MD2-118「人の一生は世界にとって一瞬である-3」
空から落とされた巨大なヴァンイール。ご先祖様はかば焼きにするにはでかすぎるな、なんて言っていたけどかば焼きってなんだろう、料理かな。
ともあれ、地域一帯の主ではないかと思われる大きさのヴァンイールだったそれがいなくなったとなればその場所はこれまでとモンスターたちの関係が大きく変わってくるんだと思っている。
世界は変わらないように見えて、意外と何でもないようなことや、たった1つのことでがらりと変わってしまう。そんな中をみんな生きているのだ。
人の一生だってそうだ。世界にとっては一瞬でしかないけれど、僕達自身にとっては毎日を必死に変わりながら生きている。
そんな僕の人生だけれども……最近は驚いてばかりだ。
「ホルコー、近づき過ぎちゃだめだよ」
「これはすごいですねえ……」
2人と1頭の視線が向かう先は、広い広い湿地帯。もうほとんど湖と言った方が早いんじゃないかなと思うぐらい水面が広がっているけど、あちこちに小島のような部分があるからなんといったらいいだろうか?
深さはそんなには無いと思う。僕が埋まるぐらいはあるだろうけど、とにかく広い。
それでもなんだか狭く感じるのは……その湿地帯を色んなモンスターが占拠していたからだ。
広いとってもあくまで水場としては、であって彼らが住み着くには十分とは言えないはず。現に、あちこちで縄張り争いだろう形で2種類以上のモンスターが叫びあったりぶつかり合ったりとしている。
上手くすればここで討伐依頼や素材採取なんかはすぐに終わるんじゃないかというぐらい数がいる。
主であるヴァンイールがいないということはこれだけ影響を与えているんだろうか?
『大きいのがアレ1匹とは思えないが……いないな』
(うん。村で小さいのは見たけど、大きいのはいないよね)
繁殖力が弱いのかなとも思ったけど、村の人達曰く、そんなはずはない、とのこと。むしろ普段はいすぎて困るぐらいだというのだ。
ヴァンイールは食べ物としても優秀で、脂も多いのでたれをつけて焼くと良いんだって。食べてみたいところだけど品薄で高くなってたからあきらめたんだよね。
それにしても、小島ごとに全然モンスターが違う。こうして手前の丘の上から眺めてるだけでもどこからか襲われそうで怖いけど、今のところ近づく気配は……あれ? このあたり……出ていく川しかない……?
「マリー、ちょっと警戒をお願い」
「はい、わかりました。まっかせてください」
目を閉じて集中し、虚空の地図の範囲を自分の思う方向に変えていく。これ、目を閉じていても見えるから謎なんだけど便利だからいいよね……っと、やっぱり!
雨や湧き水だけでは無理があると思ったけど、下を探ってみたら大当たりだ。地面の下の方に横に長く反応がいくつも出てきた。
つまり、そこに横長の空間があり、何か生き物がいくつもいるということ。
マリーにそれを伝え、ホルコーから降りたままそちらにゆっくりと向かうと、広い岩場が草に隠れ、遠くまで続いているのがわかる。この下を、川のように水が通っているのだ。
虚空の地図の反応からは形はわからないけど、もしかしてこの中をヴァンイールが……。
出来るだけ茂みには入り込まないように気を付けながら、モンスターたちを回避しつつその流れと反応がある方向へとさかのぼっていく。と、僕の腕がマリーに引かれた。
「来ましたよ!」
「上? おわっと!」
さっきまで僕がいた場所に投げつけられたのは子供の頭ほどの石っていうかこんなの当たったら大変なんだけど!?
思わず投げた本人を睨みつけると、からかうような笑みを浮かべて猿型のモンスターが木の上で笑っている。
正直、イラっとするけどこちらに怪我させるつもりなのは間違いない。現に今もどこからか取り出した石を手に……そのまま落っこちた。
ホルコーが駆け寄るなり、その後ろ脚で猿型モンスターのいた木を思いっきり蹴り飛ばしたのだ。
折れるかと思うような勢いで揺れる木から落っこちた相手を、ホルコーはそのまま見事に踏みつぶした。
「あら……」
「やるじゃん。すごいやホルコー!」
曲がりなりにもモンスターであろう相手を、ホルコーはその足で頭を踏み抜き、なかなか直視できないことになっている。
それでも、ホルコーが自分の手(足?)でモンスターを仕留めたという事実は変わらない。
心なしか、誇らしげな様子だ。こっちまで嬉しくなってくるね。
「そっかぁ。ホルコーも階位が上がってるから丈夫だし、力も強くなってるんだね」
『人の恋路を邪魔する奴は、とは言うが本当に死ぬな、これだと』
意味はなんとなくわかるけど聞いたことのない何かのことわざみたいなことを言うご先祖様に頷きつつ、ホルコーをねぎらって僕達はさらに進んだ。猿型のモンスターの後は特に襲われなかったけど……そうして進むうち、妙なことに気が付く。妙に道が整っていたのだ。
ここまで冒険者や村の人が来ているとは少々考えにくい。
冒険者であれば来ることもあるかもしれないけど、だからといってここまで道を整えるだろうか?
その疑問は、すぐに晴れた。
「っ! 下がって!」
「ワニ顔……? いいえ、違いますね。あれがまさか……」
どっしりとした足取りで、森の奥から人影が現れた。それは人間のように見えて決定的に違う箇所がいくつもある。1つは体の表面。全身が鱗のような物で覆われ緑色だ。そして手足にはヒレのような物がある。何よりも、その顔は沼地とかにたまにいるというワニの顔だった。僕も言葉で知っているだけだけど、マリーは見たことがあるみたい。
間違いない、あれはリザードマンだ。そういえば主に南国にいるんだっけ……。海のマーマンとかお話には聞いていたんだけどね……。おっと、どっちの種族も人間と同じ言葉がわかるんだった。
「初めまして! 敵対の意思はありません!」
僕はホルコーとマリーを背中に隠し、両手をあげてそう相手に声を上げた。そう、まずは話し合いだ。
表情がまだ読みにくいけど、変わらないわけじゃないから何を言っているのかは伝わっている……はず。
気が付けばリザードマンはその数を4人に増やしていた。その手には手作りであろう槍が……うん、刺されたらまずいね。
「ニンゲンか。何のヨウだ」
「最近ヴァンイール……あの長くてぬるぬるっとした奴の主みたいなのがいなくなったって聞いたんです。
だからその影響を調査しに来たんです。現にあっちはすごいことになってるし……」
本当は夜渡りの痕跡とかが見つかればいいのだけど、そこまでは望まない。何故ヴァンイールは選ばれたのか、あるいはまったくの偶然の選択なのか。そういったことが調査で分かればいいなと思う。
しばらく最初に出会ったままの姿勢だったけど、突き出されていた槍が降ろされると、1人のリザードマンが前に出てくる。
「話はキコウ。ツイテコイ」
来た時の同じ様に、どっしりとした重みを感じる歩みでリザードマンが背中を向けて意外と早く歩いて……っと、置いて行かれてしまう。
マリーに頷き返し、ホルコーの手綱を引っ張りながらリザードマンたちの後を追う。
だいぶ慣れた足取りに、このあたりを切り開いていたのは彼らなんだろうという確証を深めた。
彼らのような亜人種は各地では交流があり、意外と仲は良好だったりするらしいからそれを壊さないようにしないとね。
『ほお……』
ご先祖様の感嘆の声。それはリザードマンに導かれた先、切り立った岩場に高い場所から降り注ぐ大滝のある光景が見えてきた時だった。
自然を生かした家がたくさんあり、そこら中にリザードマンたちがいる。
ここは……リザードマンたちの村……いや、もう町だった。
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