MD2-134「つかの間の帰郷」
「間違いないや……」
「ファルクさんの故郷って私たちが出会った街からさらに山奥なんですよね?」
問いかけに頷きつつも、ホルコーの背中の上で僕は周囲を見渡してばかりだ。
ご先祖様……ファクトじいちゃんとホルコーとで進んだ道。街からは違う場所に出たみたいだけど、すぐに村に向かう街道に出た。
道の感じも、立ち並ぶ木々も……ほとんど変わらない。そりゃ、1年たってないもんね……。
『なつかしさは旅の濃さによって違うそうだ』
(だとしたら相当濃かったね。や、間違いなく濃かったよ。こんなにも……)
─懐かしさばかりが胸を締め付ける。
僕は逸る気持ちを抑えながら、ホルコーに先に進むようにお願いする。気を使ってくれたのか、静かに僕の前で微笑んでいるマリーの笑顔がまぶしかった。
そのまま何事も無く村に着く……はずだったのだけど、僕は気配を感じた。
何度か倒したことがあるけれど、この辺じゃほとんど見ないはずの相手だ。
「マリー、ゴブリンがいる」
「え? こんな場所で?」
マリーが驚くのも無理はない。このあたりは今見た通り平和なもので、狼すら1年に数回見るかどうかだ。
だけど、いるものはいる……これは間違いない。僕はホルコーにそちらに向かってもらうことにした。街道を行き来する人が襲われたら大変だしね。
勢いよく駆け出すホルコー。その背の上で揺られながら前を見ていると、気配が近づいて……それに追われてる人の姿も見えた。
「マリー!」
「任せてください!」
ホルコーの制御をマリーに任せて、僕は右手に魔力を集中させる。揺れる場所からだからちょっと難しいけどやってやれないことはない!
逃げてくる相手もこちらに気が付いたのか、力を振り絞った感じで走る速さを上げ、横を抜けていく。
「くらえっ!」
僕の右手から暴風が産まれ、不可視の風となって追ってきていたゴブリン2匹をまともに吹き飛ばす。
近くの木に衝突し、そのまま動かなくなるゴブリン。ちょっと直視は厳しい感じになってしまった。
「怪我はないですか?って」
「助かった……おお、ファルクじゃないか!」
ゴブリンに追われていた男性、それは誰であろう、僕の村に住んでるうちの一人、ジェイソンさんだ。確か奥さんもいて子供も3人ぐらいいるはず。
木を伐りにきてゴブリンに見つかってしまったってところかな?
一度ホルコーから降りて、握手を交わす僕達。相手にとっても久しぶりだしね。見たところ、怪我もなさそうだけど……ジェイソンさんの目的から考えると空振りに終わっちゃってることになるよね。
僕の考えに気が付いたのか、ぽりぽりと頭の後ろをかくジェイソンさん。
「せっかく伐採した奴もおいてきちまったな。まあ、明日にでも男連中を連れて行けばいいんだけどよ」
「どこですか? 手伝いますよ」
アイテムボックスを使わずとも、今の僕なら多少は持って帰れるはず。必要かはわからない……だってジェイソンさんは攻撃魔法は使えないけれど、木々を運ぶ時だけ使える特殊な魔法の持ち主なんだよね。最初にギルドで聞いた、水を生み出して砂漠で大儲けしてる人みたいな感じで、大人4人分ぐらいを抱えていくんだ。
「お? そうだな……ああいうのがこないか見張ってくれれば十分だ。それよりいいのか? 嫁さんを待たせちゃって」
「ままま、まだですよっ」
思わず口走ってしまったけれど、まだって……気が早いな自分。ちらりとマリーを見ると、顔を赤くしながらも否定はしてこない。それがなんだか妙に嬉しく感じた。
奥さんのいるジェイソンさんにはバレバレだったみたいで、街道に彼の笑いがこだました。
「ルー坊もメルちゃんもよくやってるよ。最近じゃわざわざ遠くから買い付けに来てるやつもいるみたいだぜ?」
「へー、そんなにファルクさんのお店は有名なんですね」
予想通り、僕が手伝う部分はほとんどなく、一人で丸太を2本引き摺るジェイソンさん。ちゃんと金具を使って縄を固定してあるとはいえ……なんだかお話に出てくるような怪力の戦士、みたいな光景だよね。
確かにゴブリンから逃げながら引っ張るわけにはいかないだろうけどさ。
「おう。その分、直接仕入れさせてくれだとか、どこで採取してるんだってやつも増えたけど……。
じいさんと若い姉ちゃんが追い返してくれてるよ」
「若い姉ちゃん? 誰だろう……ザイーダじいちゃんが元気らしいのは間違いないけど……まさか爺ちゃんの?」
思い浮かんだ想像を、ジェイソンさんに笑い飛ばされる。よかった……年の近いおばあちゃんは出来ないんだね。
いや、別にザイーダじいちゃんもカッコいいから独り身のままじゃなくてもいいと思うんだけどね。
「街で使うからってよ、定期的に買い付けにきてくれる姉ちゃんがべらぼうに強いんだわ。
無理を言う奴を素手で吹っ飛ばしてよ? ここで仕入れられなくなったらお前らのせいだ。覚悟しておけ、なんてな……ありゃあすげえぜ」
そんな強い人が村に度々来てくれてるんだったら心配は少ないかな? 家族がいない寂しさだけは……難しいかもしれないけれど。
元気かな、2人とも……大きくは……さすがにそんなに変わってないかな?
話しながら歩いてるうちに、懐かしい光景にさらにとどめを刺すような光景が飛び込んでくる。
村の……門だ。その奥に見える建物たちもほとんど変わらない。
盗賊に襲われた時の被害はもう直っているみたいだけど平和で静かなままだ。
自然と、視界がにじんだ。まだ一年もたってないというのに、こんな顔じゃ2人に会えないな。
「ファルクさん、どうぞ」
「ありがとう、マリー」
差し出された布に顔を押し当てて涙をぬぐう。布からはマリーの匂いがして急に気持ちが切り替わって来た。
そうだ、僕は別にあきらめて帰ってきたわけじゃない。たまたま、立ち寄る機会が出来ただけで嬉しい帰郷じゃないか。
「ははっ、ファルクよ。良い顔をするようになったな」
「だといいんですけどね」
すっきりした気持ちで僕は門をくぐり……家に向かう前に横合いからの突撃を受けた。
驚いて腰を見ると、そこには2人の子供。まあ、僕も子供だけどさ。
片方は黒髪で短髪。そしてもう片方はこげ茶に近い長髪。別れの時に撫でた頭と何も変わらない。
さすがにこの時期は成長が早いのか、背丈は大きくなったかな……。
「ただいま、ルーファス、メル」
「にいちゃ、にいちゃ!」
「お兄ちゃん!」
ぶつかってきたのは足元に布袋を落としたまま、僕に抱き付いてきた弟と妹だった。
僕はしゃがんで、泣きじゃくる2人を両手でそのまま抱きしめた。
触れあった状態のほっぺたに、2人の涙が伝わってくる。
(ああ……やっぱり寂しいよね。僕だってそうだった)
決して、2人がいたから我慢したんだ、なんてことは言わない。言ったってしょうがないし、2人がいたから頑張れたというのもきっと真実だからね。
久しぶりの再会に、僕は静かに泣く2人を抱きしめ続ける。
「ヒック……にいちゃ、お休みしたらまた行くんだよね?」
「ルーファス?」
泣き止んできたかと思ったら、ルーファスは僕がびっくりすることを言って来た。きっと両親は後ろにいないことに気が付いて、なんでと問いかけようとして……やめたんだろう。
もっと我がままでもいいのに、彼は良い子だからね……。
「お兄ちゃんはお手紙くれるから寂しくなかったよ。だからお父さんたち……探してきていいよ」
「メル……」
僕は2人の言葉に、何も言えなくなってまた抱きしめてしまう。絶対に両親を見つけて見せる。
そう決心を深める僕だった。
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