MD2-137「前を向いて」
久しぶりの帰郷。そして両親の部屋にこれからの旅に有用な物が残されていないかとマリーと一緒に確認をしていた僕。そこで見つけたのは様々な物たち、そして……両親の伝言らしきものが残る魔道具だった。
動く絵と声が残せるというよほどのお金持ちじゃないと手に入れられないような貴重品だ。
僕はマリーと一緒に、随分と若い気のする両親の語りを聞くことになるのだった。
『まずは謝ろう。いや、謝ってもどうにもならないかもしれないが……これを見ているとき、きっとお前は俺達が長い間いないという状況だろうからな……。寂しい思いをさせている』
「父さん……」
母との間に、小さな僕……何をしているのかわかっていない幼児の僕をあやしながら父は優しい瞳でこちらを見ていた。
魔道具越しだというのにその瞳には父の想いを感じる。自然と、涙が出そうになるけれど今は我慢だ。まだ始まったばかりだろうから……。
『たぶん、ザイーダの爺さんから聞いたと思うが、俺達は冒険者として故郷を飛び出し、そして何の運命かこの土地で出会い、お前という愛の結晶を手にすることができた。たぶん、今のお前には弟か妹もいるだろうな。だからこそ、余計にすまない……』
『ファルク。貴方はきっと強い子に育っている……と言っても寂しいのは当然よね。馬鹿な親を笑ってちょうだい』
悲しい顔で、こちらに謝る両親を見て僕は伝わるわけもないのに首を横に何度も振った。違う、違うよと。
僕はそんな両親を見たいんじゃないんだと、かつての姿であり、届くはずもないのに僕はそう強く願った。
『いたいいたい?』
『ファルク……』
そんな僕の想いが伝わったのか……いや、既に起きたことなんだからかつての僕が何かを感じたんだろうか。
両親の間にいた幼い僕が両親のそれぞれの手を握りながらそんな声を出していた。
絵の中の両親も、こちら側の僕もマリーも、絵の中の幼い僕を向いてしまう。
『いたい?』
『大丈夫……ああ、大丈夫だ』
そのまま幼い僕をあやした両親は、改めてこちらに向き直った時には悲しみを表情に染めたものではなかった。
強さを感じる、大人の冒険者の顔……かな。
『ファルク、お前には英雄の血が流れている……と言っても困るだろうが、事実だ。唯一で特別な人間という訳じゃないが、家系に色々と素質のある子供が生まれているのは確かだ。まあ、だからこそ俺達も外に飛び出していったんだがな』
『でも、そういった力は色々な物を呼び込んでしまうの。私たちも、気が休まる暇がないぐらいには……そうね、あちこちで戦ったわ。ファルクも男の子ですもの、外に出ていくとなったらそうなるから気をつけなさいね』
ごめんなさい、母さん。その忠告、既に遅いです。かなり色々巻き込まれて……でも、それでマリーに出会えたんだからいいかな?
ちらりと視線を向けると、マリーも微笑んで握り返してくれる。ほっとした僕はまた前に視線を戻した。
『一応、子供がいるから無理はできない、と言ってはあるが……厄介事となればそうもいかん。かつての知り合いを見捨てるということが難しいのはきっとこれを見ているファルクにもわかると思う』
『ファルク、貴方が産まれるまでは私達、西の国も巡り……霊山で戦女神に会うぐらいは冒険してたんですよ』
さらりと、衝撃的なことが語られた。あちこち冒険していたのは予想がついていたけど、既に両親は一度以上霊山に行ったことがあるのだという。そうなると両親らしい人が霊山で目撃されたという情報も信ぴょう性が増してくる?
それに、両親が出かけたあの日も……よほどの厄介事だったに違いない。
『表向きは引退となった身だ。多くは遺せていないが、もしも今の土地から旅立ち、先を目指すなら尋ねるべき友がいる。西方諸国……その東端にある街に俺達の親友である男がな』
その後、両親の語りは続き、僕達が次に目指した方が良い相手の手がかりが手に入った。
夜渡り、黒龍との話はひとまず区切りがついた以上、僕達が狙うべきは両親の行方の探索とそれに関連するであろう霊山への突入の実力をつけること。
どちらにしても親友とまで言う相手であれば何かしら旅の助けにはなると思う。
『最後に。薬草の採れる不思議な洞窟で、認められるなら腕輪を持っていけ。故郷に伝わっている通りなら絶対にお前の助けになるだろう』
『世界に5も無いという、かつての英雄の分身……もし、もしも既に息子の傍らにいるなら……息子をよろしくお願いします』
そして、動く絵は消えた。耳に、目に……両親の姿が残っている。もう会えないかもしれない、聞くこともないかもしれないと思っていた両親の姿が……。
僕は静かに泣いた。そして、これは2人には見せられないなと思った。今はまだ、その時じゃあないだろう。
『やれるだけのことはしよう。これからも頼むぞ、子孫よ』
(うん……うん)
マリーに背中をさすられるというかなり恥ずかしい状況ではあるけれど、互いにさらけ出して色々と知っている仲ってことなら……いいかなあ?
弟たちが心配しないように、目が赤くなってないかを気にしながら僕たちは部屋を出た。両親の遺した球体はひとまずアイテムボックスに仕舞い込む。
「頼む! 売ってくれ!」
店に戻った僕達の前で、冒険者であろう男性がルーファスたちにいわゆる土下座をしていた。
突然のことに驚くけれど、状況からすると何か入用ってことなんだろう。
「2人とも、どうしたの?」
「あ、にいちゃ! このお兄さんがお金がないけどどうにかツケにできないかって」
「みんながまってるんだって」
2人に言われ、改めて男性を見る。と、まずはそのぼろぼろの姿が目に入った。モンスターに襲われたのか、革鎧は痛んでいるし、足元だって草とかで切ったのか擦り傷だらけ。何よりも冒険者なら持っているであろう荷物の袋や、武器も何もない。
「アンタは?」
「最近まで留守にしてたけどこの子達の兄です。どうしました、大怪我でも?」
さっそく厄介事が来たよ母さん、と動く絵の中の母に伝わるはずもない恨みごとを心の中で呟きながら男性の返事を待つ。少し悩んでいたようだけど、改めてこちらに向き直った男性は僕にまで頭を下げて来た。
「頼みがある! この辺の薬草をありったけ売ってくれ! 後で金は返す!」
「ただ事ではないのはわかりますけれど、何がどうなって……」
そうして語られた内容によると、彼は他の仲間と一緒にこの土地に稼ぎに来たらしい。主に、この村からいけるあのダンジョンにだね。順調だったはずの冒険、そんな時に妙な相手に出会ったというのだ。
分断され、彼1人だけは村の方に逃げることができたが残りの仲間は助けを呼ぶように叫んでモンスターを引き付けていったという。
「だから、俺は援軍と怪我をしてるであろうあいつらのために……」
「なるほど……ルーファス、その棚上の箱を取って」
『いいのか? そこまでする義理はどこにもないだろう』
ご先祖様の冷静なつぶやき。でもご先祖様もわかって言っている……僕が、僕とマリーがこういったことに首を突っ込まないはずがないと。現にマリーも硬い表情ながら、既に旅支度のために荷物を取りに行ってるからね。
「これでも冒険者ですからね。同行しますよ」
「え……そんな、危ない橋を渡らなくても」
さすがにここまでは予想していなかったらしい男性。けれど僕は精一杯冒険者らしいと思う笑みを浮かべて彼に手を伸ばした。
立ち上がる彼は僕より頭1つ分ぐらい上かな。だけど弱気になっている彼は随分と小さく見える。
「ここで貴方を助けて生き残ってもらわないと料金が回収できないじゃないですか」
「……っ! 助かるっ!」
背中に走り込んできたマリーの気配を感じながら、僕は1人の冒険者として彼に協力することを宣言した。
ルーファスから箱の中身、あの洞窟に週に1本しか生えてこない貴重な薬草……エリシルを乾燥させたものを受け取る。これ、食べてもよし、水に溶かして塗っても良しの奴なんだよね。前に街で見た高級品エリクシアの材料の1つだ。これだけじゃ作れないからあそこまでの高級品じゃないけどね。
「お兄ちゃん、気を付けてね」
「うん。必ず、戻ってくるよ」
両親のいなくなった日を思い出してしまったのか、泣き始めたメルをなだめ、僕達は村を飛び出した。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
頂いた1つのブックマーク、1Pの評価が明日の糧です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




