MD2-011「初層踏破へ-2」
鈍く、何かを断ち切る音。
手入れもされていない錆びついたナイフが両断され、
持ち主もまた、倒されたはず……だ。
「うーん、何度やっても不思議だなあ……」
『匂いや死体が残らなくていいというのは気楽ではあるな』
つぶやく僕の前で、魔水晶や特定の部位を切り取った後のゴブリンが地面に溶けていく。
ダンジョンの力で産まれた怪物はダンジョンに還る。
そう教えられ、目の前でその通りに消えていったとしても
外でも同じようにゴブリンを殺したことのある身としては
色々と考えてしまうのだ。
言葉はしゃべらないにせよ、叫び声は上げるし、
何か意志のある声で自分に向かってくるときもある。
となれば、ゴブリンはゴブリンなのだ。
「ダンジョンに作られたゴブリンの……魂はどこにいくんだ……」
僕のつぶやきにご先祖様、ファクトじいちゃんは答えない。
それは僕が自分で答えを出さなくてはいけないことだからか。
あるいは、口に出しにくいことだからか。
「まあ、今はいっか」
気になることはあれど、外と同じ。
怪我をし、下手すれば死んでしまうのは一緒なのだ。
『ファルク……』
「うん、いいよ。僕が大丈夫になったらで」
長いとは言えない付き合いだけど、
ファクトじいちゃんは信用できる。
少なくとも、僕はそういう気持ちだった。
実家から持ち出した長剣を構え、僕は曲道の先にいる気配に集中する。
(数は1……他に近くに気配は無し)
「ふっ!」
やや距離があり、石を投げるなどで不意をつくのは難しそうだったため、
敢えて僕は正面から挑むべくゴブリンの前に躍り出る。
奇声を上げ、襲い掛かってくるゴブリン。
(勢いはいいけど、ね。)
余りにもまっすぐにつっこんでくるゴブリンは僕にとっていい練習相手であった。
攻撃をかわし、出来た隙に攻撃を仕掛ける。
習った通りの動きが、ゴブリンに吸い込まれていく。
必要な物を回収し、僕は先に進む。
いくつかの分かれ道で立ち止まっては進む僕は、
他の人から見ると奇妙な動きをしているだろう。
何所かを見たかと思えば唐突に動き出すのだから。
(こっちは……気配も濃いし、部屋も広い。10匹以上いるかも? やめとこ)
身につけた気配察知の能力と、虚空に浮かぶ地図は
僕の1人での活動を大いに補助している。
集めた話によると、このダンジョンは集団用と少数用に
道が大きく分かれるらしい。
相手が多い方が当然実入りも多いわけだが、
僕は無理しない。
ずっと1人で旅をするというのも無謀な気もするけど、
かといって不用意に仲間を増やすことも出来ない。
どちらにせよ、僕自身が強くなる必要がある。
そのための、ダンジョン攻略なのだ。
『投げナイフは5本出来てる。今の魔力だとこのぐらいだな』
「ありがと」
答えながら、僕は腰のベルトへと投げナイフをアイテムボックスから取り出し、刺しておく。
僕が出来ること。
それを1つ1つを確かめていかなくてはいけない。
そのうちの1つが、ご先祖様の使い方だ。
こういうと聞こえが悪いけど、ご先祖様もせっかくなので
何かしていたい、あるいはしてないと退屈ではあるらしい。
そのため、僕の体と魔力を使って時折、
何かしらのスキルを発動させている。
その中には、今出来上がった投げナイフが含まれる。
どうやっても性能は数打ち品と同等らしいけど、
手数が増えるのはうれしいし、買い込まなくていいのはもっといいことだ。
魔法に関していえば、やや苦戦している。
例えばレッドシャワー。
覚えている魔法だし、使うことも出来るけど消費が激しい。
恐らくは1発撃てばほとんど僕の魔力は空っぽになる。
その分、威力も高いし、貴重な範囲攻撃である。
今はご先祖様の指導の元、単発版の火の矢を練習しているところだった。
階段に近づいたであろう場所まで来たところで、
いくつかの金属音と複数の声。
「何か音がするね。声も……うーん?」
『恐らくは他の冒険者だろう』
頷き、敢えて離れていく。
まだまだ僕は誰かと戦う、ということに慣れていない。
そんな状況でダンジョン内で共闘など悩みばかりが増えそうだったからだ。
道中の無言の会話は自然と僕やご先祖様の力の物になる。
『片手剣スキルが生えてるからな、たぶん他にもできることは増えてくるだろうが……』
じいちゃん曰く、スキルはある種絶対的な物。
あればあっただけ役立つのは確か、とのこと。
だけど使いこなすかは別だ。
どれだけ使い込んでいるか、熟練度藍が違えば
同じ片手剣スキルの使い手でも全然強さが違うらしい。
「わかる気がするなあ」
気のせいかもしれないけど、最初にダンジョンに入った時よりは
余裕を持って戦えている気がした。
攻撃を回避するとき、当てる時、そう言った時にだ。
「これで15……あ、ここが採取場所か」
目の前に、何かで掘ったかのようなちょっとした広間が広がる。
そこにはぼんやりと光る壁と泉、そして周囲にはえる草たち。
ダンジョンのあちこちにあるらしい、おなじみの光景だ。
冒険者にとっては一息入れられる水場でもあり、
薬草類が生えていることの多い採取場所であり、
同じく水を飲む怪物の固まる場所でもある。
幸い、この場所には怪物は今はいないようだった。
そこで、依頼のあった薬草採取を行うことにする。
手に取らずともある程度はもともと鑑定できるので、
迷うことなく必要な物だけを採取する。
「ダンの仲間がポーションも作るって言ってたなあ」
呟きながらも黙々と作業をする。
(どうもこのほうが落ち着くんだよね)
作業は大した量ではなく、その分体も休まったのか、
僕はどこか軽い足取りで階段まで向かう。
「今度はしっかり準備してっと」
縄ばしごを階段の横に下ろしつつ、
気配を探り、不意打ちに備える。
(大丈夫そう? というか……)
『すぐには何もいなさそうだな。降りてみるか』
ご先祖様に頷き、さあと決めた時の事だった。
階下、ランド迷宮2層目というまだまだ駆け出し冒険者が
通うであろう階層には不釣り合いな魔力が産まれたのだ。
しかもこれは魔法を使う時のソレだ。
そして怪物の気配もあちこちから感じるようになった。
その数を数える前に、轟音。
(誰かが魔法を使った? それにしても、すごい音だった)
良くダンジョンが崩れない物だと思うほどだったけども……。
たぶん他の冒険者だと思うけど、これだけのことができるのに
このダンジョンにいて、しかもこんな魔法を撃つ理由がわからない。
フローラさんのようにエンシャンターということであれば
魔法の威力自体には説明がつくかもしれないけど、逆にそうなると
ここにいる理由が無い。
なにせここは実入りからしても初心者向けだからだ。
「こうしていてもしょうがない、か」
『うむ。何が理由にせよここからじゃわからんな』
ゆっくりと慎重に2階に降り、周囲の気配を探る。
近くにはさっきの魔法の使い手は見つからない。
それどころか覚悟していたゴブリンの襲撃も無かった。
んん?と思いながらも進むことしか僕にはできない。
「泉……先客だ」
少し進み、休憩できそうな場所に出た僕の前には
同じく泉にいたゴブリン3匹。
ぎりぎり曲がり角にいるのと、
魔法の灯りを出していないからか、
ゴブリンは僕に気が付いていないように見える。
(魔力は節約するべき……だよね)
であれば投擲による奇襲一択だ。
走りながら手早く2本のナイフを投げ放ち、全力で走り寄る。
長剣を突き出すようにし、狙い通りに残るゴブリンに吸い込まれるかという時の事だった。
予想もしなかった気配。
「危ない!」
正確にはもう1つの入り口の方から慌てた声と同時に現れた物。
気が付いたら僕は全身を風に巻き込まれていた。
(風魔法!? ぶつかる!)
魔法による被害よりも、僕は自分が壁にたたきつけられそうになることを心配していた。
『借りるぞ』
ご先祖様の声と共に、僕の左腕に集まる魔力。
それは風魔法となって僕と壁の間に何かが産まれる。
硬いベッドに飛び込んだような衝撃が僕を襲う。
「助かった……」
あちこちが痛いけど、それでもまともにぶつかっているよりははるかにましだろう。
「ごめんなさい! 大丈夫!?」
「キミは……?」
尻もちをついた状態の僕へと駆け寄ってくるのは
ローブを着込んだ1人の少女。
長めの髪を左右で結び、それを揺らしながら駆け寄ってくる姿は
小動物を連想させるかわいらしい物だった。




