MD2-221「信じるものは真実か理想か-4」
「そうか。ご両親を……」
「本当は今すぐ霊山に向かうべきなのかもしれないんですけれど、行くならしっかり切り抜けるだけの力が無いと……そう思ってます」
季節外れの収穫祭のような騒ぎの夜、なんだか眠れなかった僕はこっそりと寝床から抜け出し、適当に建物の屋根に飛び乗った。段差があると言っても簡単に飛び乗れたあたり、僕も普通じゃなくなってきたかな?
そんな屋根の上で空を見上げていると、暗がりの村の中を歩く影を見つけた。侵入者か!と思ったのだけど残っていたたき火に照らされたのはソフィアさんだった。僕の気配に気が付いたのか、こちらを見上げて同じように登ってきたところで寒空の下での雑談となったのだ。
「君たちなら大丈夫。何故だかそう感じるよ。ふふっ、この寒空、寒くなさそうだしな。恐らくは寒波耐性の祝福かスキルを持っているんだろうが……知っているかい? その力、もっと北国に行くと持っているだけで歓待を受けるそうだよ」
「それ、その分何か働いてくれって意味ですよねきっと」
彼女なりの冗談なのか、夜の静かな時間に小さな笑いが響く。寒さは感じなくても、その静かな時間が自然と僕の心を引き締めていく。随分と遠くまで来たなって……そう思うんだ。幼い弟たちを置いて、親を探しに出た旅。なんとなくだけど、目標は近い気がした。
「2人さえ良ければ、女神騎士団の拠点に顔を出すといい。管理しているダンジョンを踏破すればいくつかの祝福が得られるだろう。それはきっと役に立つ」
『変に目立つ可能性もあるが、行って損はないんじゃないか?』
「ぜひそうさせてもらいます。本当は……真実は残酷なのかもしれませんけど、理想通りの可能性は捨てたくないですから」
もしこれが行方不明になったのが、目撃されたのが霊山出なかったら、僕はもっと早くあきらめていたかもしれない。最初から、遺品を回収しに行くつもりだった……かもしれない。曖昧な目撃情報、そしておかしなダンジョンである霊山のことがなければ……。
その後も色々と話題は飛び、いつしか解散となった。冷え切ったはずの寝床がそんなに冷たく感じなかったのは、きっと話してすっきりしたから……かな?
翌朝から、まずはギルドで受けた依頼の処理をしてから僕たちは北へ進路を向けた。街ではソフィアさんが少し注目を集めたけれど足止めを食らうほどでもない。もしかしたら騎士とお付きの2人なんて思われたかもしれないね。
「そういえば、なんでソフィアさんはあの村にいらっしゃったんですか?」
「ん? 一言で言えば偶然、だな。私は定期的に遠征に出ているんだ。行く先々での出会い、それが私の精霊と女神への信仰を深めることになる。魔物も倒せば皆が笑顔になる、ちょうどいい話さ」
同じ女性同士ということで、道中もマリーとソフィアさんは話がはずんでいる。僕はそれを聞きながら、別に寂しいと思うこともなく念のために周囲を警戒している。うん、寂しいわけじゃあないよ?
ちなみに昼間の内は寒波耐性は切っている。この力は便利だけど、色々と鈍くなるんだよね。例えばそう、気配や殺気による寒気なんかも鈍くなる。なんかおかしいよね、名前のわりに……まあいっか。
「2人とも、何かいるよ。って、なんだかもふもふしてるな……」
林の奥に見えたのはたぶん……熊……かなあ? これまで見たことある相手と比べるとすごいもふもふしてる。寒さに対応するためなんだろうか? 木陰からこちらを観察しているから、襲い掛かってこないならそれでいいやと思い直してそのまま進むことにした。
「狩ってお金にしようとは思わないんだな」
「必要であれば、しますよ。ねえ、マリー」
「はい。私たちも別に聖人ってわけじゃないですから。たまたま今は必要ないだけですよ」
それが難しいんだよとつぶやいて少し前を行くソフィアさんの背中は嬉しそうだ。当たり前と言えば当たり前のことだけれど、確かに難しいところではあるのかもしれない。僕だって、生活に困っていないから見逃せるのであってそうでなければ喜んで襲い掛かったことだろう。
「あ、でも防寒具は買い込んだ方が怪しまれないですよね」
「マリーなら色々似合うと思うよ」
おおよそ、魔物も出る旅路とは思えない平和な時間が過ぎていく。運が良いのか、この道がそういう道なのか……両方かな? 冬場は獲物を求めて乱暴になる獣や魔物が間違いなくいるはずだからね。村でもそうだった。
大きな問題もなく、いくつかの村を通り過ぎて僕たちは北上を続ける。そうして見えてきたのは、大きな岩山と、それに覆いかぶさるように建てられた砦のような建物。周囲には人が住んでるのか町並みもある。
「あれがノーザンデリアだ。あの山々を超えた先には魔物が闊歩していてね、言うなればここが北の防衛線、さ」
一見するとただただ綺麗に見えるノーザンデリアの建物たち。けれども、これまでの出会いを考えると黒い物が隠されていそうな気がして素直には見れない自分を感じていた。決めてかかるのはよくない、そう思いなおして案内されるままに進む。
街並は平和だった。確かに外の壁は大げさというか、随分としっかりした造りだけどそれも魔物のためと考えれば問題ない。本当ならば北の土地ということで暮らしは良くないんだろうけど、しっかりと努力しているのか市場らしき場所も賑わいがある。
「遺物や魔道具、魔法を駆使してね。南とあまり変わらないだけの収穫を得ている。だからこそ、戦えるのさ」
『あちこちに力を感じるのはそのせいか。今のところ、精霊との関係は良好なようだな』
相槌を打ちながら、川にいた大精霊であるアクアのように怒っている精霊がいないかを一応確認するけどそう言った気配はない。ちらりと見たマリーもまた同じ。少なくとも見えて感じられる範囲は問題はないようだ……って、何かあると決めつけたらだめなんだって、もう。
「例のダンジョンにはどうやったら潜れるんですか?」
「ははは。気が早いな。向上心があるのはいいことだ。まずは団長に紹介しよう」
笑いながら前を歩くソフィアさんに、出会う騎士たちの多くは顔を向け、時には頭を下げ、時には気さくに挨拶をしてくる。どうやらそれなりに名前の知られている人みたいだ。女性の騎士も思ったよりいるようで、途中何人もの相手と無事を確かめ合っていた。
「色々な人がいますね」
「うん……」
そう、本当に色々だ。僕達がいることに不思議そうな視線を向ける人もいれば、何故部外者がいると言いたそうな視線の人も。まあ、組織ってこんなもんじゃないかなとは思うけどね。
案内された先には重そうな扉。ソフィアさんの問いかけに中から聞こえてくる声は……あれ?
「無事に遠征を終えたようだな、ソフィア。おや、君たちは……」
羊皮紙や紙が積まれた机で隠れるようになっていた声の主は、以前僕たちを助けてくれた形になった騎士の1人だった。
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