8・子供達の冒険
空飛ぶ逆向き蒸気機関車?に驚く妾をガンツが肩を貸して立ち上がらせてくた。
「では参りましょう、この【蒸気機関気球艇カンパリーナ号】で主がお待ちです」
「こっ、こっ、これに飛び乗れと?正気か!足を滑らせたりジャンプ距離が足りないと真っ逆さまで…」
この乗り物に妾の名前が付いてるのが聞こえたような気もするが、今はそんなことに構っては居られないのじゃ。
大峡谷に現れた空飛ぶ逆向き蒸気機関車がレールと平行に空中へと浮かんでいた海に浮かぶ船のように微妙に上下左右に揺れている。
妾の疑問に答えたのか無視したのか、再接近時ですら1mは岸からもレールからも離れているのに犬のおまわりさんはレールの上を歩き躊躇なく飛び移った。
その行為を見るだけで足が竦むし気が遠くなりそうじゃ。
高所恐怖症の人なら理解して貰えると思うが、崖の下が兎にも角にも深く落ちたら最後じゃ。
正直縁にも近づきたくない。
妾達の住んでいる【超天空の座】には飛行する乗り物が存在しない。
移動はダイブシステムで事が足りてしまう故に高いところが大嫌いなのじゃ。
高所恐怖症?その通りじゃなんか文句でも在るかの?。
ガクブルして気が遠くなりそうな状態なのにガンツに左手の義手で背中を掴まれて、ぽーんと放り投げられた。
「ガンツぅうぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」
腹の底からの絶叫、涙腺結界、放り投げられた空中で遠くなる愛しい大地。
大峡谷の深さ、放物線を描いて落ちていく妾。
放り投げた体制でニヤつくガンツの顔。
犬のおまわりさんの驚いた表情。
1852年分の走馬灯。
あっ妾終わったな。
…
今度こそ本当に妾は恐怖で意識を手放した。
意識を取り戻し状況を確認する為に身を起こすと手錠と外套からは開放されてソファーに寝かされていた。
それに気がついたのか壮年の紳士然とした男が正面のソファーから立ち上がり胸元に右手を当てたまま深く礼をする。
「お目覚めですかリーナ様、よく此方に戻って来てくださいました、私の名はナポリ・リモネン。今は鹿の街の及び魔石鉱山の執政長官をしております、あれから随分と経ちますがお元気そうで何よりです」
リモネンと言う男、確かに顔には見覚えがあった。
教会の前で空から降ってきた奴じゃ、まさかこの乗り物で上空から飛び降りたのか?。
妾なら失禁ものじゃぞ…。
放り投げられた時の事を思い出して寒気と下っ腹がきゅとした。
「あんな酷い目に遭わされたのじゃ返礼はせぬぞ、妾は岡っ引きのリーナじゃ。何故、妾を連れて来いとガンツとメイドさんに指示したのじゃ?。それとお主の口ぶりでは妾とお主は昨日呑み交わしただけの間柄じゃろ?。親しげに振る舞われるのは妾も歓迎なのじゃが、妾と昔にも会ったような口ぶりじゃが妾は覚えておらん」
眉根に皺を寄せて警戒する妾をみてリモネンは残念そうに「なるほど」と小さく言葉を溢す。
「なんとなくですが事情が解りました。リーナ様、もう陽も暮れて来ております。その辺りのお話でしたら食事でもしながらお話いたしましょう、私がリーナ様の事を知っていてリーナ様が私の事を知らない理由も」
妾はどの位気絶しておったのか…。
確認で窓の外を観るともう夕暮れから宵闇へ移り変わる時間のようじゃ。
意識すると腹も空いておる。
提案に乗るとしようかの、どんな事情で妾を逮捕してまで話したいのかも不明じゃしの。
よし酒でも振る舞ってやるかの?ん?。
「理解ったのじゃが、妾が酒を出して良いのか?禁酒法違反で妾は捕まったのじゃろう?罪に問われるなら出さんぞ!?」
「逮捕というのは方便ですよ出来れば振る舞っていただけますか?その辺りこともお話いたしますので、食堂へ参りましょう」
謎が多すぎるぞ、秘密にしたい事が在るのは確かじゃろうが。
豆や根菜類とソーセージを煮たスープ、ローストターキーのベーコンを巻き、それにパン、豪華な食事に疑問をもって聞いたら再会の祝いとか抜かしおる、妾は覚えとらんと言うのにの。
とりあえず同じ食卓を囲んでいるガンツは妾に不敬を働いた罪で晩飯抜きで良いじゃろとリモネンに進言したら本当に抜きになった。
妾を手荒に扱うからじゃ、いい気味じゃ。
食事の合間に聞いた話はリモネンの昔話じゃった。
当時ワルガキだったリモネンは食べ物と水を詰めたバック、父親の部屋からこっそり持ちだしたウインチェスターを担ぎ夜が明けると仲間達と一緒に魔物の住む魔石鉱山へ向かった。
魔石鉱山は興味本位でワルガキ共が目指して良い場所な筈も無い。
鉄道で運ばれてくる魔石を目にしたリモネン達は線路の先に魔石鉱山が在ると確信していたので冒険気分で出かけたそうじゃ。
夜には橋の袂で野宿したり、河で魚をとって水浴びしたり。
はぐれた魔物に追いかけられて木の上からウインチェスターで撃ち運良く倒した。
魔物を退治した事で子供たちは自分たちは強いと勘違いしてしまう。
更に気分よく足取りも軽く魔石鉱山を目指す。
当日の夕暮れ時、街で子供たちが居なくなったと大人達の大騒ぎも知らず。
少年達は二日目の日が暮れる直前に鉄道支線の終点、魔石鉱山の村へと着いた。
村には大人たちも冒険者も居らず変だなとは思ったが、冒険気分の高揚が勝ったのか誰一人不安を漏らすことがなかった。
翌朝。
色々な空き家を回って武器になりそうな物を探した。
薪を割る手斧、木を削る用のナイフ等が見つかり上機嫌な少年達は勇ましい冒険者を称える歌を歌いながら…。
悲劇の現場へと進んでいく。