MD2-208「絡み合う利権-4」
川沿いのごく普通に賑わう町、それがたどり着いた場所での僕の感想だった。実際、漁に出るためか小舟はいくつもあるし、対岸に渡るだけにしては大きな船もある。橋があるのかないのかはわからないけれど、この場所で船が重要そうなのは間違いないね。
「平和そうね……」
「はい。だけどなんだか胸騒ぎが……ファルクさんはどうですか?」
道の隅に寄って町並みを見渡しながら、僕はマリーの問いかけに上手く返事が出来なかった。というのも……どうにも、はっきりしなかったからだ。見える限り、飛び交う精霊におかしなところはないかな。こっちが見ていると気がつくと、ふわりと目の前に舞ってから自分の宿っている物に飛び込んでいく精霊らしい光。
(なんだろう。あきらめ? ううん、それも違うなあ)
「何か、変だね。でも何がどう変なのかはわからないや」
「ひとまず宿を決めて酒場にでも行ってみましょ。変なことになってればそっちの方が早いんじゃない」
寂しがるホルコーをなだめつつ、3人で賑わいを見せる酒場の一軒に入っていくと、たまたま吟遊詩人が来ていたのか歌い始めるところだった。魔物も出てくるようなこの世界で歌い歩くというのは見方によっては自殺も同然と思う人もいる中、思わず聞き入ってしまうような歌を見事に披露している姿に、僕も注文をする前に聞き入ってしまう。
「すごいね……あ、お酒じゃない奴で何かオススメがあれば3つ」
「はいよ。あんたら運が良いね。あの子がここに来るのは久しぶりなんだよ」
注文を取りに来たおばさんな給仕さんが言うには、歌い手である吟遊詩人はこのあたりでは有名なようだった。実際、周囲のお客さんも半分以上は彼……んん? 声はちょっとしゃがれた感じだけど女性……かな? 服装も相まって中性的というか、可愛いよりも綺麗、格好いいというのが似あう感じだ。
「名もなき精霊の居場所のために戦い抜く英雄の話……か。渋いところを突いてくるわね」
「初めて聞きました。けれど少し物悲しいお話ですね」
リズムよく歌われるその歌は、とある森に古くから宿っている精霊たちと、精霊に出会った英雄、そしてその森の周辺に住むために伐採をしようとする人間や他の土地から追われてきた魔物、と様々な考えや価値観が絡み合う物語だった。
(確かにドラゴン退治のお話なんかと比べると随分と現実的だね)
『だが、実際にあったであろう臨場感があるな。似たような話はいくつも覚えがある』
さすが長年生きている(?)だけあってご先祖様からは作り話ではなさそうだというお言葉を頂いた。ご先祖様の言うように、精霊の無邪気さ、そして儚さの伝わるとてもいい歌だった。個人的には、騒ぐことが多い酒場で聞かせるのはどうだろうかと思うような物ではあったのだけど……。
物語が佳境に入ると、驚くべきことが起きた。吟遊詩人の演奏するハープから光が漂い始めたのだ。間違いなく、精霊の光だ。見えていないのか、それに対して周囲が騒ぐことはない。悪い感じではなく、場を盛り上げていく感じで動いている光。僕は思わず、吟遊詩人ではなく光を目で追っていた。気が付けば、物語は終わっていた。
歌い終わった後は、僕の心配をよそにかなりの盛り上がりとなり、おひねりを入れる口の大きな袋には次々と硬貨が投げ込まれて山になっていった。中には銀貨が混じってるあたり、思ってる以上の人気があるようだった。
「私、行ってきますね」
「あ、僕の分もよろしく」
驚くことはあったけど、いい歌だったのは間違いない。結局、ビアンカさんも1枚ということで銀貨3枚をマリーに入れてもらった。それだけでも結構な稼ぎに思えるけど、命を賭けて旅をしていることを考えると割に合うかは微妙なところじゃないだろうか?
僕達が飲み物を口にしている間も、吟遊詩人は人々に囲まれている。大した人気ぶりだ……ところが、彼女が手持ちの小さめのハープを一鳴らしすると、不思議なことにあっさりと酔っ払いやそうでない人もまとめて、吟遊詩人を囲むのをやめて日常、まあ酒場なので飲み食いにだけど戻っていく。もっと長く騒ぐのかと思ったけれど、まるでこれでは……吟遊詩人への興味が強制的に散らされたようだ。
(? 今、魔法……ちょっと違う?)
『あいつ……そうか、ファルク、お前と同じ……血筋に英雄がいるな。あれはスキルだ』
スキル、それは魔法とは違う不思議な力。武器を使う物になれば普段なら不可能な連撃や、回り込み、切り返しなんかを可能にする強力な力だ。それにも精霊が関わっていて、速い動きにはそこに精霊が飛び込んでくるから可能になるとも言われている。
そんなスキルには、直接切り付けたりする以外の物もある。僕やマリーが覚えているタフネスといった常時発動する補助的な物もそうだ。そうなると、今の光景は吟遊詩人が自分に注目させないというスキルを使ったということだろうか?
「どうしたんですか、ファルクさん」
「何でもないよ。いい歌だったなって」
まさかここで堂々と聞きに行くわけにもいかない。貴女はスキルを使って、先祖に英雄がいるだろうすごい人なんですね、なんてさ。その後は周辺の人に、儲け話はないかなんていう感じで一通り情報収集を行った。
明日からはさっそくその話で聞けたところに一稼ぎ……そう思って宿に戻る時だった。
「やあ、少し時間いいかな」
酒場を出てすぐに、何か聞こえたと思うと最初からそこにいたように姿を現したのは、先ほどまで酒場で歌っていた吟遊詩人だった。荷物は宿に置いているのか身軽な姿。その手には先ほども使っていたハープがあるし、他にもいくつか演奏道具があるようだった。顔立ちはやっぱり男女がよくわからない整った物で、立ち上がったことでわかる唯一の性別判断個所は胸元だった。マリーの物よりも随分と……。
「イテッ! マリー、どうしたの?」
「もう、視線が丸わかりですよ。あ、お時間というと何か依頼ですか?」
おおよそ、世の中で彼女に指摘されて恥ずかしい順位を決めると上位に来るだろうツッコミを受けながら、マリーの言うように仕事の依頼かなと思い彼女を見る。ビアンカさんは何か面白いことが始まりそう、とばかりににこにことしたままだ。
(ん? 何か……何か、変だ)
僕の知っているビアンカさんは確かに面白いことは好きだけど、こんな話の流れで乗ってこないような人じゃない。それにさっき感じたのは……酒場の中と同じ物!
「実は」
「待ってください。ビアンカさんに使ったスキルを、解いてください。じゃないと僕は貴女を信用できない」
人の表情が変わるさまを久しぶりに正面から見た気がする。踏み込んだ僕の言葉に、吟遊詩人は見事に動揺しているのがわかる。そして確かに何かが起きたのを感じたと同時に、ビアンカさんの気配が少し変わる。
「……あら? っと、ファルク君、マリーちゃん、その人、さっきの歌い手さんよね。どうしたの?」
「え? あ……その、お仕事の依頼みたいです」
遅れてマリーもビアンカさんの状況に気が付いたようで、僕のそばに下がってきた。さて、一体どんな話が聞けるのだろうか?
「まいったね……効果がないどころか見抜かれるなんて。ここじゃなんだし、少し話が出来る場所に行こうか」
今度はスキル無しの本音、そう感じた僕は頷いて歩き出した先について行く。向かった先は僕達とは別の宿屋。でも一晩の値段は僕達の倍以上はしそうな大きな物だ。歌い歩いてるだけのはずの吟遊詩人にしては豪華なような? あるいは防犯という点では重要なのかもしれない。
「さて、まずは謝罪をさせてほしい。話を聞いてもらおうとスキルを使ったことをお詫びするよ。特にそちらのお嬢さんには」
「え、私? ああー……なんだかぼんやりしてたのか記憶が無いのはそのせいか……ん、いいわよ。何かあったらファルク君たちが貴女を殴ってでも止めてくれると信じてるし」
予想外の信頼に驚きながらも、吟遊詩人の話を聞く姿勢をとった。まずは話だ……その後どうするかは中身次第だよね。逆に考えれば、スキルのことを気が付かれるかもしれない危険を冒してまで僕達に話しかけて来たんだから僕達に決めた判断理由があるはずなんだ。
「信じられる仲間、か。素晴らしいことだね。さて、お願いというか依頼したいことは……この町で酷使されている精霊の解放のお手伝いさ。見えている君たちに頼みたい」
偶然、運命の神様ってやつは何人もいるのか、浮気癖があるのか……思ってもみない方向から、僕達の目の前に騒動が飛び込んでくるのを感じたのだった。
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