MD2-001-旅立ちの夏-1
前作あり、ですが読んでなくても楽しめるようにしたいなと思います。
最初の数話は既に投稿済みの話をベースにしていますので
既読の人には盛り上がりが欠けるかもしれません。
日々という物はそうそう変化はない。
勿論、昨日と今日とは違うし、きっと明日はもっと違うだろう。
世の中は多くの人にとって、そこそこ優しく、そこそこ冷たい。
努力は実るかもしれないし、信じている物に裏切られるかもしれない。
それでも、僕は信じたかった。
あきらめなければ、いつか……いつかと。
その年の夏、僕のその願いは予想外の出来事を連れてきたのだった。
「あ、いらっしゃいませー!」
「よう。ファルク、今年もよろしくな」
お客の増える予感の朝、予想通りと言えば予想通りの来客に、
僕は声をかけ、お客も笑顔で応えてくれる。
「よろしくねー。前みたいなセットでいい?」
「とりあえずはな。後は……」
使い込まれた様子の革鎧に腰に下げたロングソード。
背中には狩りにでも使うのか小さめの弓。
短めに切られた赤毛がツンツンと逆立っている。
僕より5歳ほど年上なはずの冒険者の青年だ。
後ろには数名の男女が連れ立っている。
みんな僕より年上に見える。
まあ、僕も15になったばかりだからそう見えるだけかもしれないけどね。
「あれ? 新しいメンバー?」
そのうちの1人、ローブの上からだから正確にはわからないけど、
やややせた感じの魔法使いの人は初めてだったのだ。
その視線は僕に向いている。
僕が黒髪に黒い瞳だから珍しいのだろうか?
「ああ。ポーションも少し作るんだが、だったらいくつかの材料は
ここでも売ってるって言ったら」
「アキはポーションや薬草の事を良く知らないから適当に言う。
あれは高地にしか生えないからここで乾燥前のが手に入るはずが……が?」
いつも通り明るい赤毛の冒険者、アキの言葉を遮るように
女の子だったらしい魔法使いの人が数歩前に出てそのまま固まる。
視線の先には……ああ。
「ん? ルドラン草が探し物なの?」
「(コクコクコク)」
販売棚の一角にあるどんぶりほどの器に生えている薬草を
器ごとカウンターに持ってきてアキ達に見せるように置く。
部屋の灯りに葉っぱの表面が何とも言えない輝きを放つ薬草の1つだ。
葉っぱ1枚でも蝋燭なんかで炙るといい匂いが何日も続くからたまに使うんだよね。
たぶん、贅沢な使い方なんだろうけど。
本来の使い方は魔力回復ポーション。
自分には作れないけど、鮮度と合わせる他の材料によって
効力が結構違うらしい。
ウチじゃ多少効力は落ちても安定してる乾燥した状態にすることが多いんだよね。
「運が良かったね。多少持つとはいえ、あさってには乾燥させないといけないかなって思ってたんだ」
「その通り。これは生の状態で調合しないと効力が落ちる。
いくつか見たことがない物も並んでる……何者?」
何者、かぁ。
一応ただの雑貨屋なんだけど、並んでる商品の正体を知っちゃうとそうもいかないよね。
この店に武具は多くない。
正確には目玉になるような物は売れていってしまったのだけれども……。
「僕の名前はファルク。ここで見ての通りの店番。
本当は親の店なんだけどね、5年ぐらい前に出かけたきり、さ」
言いながら、カウンター横の立て看板を指さす。
─よろず買い取ります
「よろず……? でも武具は少ない。ほとんどが薬草類と……あれは鉱石?」
そう、その通り。
親がいたころは買取と、両親が自力で入手してきた武具も並ぶ
まさに雑貨屋だったんだよね。
僕はそんな彼女の落胆の混じった言葉に肩をすくめ、苦笑して見せる。
元冒険者だった両親は冒険三昧の旅の末、この村にたどり着き、永住を決意。
そのうち僕、弟と妹が産まれ、僕が10歳となったころだ。
古い友人だという男の人が訪ねてきたのだ。
両親の力を借りたい、と。
僕は良く知らないが、両親はすごい戦闘能力を持った、というよりも
他の人が使えないような特殊なスキルの持ち主だったらしい。
その夜、男の人の話を聞いた両親は、
「必ず戻る。頼めるか?」
と僕の目を見ていったのだった。
本当は不安で仕方がなかった。
当然だろう。
いくら村の人たちの協力や、
知り合いのおじいちゃんがそばにいるとはいえ、僕はその時10歳だ。
しかも下に4歳と3歳の弟、妹がいる。
それでも僕はその時、頷いた。
なんでだかは今でもよくわからない。
不安ではあったが、それ以上に送り出さないといけないと感じたのだ。
けど……親は戻ってきていない。
送り出すべきだったのかどうか、
たまに、寂しそうにする下の2人を見ると本当に悩む。
「そうだ。ファルク、良いかわからんが知らせがある」
少し自分が落ち込んだ様子だったのを見たのだろう。
アキと魔法使いさんの後ろにいた仲間の1人、
両手斧をメインにする戦士風の男の人、ダンが懐から1枚の紙を取り出した。
強引だが今はその方がありがたい。
「霊山って知ってるか?」
唐突なその質問に、僕は紙に目を通す前に思わず頷いた。
─霊山
おとぎ話にも出てくる伝説の山、あるいは山脈だ。
山頂には女神さま達が住み、たどり着いた者を試練と報酬で迎えるという。
そこまで思い出して紙に目を落とすと、
霊山に現れた謎の人影の探索依頼、という
如何にも眉唾な内容の依頼が書かれていた。
書かれ方からして、ギルドも乗り気ではないことがうかがえる内容だ。
「何か月か前にそこに挑んだ奴らがいてよ。まあ、途中で負けて帰って来たんだが。
見たんだとよ、不思議な人の集団を」
「不思議な……ってまた随分とあいまいだね。それがこの依頼につながるわけ?」
彼ら冒険者は常に危険と未知と隣り合わせだ。
勝手知ったる相手の駆除を受け持つこともあれば、
謎の獣を追うことだってある。
そんな冒険者が不思議、というのだ。
どんな異形の人影だったのだろうか?
「途中で霧に阻まれた。まあ、ここまでは山ならあることだ。
その先が問題だ。霧の向こうによ、見たんだとよ」
「見たって、何をさ」
普段、ハキハキと物を言うダンにしては語り部のようで、
僕は背筋に冷たさを感じた気がした。
「黒い毛、黒い瞳の冒険者達をさ」
(! それって!)
座っていた椅子から立ち上がる僕をダンは手で制し、座らせる。
この大陸で、黒髪に黒の瞳という人間は多くない。
むしろ希少ともいえる。
両親の出身地であるらしい土地でも両方黒いのは一握りといったところだと聞いている。
つまり、最低でも僕と親戚である可能性の高い相手だということだ。
むしろ、もしかしたら?
「良いかどうかわからんっていったろ? その人影は若かったんだ。
だから、お前の親ではないんだろうなとは思う。
しかし、だ。お前さんの話を聞いて依頼の度に気にしていたんだが、
両親の話は聞いたことがない。それだけ普通じゃない依頼か、
探検かってことだ。となると、ありそうじゃないか?」
「父さん達が霊山探索の依頼のフォローについて行って、
今も生きているかもしれない……霊山は別名、時の止まる山。
何か月さまよっても髭1つ伸びてこないっていう伝説のある場所……だよね」
親が旅立ったままの姿で霊山をさまよっているとしたら……?
自分で口にしたところで、その内容がじわりと胸の中に染み、
僅かな痛みを伴って芽を吹き出した。
(可能性はある。でも、だからって……)
「ありがとう。でも、僕がここをはなれるわけにはいかないからね」
「それもそうか……すまん、変なこと言ったな」
謝ってくるダンに、僕は笑いながら
売れ筋の乾燥薬草セットを1袋突き出す。
「いいよ。安くしとくからこれでも買ってよ」
「おお、もちろん! ここのは質が良いからそのままお茶にしても
調子が良くなって便利なんだよな」
難しい話はこれで終わり。
アキと、他の仲間の人は何度も顔を合わせているからか、
棚に並んだ在庫を眺め、色々と物色している。
僕自身、目利きとまではいかなくても簡単な鑑定ぐらいはできるので
買取も無いわけではないのだ。
帰る時に邪魔になりそうな、予備の武具や
道具なんかも良く買い取り、置いてある。
逆に買い忘れなどがあった時に便利らしいからそれでいいんじゃないかな。
その後、目当ての物はあったのか、結構な量を買っていってくれたアキ達を送り出す。
「いってらっしゃい。稼いできてね」
「おう。帰りにここにお土産を持ってこれるぐらいにはな!」
カランと。
ドアのベルが鳴り、アキたちが出ていく。
「ダンジョン……かぁ。いや、よそう」
──ダンジョン
始まりは何百年も前だという。
ある日、世界は騒動に包まれた。
突然の精霊の増加と、それに伴う様々な変化。
世界は魔法に満ち、モンスターであふれ、争いが世界中で起こった。
それだけではなく、瞬く前に山がそびえ、森が広がり、世界は一変した。
以前の地図は多くが役立たずとなり、人々は新しい世界で
たくましく生き抜いていくことになったのだという。
ダンジョンはそんな世界の代表の1つだ。
洞窟であったり、遺跡であったり。
形は様々だが共通しているのは魔力、精霊に満ちていてなぜかモンスターがどこからか産まれ、
あるはずのない人間が使える武具を持っていることがあるという。
そしてその中にいる怪物、モンスターはなぜかほとんどは外に出てこない。
世界はまだ見ぬダンジョンとそのお宝を求めて
冒険者が世にあふれる世界となった……。
「っていわれてもねえ」
僕の両親がいないのもそのダンジョンのせいなわけだし……。
いや、でもダンジョンが無かったら2人は出会ってなかったのか?
出会いはゴブリンの巣の中で、とか言ってたもんな。
今回、アキ達が向かうダンジョンはやや特殊だと聞いている。
この時季だけ、妙に怪物からとれる素材や
なぜか落とす物品の品質が良い事が多いらしい。
もっとも、それを見越してもっと大きな街から荷台のある馬車などで
移動する冒険者のほうが圧倒的に多く、
アキ達のようにこの村を経由してくれる冒険者は多くない。
それでもたまの好景気、というわけだ。
「……」
無言になり、カウンターに立てかけてある木剣と、
あまり使っていない真剣を見る。
僕も何もできないわけではない。
村の周囲にいるスライムやゴブリン程度なら
それなりに戦えるのだ。
勿論、はぐれて出てきたような相手ぐらいだけども……。
「冒険者は甘くない。それに置いて行けるわけないじゃないか」
湧き上がった感情を押し殺すようにし、カウンターの掃除をする。
と、ベルの音。
でもこれは表ではなく裏からだ。
「「ただいま~」」
裏口から響くちいさな声2つ。
弟達だ。
「お帰り。どうだった?」
「うん! 今日もいっぱいあったよ!」
「お兄ちゃんの言ったとおりに少しずつ残してきたよ!」
顔や服に泥をつけ、体には不釣合いな大きさの袋を誇らしげに抱える2人。
年子の割に双子のように育っており、
2人ともかわいい盛りだ。って僕が言ってもしょうがないんだけど。
「そうか、えらいな。残しておけばなぜだかわからないけどすぐにまた増えるからな」
2人の運んできた袋の中身は薬草だ。
比較的あちこちにあり、冒険者もついでに採取することの多い物だ。
それでも子供2人が採取するには危険が伴い、量だっておかしいはず。
と、またベルの音。
「2人とも、おじじをおいていかんでおくれ」
「「あっ!」」
嘆くような声に、そろって口を手にあて、
慌てた様子でベルと声の主の元へと走る。
そこにいたのは大きな木箱を抱えた体格のいい老戦士。
脇にぶら下げられた袋を弟たちが受け取っていく。
「すいません。いつもそっちを持たせてしまって」
「なあに、これも鍛錬よ。それにこっちのは高いんじゃろう?
だったら大事に扱わねばいかん」
茶目っ気たっぷりにウィンクをして見せる老人。
彼は僕と家族の恩人でもある老戦士、名前をザイーダという。
若い頃は双剣と長剣を使いこなした戦士であり、
なんと両親の師匠でもあるとのことだ。
冒険者を引退後、両親とも付き合いがあったのだが
2人そろって旅立つという時に、頼まれるまでも無く
僕たちと暮らすといってくれたのはこの人なのだ。
恩義もたっぷりだが、今もなお、迷惑をかけている。
衰えたとはいえ、その体力と腕力はそこらの冒険者がかなわないほどであり、
今も大人1人が抱えるにはきつそうな大きさの木箱と
その中身を持ち上げているのだ。
その中身は一株ごとに口の広い麻袋に入れられた薬草群。
中には魔法使いの少女が買っていったルドラン草もある。
そう、価値のある株ごとのほうがいい薬草を持って帰ってきてくれているのだ。
「それでも助かります。あ、休んでいてください。僕は追加の採取に行ってきますので」
「そうか、ではそうさせてもらおう」
どっこいしょと声を出しながら椅子に座る姿はなんだかんだと老人であり、
僕も頼り切りはよくないなと感じさせる姿でもあった。
「えっとー、これはそのまま5本を束にしてー」
「こっちは売れた分は棚に置いてー」
弟と妹、ルーファスとメルが手際よく薬草を分類し、陳列していくのを見ながら
僕は道具を手に、裏口から出る。
まだ昼というには早い時間。
村のあちこちでは洗濯を終えたおばさんたちが
思い思いに雑談に興じているし、
農具を持った子供たちが時折、駆け抜ける。
街道からは外れた、基本的には田舎そのものの村だ。
アキ達が向かうような小規模のダンジョンがたまたま
数か所、近くにあるおかげで多少は商隊も寄るし、
酒場兼宿屋もやっていける、という具合の村。
僕はそんな村の大通りをいつも通りに歩き、目的地へと向かう。
「ファルク、今日も元気そうじゃの」
「あ、村長」
歩く僕に声をかけてきたのは
ザイーダじいちゃんと比べればまさに老人、という感じのおじいちゃん。
この村の村長であり、僕達の後見人というかそう言った感じの人だ。
杖をついてはいるけど、まだまだ元気そうだ。
「今日も休まず仕事でご苦労。おお、先日の寄付はありがとうな。
あれで井戸の修理がすぐに出来たよ」
「僕達も使ってますから、お気になさらず」
子供相手だというのに丁寧に頭を下げてくる村長に、
僕は子供らしくないかな、とも思いながらそういって微笑む。
実際、直された井戸は僕だって毎日お世話になっているのだ。
「困ったことがあったらいつでも言いなさい。ああ、そうだ。
こんな村には来ないと思うが、どうやら山向こうの……太い方の街道沿いで盗賊が出たらしい。
村の外に出る時には気を付けるんじゃ」
「盗賊が? わかりました。ありがとうございます!」
短く会話を終え、僕は再び歩き出す。
寄付のお金も稼がないといけないからね。