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ウサギ

作者: 沙久露

さわさわと植物が風に揺れる音。じわじわと全てを焼き尽くすような暑さに俺の意識は覚醒した。


「目が覚めたかい?」


何処からか声がする。しかし声の主を探して周りを見渡しても誰もいない。

というか、ここは何処だ?なんで俺はここにいる。確か俺は……

何故か続きが思い出せないことに気持ちが焦った。


「それ以上は思い出さないでくれないか?でないと君はいなくなってしまう」


またさっきの声だ。今度はもっと近くに聞こえる。姿を見せろよ。焦りか元の気質なのか、少し不機嫌な俺に苦笑した様子の声は

「もう少したったらね」

と応えた。

何もすることが無い。しょうがないので何か記憶の手がかりがないか、そこかしこを歩いてみる。

それにしても………不思議な所だ。


まず目に入るのは1面の黄金。

黄金と言っても原子記号Auの金属ではない。周りにあるのは黄金色の稲だ。今にも落ちそうなほどたわわに実った米が微かな風に揺れているのだ。

そしてその中にあるのは黒光りした鎧。

恐らくは案山子の代わりであろう木の棒に着せられた鎧は不気味さと共に不思議な調和を醸し出していた。


ただ、何よりもこの空間に存在感を放つのは太陽だ。

確か俺の記憶では太陽ってのはもっとこう、なんていうか小さくて普段は意識しないけれど無くてはならないような地味に凄いヤツだったはずだ。

それがどうした、ここの太陽は正に存在感の塊。赤々と燃え上がる炎の塊が黒い空間にデンッと据え置かれているだけなのだ。これでは風情の欠片もないし、何より暑すぎる。

…おい、声!っと俺は叫んでみた。

いや、本当は暑さと乾燥により喉は枯れ果て声は出なかったのだが…

まぁとにかく叫ぼうとした。てか心で叫んだ。そーゆーことにしておく。


「・・・・・」


返事はなかった。

まぁ半分予想はしていんだが。声が現れたのは唐突で、先程の2回だって話しかけられただけだから。

それでも悲しかった。何かを裏切られたような気がして。

枯れ果てた体から不覚にも涙が零れる。その瞬間、声からの応答があった。


「いやーごめんごめん、ついウトウトしちゃってね。

それで、何か用かい?」


お前は誰なんだ、いったい何をしようとしているんだ。泣きそうになっていたのをバレるまいと俺は口調を強くした。

「教えてほしい?」

声の問いかけに勿論だとばかりに強く頷く。

「本当に?」

少し不安気な声にも首を縦に振る。

「後悔しても知らないよ?」

再三聞かれ、そろそろイラっとしてしまう。良い加減に!その言葉に怯えたように目の前へ飛び出したのはウサギだった。


毛並みは黒、日本神話にでてくるようなピーンと耳をはった種類。唯一普通のウサギと違うのは時折光の反射で毛が虹色に輝くことくらいだった。


「ほら、やっぱり君は後悔した」


不満気な声はやはりウサギから聞こえてくる。そして、ウサギの言葉はもっともだった。

俺はもっといかにもな人がでてきて家に帰してくれる。いや、少なくともこの環境をどうにかしてくれるものだと思い込んでいた。

それがどうだ、ウサギだと?こんなの俺にも簡単に殺せるほどひ弱な動物だぞ?


「殺せないよ」


思考を読みとったウサギが話す。

「君に、僕は、殺せない」

確信を持った声でゆっくり、はっきりと伝えた。何故なのかは分からない。でも抗えない何かがそこにはあった。

ふと怖くなって俺はウサギに呼び出した目的を伝える。

帰してくれ、と。

長い沈黙。

暑さも忘れて瞳を合わせる。悲しそうな目で見つめるウサギも遂に諦めたのか、悟ったのか。


「それじゃあ君の話をするね」


とうとうと言葉を紡ぐ。そして、俺の記憶も話が進むに連れて戻ってくるのだ。

思い出したくない、あの忌まわしい記憶。


「これでも戻るの?」


しばし迷い、そして吹っ切れたように頷く。

残してきてしまった人がいるから、と。

「分かったよ」ウサギが跳ねると途端に視界はフェードアウトした。







さわさわと聞こえる葉のざわめき。少し涼しい秋の風に俺の意識は覚醒した。


そこは見慣れた神社の境内。傍らで寝息をたてている幼い少女。

少女の体にはその年齢にそぐわず、思わず目を背けてしまいたくなるほど痛々しい跡がある。少年は彼女の体にこれ以上悲しい跡を刻まない、そう誓って吸い込まれそうなほど真っ青な空を見上げた。


ふと、虹色に輝く黒いウサギの姿をみたような気がした。


「蒼天」「夢」「太陽」

のテーマを盛り込んで書いた短編です。


少年たちには一体何があったのか。それはあなたの想像にお任せします。

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