MD2-218「信じるものは真実か理想か-1」
冬は足早に迫ってきていた。朝起きた時に、そのまま毛布から抜け出すのが少し面倒なぐらいには、寒い。それでも外よりはマシなのは、この街の壁が強風を防いでいるからだろうね。このあたりに強風を吹かせていた本人は元に戻ったけれど、風物詩としては残しておくほうがいい、そう判断した結果のせいもあるかもしれない。
『魔法だけでなく、祝福まで貰えるとは予想外だったな』
(うん。あの場所……実質ダンジョンになってたんだね)
精霊の親子であるラーケルとユスティーナ、2人(2精霊?)から氷に関係する魔法を学んだ僕達。既に契約済みのアクアの力と相まって、2人ともそちらの系統の魔法はかなりうまくなったと思う。問題は……今いるのが北国で、季節も寒くなっていくから効果的な相手が少ないだろうってことぐらいかな?
それでも収穫としては十分だった。というのもラーケルたちの住むことになっている氷の宮殿の中には、宝石で出来たと見間違えるほどの輝きの、小さいながらも立派な祭壇があったからだ。ダンジョンの中にあるという、祝福を授かれる祭壇。2人とも作った覚えはないということで、つまりは勝手に出来上がったということになる。それ自体はとても不思議ではあるけれど、無いわけじゃないとラーケルとご先祖様が教えてくれる。
得られた祝福は、寒波耐性。寒さを感じない、逆に熱い物に弱くなるという弱点みたいなもの……と思いきや切り替えの出来る防御魔法のようなものらしく、普段は効果を発揮しない。今みたいに寒いのが嫌だなってときに発動させれば……うん、便利だ。
「この祝福があれば、困ることはないね」
僕のそのつぶやきの真意を知る人はご先祖様と、食事を買いに行っているマリーぐらいだ。朝早く、寒さも辛い中、僕が止める間もなく買い物に出かけた彼女を出迎えたころには、街は賑わい始めていた。窓からその様子を見ていると、平和を感じる。
「しばらくはここにいますか? 情報も探った方が良いかもしれませんよね……女神騎士団の」
「そうだ……ね。あの人たちが誰かに泣きつくようなことがあれば困ったことになるけれども」
果たしてあの騎士たちを見逃したのが正しい事かどうかはわからない。あそこで殺すようなことをしてしまえば、そのことで後々問題になってくるかもしれないということもあるし、今回のように見逃した結果、復讐に来ることだってあり得る。つまりはまあ、出会ってしまったからにはどちらにも相応の利点と問題が残るってことではあるんだよね。
若い冒険者の2人組、というどこにでもというほどでもないけどそう珍しい物じゃない姿は人ごみに紛れるには苦労しない。今日も外の強風を除けば、思ったよりも温かい街中を歩いて回る。露店に顔を出し、酒場で小休止しながら情報を集める。
昼食も終え、そろそろお昼と夕方の境目ほどになったころには僕達は宿に戻ってホルコーのブラッシングをしていた。詳細は分からないけれど、きっとホルコーも同じ祝福を手に入れているからここから先も一安心だね。
「そのうちドラゴン相手にも空中で戦いそうだねえ、ホルコー」
「もしそうなったらポエットさんが詩にしてくれそうですね」
確実に旅に出たころよりも大きくなっているホルコー。女の子なのにそこらの男の子な馬たちに負けてないどころかこちらの方が体格がいいぐらいだ。それでもしなやかさというか、ごつごつしていないから間違われることもないみたいだね。
(ここから北に行くとなると雪深い場所も出て来るかも……そうなってくると空を飛べるのは大きいよね)
徒歩ではどれだけ時間がかかるかわからない場所もひとっ跳び、というのはとても有利だと思う。逃げるにしても、どこかに突撃するにしてもね。出来ればそんなことにならないといいのだけど、噂を聞く限りでは一度はそんな場合が出てきそうだった。
『話通りなら半分は宗教のような物だな。だいぶ利権が絡みあってるようだが』
「協力者が、欲しいね。出来れば騎士団側の」
「ええ、ちゃんと本来の教えを守っている人たちが……」
そう、女神騎士団の話はこの街でも集めることは出来た。けれどもその評判は何とも判断しにくい物が多い。というのも、一方では精霊を大事にする集団で、女神様を崇めつつ自然の中に生きる集団がいると思えば、今回相手にしたようにやや強硬派な感じの集団もいて、中には名前だけなんじゃないかと思うような傭兵崩れもいるらしい。
そんな状態だからか、女神騎士団を特定の国の傘下にすべきではないかという話も一応出ているらしい。けれども、西方諸国は複数の国が寄り集まっている集団だ。東のオブリーンのような大きな国ではないため、互いの交渉が上手くいってないそうだ。
「もしかしたらこの前の知り合いとかに襲われるかもしれないけど、もう少ししたら北に行こうか」
今後の行動方針を決め、ギルドでの評価も積み重ねるべく僕達は翌日から依頼をいくつか受けることにした。土地のことがわかるようにと、採取と近場の狩りぐらいだけどね。
翌朝、まだ街も目覚めていないような頃、もう動き始めているのは仕事を探す冒険者と商人ぐらいな物だった。厚着をする人々の合間を縫って、彼らよりは軽装な僕達は依頼書を眺める。予定通り、近場の依頼を受けることにして出て来たけれど少しばかり注目を集めていたかな。僕達が、寒い時にありがちな赤い顔や鼻をしていなかったからかもしれない。
「雪見草に雪ウサギ……みんなこんな名前なんでしょうか?」
「なんだか名前だけなのに特別な感じがするよね。雪見草は日陰に多いらしいし、頑張って探そうか」
ホルコーに乗って街から離れると、まるで朝の合図とばかりに吹いてくる風。そのままなら寒さに震えるところだけど、今の僕達は祝福である寒波耐性により平気だ。強風としては気を付けないとってところだね。
しばらく進むと、ちょっとした岩肌の裏側に広い日陰を見つけた。暗い中に目立つ白い部分、遠くからだと雪が積もっているかのように見える……花だ。聞いていた通り、雪見草の花が咲いている。なんでも風邪の薬になるそうで需要はいつでもあるそうだ。
「こんな小さな花たちなのに、薬になるなんてすごいよね」
「ナイフをこうやって作れるファルクさんもすごいと思いますよ。持ち運びしないでいいから便利です」
『木の枝を使ったりするような物だからな、精霊も喜んで力を貸してくれる』
2人してそのまま採取を始めている横で、ホルコーはのんびり草を食べている。雪見草は食べないあたり、ちゃんとわかってるのかな? ただ食べているように見えてちゃんと周囲も警戒してるような感じだから本当にホルコーは頭が良い。
と、そんな彼女が急に顔をあげて一方を見た。僕も魔物が近づいているのかと思い立ち上がり……道の向こうに動く影を見た。ゆっくりと近づいてくるそれは……馬。鞍もついているし、野良というわけじゃないみたいだ。
「マリー、見て」
「馬ですね。でも誰も乗っていない……ファルクさん」
頷きあい、僕は馬を確保しに向かい走る。人に慣れている馬の様で、逃げ出すこともなく僕を迎え入れた。体を確認してみると、あちこちに切り傷だ。この高さ……相手は人間じゃなさそうかな?
片付けを終えて追いついてきたマリーに傷を見せると、すぐに荷物から薬草を取り出してくれたのでそれを揉んでから貼り付けることにした。ホルコーはその間に相手の馬と顔をすり合わせるようにしている。慰めてるのかな? よくわからないけど、馬と乗り手に何かあったのは間違いないみたいだ。
幸い、傷も浅い物が多いのか、すぐに元気を取り戻したようだ。その上、僕の服を嚙んでどこかに引っ張っていこうとしている。
「そうか、君の主人がそっちにいるんだね?」
ホルコーにはマリーに乗ってもらい、僕は傷ついた馬に乗ることにした。どこで何が起きているのか、出来る限りの心構えをして僕は馬が進むままにその背中で揺られ始める。
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