MD2-229「白銀の宴-3」
広くない空間に金属のぶつかる音が響く。音の主は僕と、混乱した様子のハイリザードだった。ジルファさんの案内の元、その雪山へと進んでいた僕たちは、白銀の世界の中で動く相手と出会ったのだ。銀と見まごうばかりの輝く肌、そして炎のように赤い瞳と口元。その瞳が、驚きに染まっていた。
「ちょっと!?」
「ニンゲン、ナゼ!」
力の全然入っていない攻撃に、相手が混乱していて、さらにどちらかというと僕におびえていることに気が付いた。だから反撃で傷つけてしまわないよう、時間を稼ぐ形をとった。相手の武器である手斧を腕ごと跳ね上げたところで、体当たりをして相手を雪原に転がすことに成功した。
その隙に大きく後ろに下がり、走ろうとするホルコーを止めた。馬上で驚いているマリーとジルファさんをかばうようにして立ち……明星を降ろす。最悪、ナイフでも生み出して受け流すつもりだった。
『だいぶ若そうな相手だな……近くに話の分かるやつがいるといいんだが』
(冷静に分析してないで何かいい方法ない!?)
そんな内心の焦りを出来るだけ表に出さないように、相手に敵意がないことを伝えようと必死に考えを巡らせた。愛想笑いみたいな笑顔になってしまったのも無理はないと思うんだよね。でも……なんとか意味があったみたいだ。
「ン? ニンゲン……ダガエルフモイル」
「隣人よ、悩み多き雪原の民よ。汝らの悩みを話すために来た」
少し落ち着いたところにジルファさんの語りが響く。それで状況を察したのか、まだ警戒はしているようだけど相手も手斧を降ろしてくれた。まあ、リザードマンと人間、あるいはほかの魔物たちって結構争うからね、無理もないよ。
僕だって、いきなりコボルトが喋って、交易をしたいんだ、なんて言われても最初はなかなか信じられないだろうね。そのぐらい、種族が違うと難しいんだ。
「……ワカッタ。コイ」
ジルファさんとハイリザードとの交流は結構長いのか、あっさりと僕に襲い掛かってきたハイリザード……たぶん彼、かな? は慣れた様子で雪に埋もれた林の中を歩き始める。慌てて僕も追いかけ、ホルコーに乗ったマリーとジルファさんがそれに続く。
何かの魔法を使っているのか、足元と全身にほのかに力を感じる。よく見ると、歩いているのに足跡がほとんどない。まるで浮いているみたいだ。
『ランディングだ。泥だらけの場所なんかを進むのに便利なんだが、相当鍛錬しないと覚えられない』
つまりは、若いらしい目の前のハイリザードもそれだけこの魔法を覚えるためにか、鍛えてきたということになる。そこまでして住む必要があるのか、なんてことを思わないでもないのだけど……色々事情があるよね。人間だって田舎に住む人、都会に住む人、様々だ。
「ねえ、ここから遠いの?」
「シバラクカカル」
具体的にどれぐらいかはわからないけれど、もうちょっとかかるようだ。それにちらちらとこちら、特にホルコーの方を見てるから彼としてはかなり遅い進みなんだと思う。となるとあまり時間をかけるのもなんだよね。
「ホルコー、少しだけ飛ぼう」
手でそのことを伝えると、上手く伝わったみたいでホルコーの背中にふわりと魔力の翼が産まれる。膝ぐらいの高さまで浮かんだホルコーが滑るようにして進んでいく。
さて僕も、と思ったところでぐいっと引っ張られる。何事かと思えばハイリザードが僕の腕をつかんで自分の肩に回したのだ。誤解からとはいえ、さっきまで剣を交わしていた相手なのに思い切ったことだ。僕の方が逆に驚いてしまうぐらいだ。
「イクゾ」
言うが早いか、僕を抱えるようにしたままハイリザードは走り始め、瞬く間に雪原を駆け抜ける。このあたりが彼らの住処というのは間違いないんだなと実感した。
雪と木々ばかりの景色に、違うものが混じる。岩肌……そしてそこに空いた大きな穴だ。洞窟だと思うけど、その入り口には木板らしきものがあるからここが住処の入り口なのかな?
招かれるままに洞窟に入り……驚いた。
「暖かい……」
「外が寒いからそう思うだけで、元々人間が住むには寒いと思うよ」
ジルファさんに言われ、寒波耐性を切ってみると確かに寒かった。震えるほどではないけれど……うん、辛いや。苦笑いを浮かべながら寒波耐性を戻すとほっとした。
ハイリザードはそんな僕やマリーを見て何かに納得したのか、そのままスタスタと前を歩いて行ってしまう。ついてくることを疑っていないようだった。
しばらく洞窟を進むと、壁が光り始める。魔法の灯り……じゃあない、光るコケだ。たまに見かけるっていうけど、こんなにたくさん……すごいな。
『ハイリザードが増やして壁に貼り付けているんだと思うが、かなりの技術だな』
ハイリザードについていきながら、僕は自分の中のハイリザード像……ちょっと野蛮そう、というのを訂正していた。南国で出会ったリザードマンも思い返せば独自の文化を持っていた。こんな場所に住むために努力し、適応して来たハイリザードがただ住んでいるだけとは思わない方がよさそうだ。
「綺麗……」
その考えはすぐに正しかったことがわかる。広い場所に出たところで、思わず漏れ出たマリーの声。それはそれまでの場所がただの通路だったことを証明するように、僕たちにだけ聞こえるような物だった。まるで山の中をくりぬいたかのような大きな空間が広がっていたのだ。先ほどの光るコケが灯りとして使われているのか、意外と明るい。そして建物がいくつも見える。
「相変わらずだ。この場所は独自の結界魔法で覆われている。だからこそ、ハイリザードたちは生きていけるんだ」
ジルファさんの解説にハイリザードも頷いている。さすがに吹雪の中でも全然平気、なんてことはないようだった。そのことにどこか安心しつつも案内は続き、一際大きな建物の前で立ち止まった。
「チョウロウトハナス」
それだけを言って無造作に扉を開け、中に入るように促された。罠……ということは無いとは思うけど、ホルコーは入れないから外で待ってもらわないとね。
中に入ると、切りかかられるということは無かったけど視線が突き刺さった。予想していた通りの結果に、僕も慌てずに済む。今度はジルファさんが最初から前に出ることで騒動は無いといいのだけど……。
「友よ、助けを連れて来たぞ」
「オオ、アリガタイ。ウム、コノセイレイノカガヤキ……スバラシイ。ニンゲンノコヨ、ハナシアオウ」
髭を生やした、恐らくは長老となるハイリザードを中心に10名ほどのハイリザードたちが建物の中にはいた。そのことに今さら緊張が襲ってくるけれど、マリーの前だものね……頑張ろう。
石で出来た椅子の上に何かの毛皮が敷かれているということに驚きつつも、彼らと向かい合うように僕は座り、話し合いを始めることにした。




