を加えて……驚いた。思ったよりも弱い。サラディンさんたちやマリーの攻撃でもかなりの打撃を加えている。それだけ冒険者が疲労しているのだということがよくわかる瞬間だった。
終わってみればひどくあっさりとした時間だった。怪我1つ無く、僕は最後の白竜の首をはね……彼らは地面に溶けていった。
(後は……)
血で汚れることもない明星に不思議な気持ちを抱きつつ、腰に回した鞘に納めて振り返る。出来るだけゆっくりと、慌てないように……でも、ちょっとだけ失敗した。笑顔を浮かべようとして、ちょっとだけほっぺたが引きつったのだ。
「ああ……」
「これは夢か?」
仲間に抱えられたまま、疲労と怪我にか青白くなった顔を向けてくる女性は最後の記憶よりもほっそりしていて……呆然と呟く男性は髭が増えていた。黙ってくれているサラディンさん達に感謝しながら、1歩、1歩と近づき……首を振った。
「夢でも幻でもないよ。父さん、母さん。迎えに……来たんだ」
足が土に汚れるのも構わずに、後は抱き付いた。久しぶりの父さんの体は、相変わらずたくましくて……でも前よりも近づけた気がして、家族だってわかった。
周囲ではマリーとサラディンさん達が物資を渡しているのがわかる。母さんもポーションを受け取り、上手く飲めたみたいだ。自分で起き上がり、泣いている僕と父さんをさらに抱きかかえるかのように抱き付いてきた。
「ごめんなさいね」
「僕がしたかったからだよ」
最初の言葉は謝罪だった。ここに来るまでに苦労があっただろうことは言うまでもなくわかっているってことだろう。全部説明するつもりも今はなく、ただただ……正直な気持ちを伝えた。
しばらく3人で泣いていると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。今さらになって恥ずかしくなってちょっと離れてしまう。母さんは少し寂しそうだったけどそれでも冒険者らしく、支度を整えることにしたようだった。
「正直、助かった。目的は達したんだが、なかなか抜けられなくてな」
「みたいだね。ここに来るにも時間がかかったよ。でも大丈夫。今の僕ならわかるから」
それはどういう……という問いかけには秘密と答え、半信半疑の両親と一緒に出口へ向かうべく歩みを再開した。よく見ると冒険者の中には見覚えのある人が何人もいる。彼らは両親に依頼に来た昔の仲間なんだと思う。
「冗談かと思ったが、だいぶ鍛えたんだな、坊主」
「必死でしたからね。あ、こっちですよ」
道なりに進もうとしたみんなを、一見すると獣道にも見えないような細い方向へと促す。先に歩いて見せることで不安を少しでも減らそうとしたのが幸いしたのか、みんなついてきてくれた。
そうして進むことしばらく。段々と周囲の景色も固定されてくる。霊山で景色がころころ変わるのは奥に来た証拠だ。麓に近いほど普通の山とほとんど同じ。
「おお……」
「さあ、帰ろう」
その日のことを僕は一生忘れないだろう。夕暮れに染まる霊山のふもとで、僕は両親と一緒にその光景を眺めていた。霊山を抜けた……元の場所。
両親を探すという僕の旅は、最善の結果を得る形で区切りとなるのだった。




