MD2-010「初層踏破へ-1」
耳に届く金属音。
同時に僕の体は衝撃と共に空を舞う。
『受け身!』
「ぬぁああ!」
鋭い声に、硬直しそうになる体に鞭打ってなんとか姿勢を整え、
滑るようにして着地する。
「う、うまくいった。風魔法……」
『魔法には一定の効果を産む決まった物もあれば、
使い方に応じて変わるものもある。ぶっつけ本番だが上手くいったな』
周囲を砂交じりの風が飛び交う。
フローラさんの一撃を何とか防ぐも吹き飛ばされた僕が、
風の魔法を体にまとわせ、無理やりに姿勢を整えた結果だ。
特に魔法名は無い。
元になるのは村で盗賊退治の際に使った補助魔法だ。
ウィンドウィスパーという魔法らしい。
風の精霊の声を聞き、力を借り、空を少しだけ舞う魔法。
飛び方にもいろいろあるということなのだろう。
「あら、魔法剣士の才能もあったのね。洞窟じゃ使いにくいかもしれないけど、
外なら十分使えるんじゃないかしら? ふふっ、才能ってやつね」
フローラさんとの訓練を始めて三日。
今日もまた、僕は土まみれだ。
対するフローラさんは少し汗をかいているか、ぐらいだというのに……。
『いや、ファルク。ここは考え方を変えてだな』
ご先祖様の声が途中で止まる。
僕が構えなおしたからか、はたまたフローラさんがそんな僕の目の前に駆け寄り、
僕の左腕を捕まえたからだろうか。
(はっ!? まずい!)
下手に動かず、流れに身を任す。
フローラさんの得意技の1つ、投げだ。
体格的にはそう変わらないはずなのに、
フローラさんは僕をやすやすと投げ飛ばすのだ。
ぐるぐると、空と地上がわからない時間。
「目は閉じないことっ!」
叫びながら地面と、自分の姿勢を意識する。
変な角度で落下することだけは回避しないといけないからだ。
幸いにも、ごろごろと転がりながらではあるが特に被害なく
僕はフローラさんの投げを乗り切った。
「うぷっ、ちょっと気持ち悪い……」
被害は少ないとはいえ、何度も回転したのだ。
ちょっとふらつくぐらい許してほしい。
なんとか2本の足で立ち、刃の潰れた剣を構えなおす。
我ながらあの状況でよくも剣を手放していない物だ。
「あら? まだ余裕そうね。もう1本行きましょう!」
瞬きの間に迫るフローラさんの剣。
(集中だ、集中!)
フローラさんは何も適当に攻めてきているのではない。
僕が、ちゃんとスキルを自分の物にしたいと申し出たがための行動なのだ。
速く、力強い攻撃。
でもそれは僕がスキルを出しやすいようになっている。
「ファスト……ブレイク!」
魔法を使った時のように、
わずかだが自分の中の何かが消耗するのがわかる。
剣を持った右手に光、ご先祖様曰く精霊が集まり、
迫るフローラさんの剣をはじき、残像を残すような速さで
その胸元からやや上に僕の剣が突き出される。
確かな手ごたえがあった。
「ふう……こんなものかしらね」
「ありがとうございました!」
僕のスキル、ファストブレイクは基本的にのど元を狙うスキルだ。
よって、攻撃先がわかっているということで
フローラさんは万一に備えて胸元から喉にかけてやや不格好な防具を身に着けていた。
本人の強さと相まって、直撃でも大したことがない状態になるそうだった。
事実、何度か当たっているのにぴんぴんしているのだけど……。
心配は心配である。
「付け焼き刃もいいところだけど、このぐらいかしらね」
また出かけないといけないし、とフローラさんは笑う。
(そういえば……)
笑うフローラさんに、僕は出会った時からの疑問をぶつけることにした。
「フローラさん、どうしてそんなに強いのに僕の相手をしてくれるんですか?
あと、あんまり依頼を受けてる様子はないみたいですけど……」
そう、こうやって一緒に過ごしている時間はともかく、そうでない時間の方が多いはずなのだ。
なのに、彼女が何か依頼を受けているのを見たことがない。
彼女の強さぐらいあれば実入りの良い依頼は結構あるように思えるのだけど……。
「そうね、秘密ってわけじゃないのよね。私、エンシャンターなの」
「エンシャンター?」
聞き覚えの無い言葉に、僕は思わず質問を返していた。
『なるほど。彼女の装備はそういうことか……』
勝手に納得したご先祖様に問いかける前に、
フローラさんが語ってくれた内容は驚きだった。
簡単に言えば、稀に起こる大規模なモンスターの襲撃などに備え、
その土地や街で専属で戦う冒険者の一団をエンシャンターと呼ぶとのこと。
特別な装備をギルドと協力関係にあるドワーフ達から貸し出されるのと引き換えに、
ある種強制依頼としていざという時には死力を尽くすことになる。
普段は厄介そうなモンスター等を討伐する依頼を
ギルドから直接受けるのだそうだ。
危険は伴うし、自由に外に出るというのも制限されるが、
それだけの利点があるがゆえに成り手の候補自体は困らないらしい。
「候補は……ってことは実際になるには試練か何かあるんですか?」
「ええ、自分でなんとかなりそうなのは、ダンジョンでの宝珠発見ぐらいかしら」
フローラさんのいうダンジョンとは、なんとというべきか、
僕が挑んだばかりのダンジョンも対象らしい。
各地のダンジョンの奥に、時折発生する部屋には宝珠が納められた台座があり、
そこに触ることでギルドのカードに証明が刻まれるのだとか。
(あれ? どこかで聞いたような気も……)
『俺の分身というか、同類がいそうではあるな』
僕の予想をご先祖様が肯定し、ダンジョンという物に対する疑問が生じてしまうことになった。
「ダンジョンって、女神様が作ったんでしたっけ?」
「そうね。そういうダンジョンもあるらしいわね。何分、おとぎ話の時代からの話だから
正しいことは誰にわからないわ。誰にもね。
女神様が作った物もあれば、そうじゃない何かが作った物もあり、
どっちでもない自然にできた物もあるって聞いてるわ」
エンシャンターに必要な制覇は女神様の物だけって言われてる、
とフローラさんは付け加える。
「うんうん。ファルクくんなら資格ありかもね。
案外、あっさりと台座のある部屋にたどり着いてすぐに勧誘されるかもよ」
その理由がなんなのか、最後まで教えてくれないまま
フローラさんは死なないように、とだけ言い残してエンシャンターの仕事に戻っていった。
(エンシャンター、か……強さは魅力だけど僕の目的とは外れちゃうな)
本当に勧誘されるかは別にして、
僕はもっと先に進まなくちゃいけないのだ。
ボス部屋さえ入らなければ大丈夫じゃないか、との
フローラさんのお墨付きを受け、僕は再度の
ダンジョン突入に向けて準備を進めていた。
最初は情報収集、依頼の確認だ。
どうせ潜るなら達成できそうなものがあれば受けておきたいと思ったのだ。
幸いにも、共通した依頼という物は各所にあるようで、
ゴブリン産の魔水晶をどのぐらい、といったものや
特定の場所の薬草などいくつかの依頼があった。
ただの洞窟に見えるのに、鉱物が採掘できるという情報にも驚いた。
『まあ、1人じゃ精々が採取ぐらいだな。採掘は音がでかい』
(うん、そうだね。先の見えない旅に誰かを巻き込むのもねえ……)
そう、今のところ僕は仲間を集めるつもりはなかった。
場所ごとに臨時のパーティーを組むという手も無いわけではないのだけど、
ご先祖様の事を考えるとそう言った付き合いは今のところ、減らしたい。
どうもフローラさんも腕輪が魔道具だと感づいているようでもあるのだ。
実際、ご先祖様がいなければ僕はこうして強くなることも無かっただろう。
『そんなことは無いさ。俺は使われる側としてちょっと手助けしてるだけだ』
そう言ってくれるご先祖様に笑いながら、
僕は新たに身につけた力、自分自身への鑑定を行ってみる。
細かな数字の意味はイマイチわからないけど、
肝心のスキル欄には片手剣、投擲、体術、
回避といった物が増えている。
魔法欄には火属性と風属性に☆1つ。
他の属性には星は無いが白いということは
使える、ということだとご先祖様は言う。
ゴブリン相手には十分すぎるらしく、後は実戦だなとのこと。
少しだけ容量の増えたアイテムボックスに
リリィの父が経営する店で買った保存食等を放り込み、
僕は再びダンジョンへと向かう。
目標は2層奥、ランド迷宮初層のゴールだ。
確率は低いが、例の宝珠も見つかったことがあるらしい。
前と同じ、ぽっかりと空いた穴。
恐怖のような感情はまだある。
でも、それは緊張であって、恐怖とは少し違うような気がしたのだった。




